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34 温もり

今年もよろしくお願いします。

少しぬるくなり始めたお茶を、静かに飲む。

龍海ちゃんの話は、衝撃的だった。


「一族の者は、知らねばならない掟です」


朽葉さんは静かにそう言った。

しかし、ならば尚のこと何故、焔さんはこのことを知らないのだろうか。

視線を落とせば、幾分か呼吸の安定した焔さんが眠っている。

まだ顔色は良くないが、もう心配はいらなさそうだ。


「焔様は、長の血を引かれる方です」


「なら、尚のこと知ってるべきなんじゃ…」


「ええ、本来は。けれど……」


朽葉さんが不自然に言葉を切った。

まさかと思い視線をやれば、思った通り、焔さんの目が覚めていた。


「焔さん」


声をかけると、どこかぼんやりとした、虚ろな目がこちらを向いた。

布団から出された手がこちらへ伸びてきたので、その手をしっかりと受け止める。

まだ少し熱いが、燃えるような熱は感じない。


「大丈夫ですか?」


「…ああ、すまない……、おれ、は…?」


少し掠れた声だが、意識ははっきりしてきたらしい。

制止を聞かず、ゆっくり体を起こした。


「急に倒れられたので…。あ、無理しないでください」


「そう、だったか…。大丈夫だ」


握られた手に力が入る。

焔さんも意識のわりにしっかりと手を握っている。

縋るような掴まれ方に、心の奥が締め付けられる。

そっと手を重ねると、焔さんが少しだけ安堵したように力を抜いた。


「焔様」


朽葉さんの声は尖っていた。

焔さんの肩が跳ねた。バツが悪そうに目を逸らそうとしている。


「何か、我々に報告していないことがございませんか?」


焔さんが苦虫を大量に噛み潰したような顔をした。

この方は、意外と表情が豊かだ。

うろ、と彷徨った視線が私のものとぶつかる。

だが、もはや私にできることは何もない。申し訳ないが、笑って誤魔化した。


「お力を使われた時は、ちゃんとご報告くださいと何度も申しているつもりでしたが」


朽葉さんの雰囲気は、前世のなまはげより怖いと思う。いや、本当。

むっとした子供のような顔をして、焔様がついに目を逸らした。


「今までも何度か倒れられているでしょう。何も知らない奥様がどれほど胸を痛めたか」


そこで私を出すのはズルくないかな?

ちょっとだけそうも思ったけど、言ってることは間違ってなかったので沈黙を続ける。

私だって倒れるかもしれないって知ってたら、焔さんと口裏合わせなんてしなかったのに。


「大丈夫だと、思ったんだ…」


ぼそぼそと言い訳。焔さんは往生際が悪い。

しかし、朽葉さんが大袈裟にため息をついたら、また肩が跳ねた。


「反省はされてらっしゃらない?」


「…すまなかった」


「とおっしゃっておりますが、どうされますか? 奥様」


え、ここで私に話を振るの?

ぎょっとして思わず朽葉さんと焔さんを交互に見る。

思わず龍海ちゃんたちに視線をやるも、黙殺されてしまった。


「あ、えと…も、もうしないでクダサイ」


「ああ。すまなかった」


蚊の鳴くような声でなんとか絞り出せば、誠実な返事が返ってきた。

とりあえず胸を撫で下ろす。


「もう…大丈夫なんですね…?」


思わず出てきた言葉だったが、焔さんは嫌そうな素振りなく、静かに頷いてくれた。

何度も同じことを聞いてしまっているのに。

そ、と遠慮がちに伸ばされた焔さんの手を、掬うように握る。

怪我や病気の時は、心も弱る。伸ばしてくれた手が、焔さんの精一杯の甘えに見えた。


「焔様、改めて聞きますが、何を焼かれたのです?」


朽葉さんは案外容赦がない。


「…小鬼を、3体…」


「それだけですね?」


「………2体かもしれん」


「どちらです?」


「………………3体、だ」


「よろしい」


焔さんは終始気まずそうに目を逸らしていたが、私の手からは離れなかった。

握った手を、親指の腹で軽く撫でると、少しだけ握る力が強くなった。

まるで、叱られている子どもみたいだ。


「では、殿には書状を提出しておきますね」


「それは俺の…私の仕事だろう」


「久々に寝込むほど力を使われたのですから、代筆しておきますよ」


「朽葉」


「焔様はしっかりとお休みになってくださいね」


本来、主人であるはずの焔さんを押し切って、朽葉さんは部屋を出て行った。

というか、殿様に書状を出すって……何で?

朽葉さんが出て行った方をぼうっと眺めていたら、繋がれた手が控えめに、けれど明確に引かれた。


「蛍は何ともないのか?」


「え?」


逡巡してから腑に落ちた。

朽葉さんや龍海ちゃんが教えてくれた話なら、私が無事なのは当然の事だ。

でも、焔さんは自分の炎の代償を知らない。

もしかしたら、炎を出した時そばに居た者たちに災いが降りかかると思っているのかもしれない。


「怪我はないのか?」


「大丈夫ですよ」


「本当だな? 隠してないな?」


幼児のように、然りに無事かどうかを聞いてくる。

ちらりと龍海ちゃんたちの様子を伺うと、目があった彼女たちは小さく頷いた。


「ぼっちゃン、蛍さマは本当にだイじょうぶでスよ」


「ハい。この龍海がチャンと確認しましたカら、本当です」


それを聞き、焔さんは心底安堵したように、長く息をついた。

それを見て、思わず空いた手で焔さんの頭を撫でる。

さらさらと指通りのいい黒い髪。

つやつやとしていて、非常に羨ましい限りだ。

嫌がるならすぐ手を離そうと思ったのに、焔さんは寧ろ心地良さそうに目を細めている。

そうしたら、なんだかどうしても、溢れ出てくる感情があった。


「焔さん」


「…なんだ」


「私は、大丈夫です、よ」


「………? どういう、意味だ?」


まだ不確かで、つけるべき名前がない感情。

その感情を、無視してはいけない。


「私は、絶対、焔さんの炎なんかじゃ、不幸になりません、と言いました」


一つ一つ丁寧に紡ぐ言葉に、焔さんはぽかりと小さな口を開けた。

あら、お上品だこと。やっぱり、このヒトは間抜け面でも絵になるわ。


「焔さん、私は焔さんが思うほど、柔じゃないつもりですよ」


呆けているのをいいことに、言いたいことを言ってしまおうと口を開く。

焔さんの手が、また少し、強く私の手を握る。


「焔さん、私の幸せは何一つ壊れてませんし、これからも、そう易々とは壊れません」


「蛍の、幸せ…?」


「はい。だって今、私ちゃんと幸せですよ」


焔さんが小さく息を呑む。

焔さんの手を、もう一度優しく撫でる。大きくて、暖かくて、優しい手だ。


「蛍、の、幸せとは、何だ」


苦々しくすら聞こえる声色に、微笑みを返せば、焔さんは子供のように不安な目をしていた。


「はい、私、植物が好きでして」


「…それは、知っているが………」


「あと、両親も大切です」


「………?」


「それと、朽葉さんと、龍樹くんと、龍海ちゃんも」


困惑を顔に貼り付けた焔さんに、もう一度笑いかける。

このヒトは不思議だ。

とても強くて優しくて、なのに、こんな小娘の一つ一つに、なんでこんなにも気を張っているのだろう。

なんでこんな小娘に、執着を見せるのだろう。


「あと、焔さんも、大事です」


「…お、れ……も…?」


「はい、ついでに自分のことも」


「どういう…」


「私は、私の大切にしたいヒトたちが、幸せで在れたら、それが私の幸せなんです」


焔さんの目が、ふい、と左右に泳いだ。

困惑の色は消えないまま。


「みんな、心配はしても、怪我はしてません。植物たちも、元気に日光浴してます」


指折り、私の大切なモノたちの確認をする。

焔さんは疑問を張り付けたまま、私の声を聞いてくれる。


「焔さんも、命に別状はないと聞きました。私も、今元気です。…ね? だから、私、今幸せです」


「…………」


焔さんが、何かを口にしようとして、また閉じた。

悩むように、考え込むように、視線を泳がせて、それから目を瞑る。


「…そう、か」


ため息のように、それだけ言った。

はい、と小さく答えながら、また手を握れば、今度もちゃんと、握り返された。


「でも、焔さんがもっとちゃんと良くなってくれたら、私、もっと幸せです」


「………安い幸せだな」


話は終わりだとばかりに、焔さんは顔を背けた。

なんだか照れている子どもみたいに見えて、ちょっとだけ微笑ましくなってしまった。

でも、一つ物申したい。


「全然安くないですよ…」

 

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