33 昔話
とざい、東西。
と、特にわざわざ仰々しくする必要はありませんが。
私たちはそろそろ800になる龍にございますが、そんな我らが生まれるより少しばかり昔の話をさせていただきます。
まだ暦も、種族としての括りすらも曖昧な頃合い。
人と魔物と動物が、特に区分なく生きていた時代がございました。
魔物は自らの魔の力で、各々が好きなように生きました。
動物は自らの純粋な力で、やはり散り散りに好きなように生きました。
けれど人間は、非力な存在でした。
すると魔物の中でも、特別な力を持った魔物の一族たちが、人間たちに情けをかけてくれました。
手に水かきを持つ一族は、水を綺麗にしてあらゆる命を愛しみました。
屈強な足を持つ一族は、よく土を太らせて多くの作物を実らせました。
優美な翼を持つ一族は、癒しの風を吹かせて人々を治療して周りました。
鮮やかな緑の指を持つ一族は、木々を植えて大きな森を育みました。
鋭い角を持つ一族は、悪縁や災厄を焼き払って人々に安寧を与えました。
すると人間は大層喜び、その魔物の一族たちを歓迎しました。
魔物たちと人間は、仲良く暮らしていました。
しかしそれも長くは続きませんでした。
人間の中にも、魔物の中にも、欲深い者たちが現れたのです。
もっともっと、と、これまで以上に多くを望むようになりました。
魔物の多くは、人間の望むように力を使い続けました。
水かきを持っていた一族は、水を綺麗にし続けました。
けれどそのうち、一族は毒を吐くようになり、長かった命は短くなっていきました。
強い足腰を持つ一族は、土を耕し続けました。
けれどそのうち、一族は痩せ細り、食べても食べても飢えるようになりました。
翼を持った一族は、風を送り続けました。
けれどそのうち、一族の耳は聞きたくない声まで聞こえるようになりました。
緑の指を持った一族は、木を植え続けました。
けれどそのうち、一族の足は動かなくなっていき、森から出られなくなりました。
角を持った一族は、炎を灯し続けました。
けれどそのうち、一族は病に倒れるようになりました。
魔物の一族たちは我慢強く、人々と交渉し続けました。
けれど、交渉はあまりうまくいきませんでした。
とうとう我慢の限界が来た魔物たちは、大いに荒れ狂いました。
水は濁流となって村を飲み、大地はひび割れて作物は枯れました。
風は皮膚を切り裂くように轟々と唸り、木々はその枝を伸ばして日の光を遮りました。
ニブフイエの村々は、陰鬱とした空気に包まれ、濁った沼と痩せた大地に飲まれてしまいました。
人々は困り果て、唯一牙を剥かなかった角を持った一族へ、助けを求めます。
角を持った一族は、頑として力を使わず、魔物の救援にも、人間の救援にも応じませんでした。
今度はそれに腹を立てた人間たちが、角を持った一族を糾弾しました。
一族の長が、罵詈雑言を聞いた後、静かにこう言いました。
「炎は『なんでも』焼きます。命の有無も、形の有無も問いません」
だからこそその力が欲しいのだと、人間たちは飽きもせず願いました。
長は再び、口を開きました。
「ですから、我々は何も焼きません」
角を持つ一族は、力強く恐ろしい見目に反し、慈悲の心に満ちていました。
やがて諍いが大きな戦に発展し、多くの命が傷つき、終戦を迎えた時。
人々が焼き、魔物の一族たちが荒らした不毛の地を、角を持つ一族たちは眺めました。
多くが傷つき、多くが失われ、残されたものたちも皆疲弊していました。
「お教えしましたよ。炎はなんでも焼きますよ、と」
角を持った一族の長が、残された人々にそう言いました。
荒れ果てて何も残らない土地に、疲弊して傷ついたわずかな命が残るばかり。
なんて無為だったのだろうと、後悔ばかりが押し寄せる。
自らの命を削って戦っていた他の一族も、もはやなんのために武器を取ったかさえ解らなくなっていた人間たちも。
角の一族は、静かに続けました。
「さて、会話のできる理性と知能があるものはおりますか?」
その言葉に怒る元気さえ、誰にも残っていませんでした。
その様子を見て、角の一族たちは他の一族や人間たちを集めました。
「この地を元に戻します」
その言葉に、僅かな期待の視線が寄せられました。
それはそうですよね。もう手がつけられないほど荒れたこの地を、もう直す術などないと思っていたのですから。
力を持った全てが傷つき疲弊した今、何もできないと思っていたのですから。
「ただ人にも同胞にも、二つほど、お願いがございます」
願いなど、叶えられるでしょうか。
けれど、選択肢などあってないようなものでした。
人々は口々に、助けてくれと願いました。
一族の者たちも、この地が荒れたことには、胸を痛めたようで、同じように頭を下げました。
「まず人に。一つ、今後、我らに『力』を求めぬこと」
人々は頷きました。
「一つ、『神々の眠る地』に、住まわせてもらいたい」
この戦で、神々の眠る地と呼ばれる大きな山も、半分が焼けてしまっていました。
本来ならば不可侵の聖域。
けれど、背に腹は変えられません。
人々は逡巡ののち、静かにそれらを受け入れました。
「そして同胞に。一つ、今後、人々にその力を振るわぬこと」
これにはすでに懲りていた魔物の一族ですから、悩む間もなく頷きました。
「一つ、今後もこの地を支えること」
多くの魔物が、渋面を作りました。が、目を合わせ、じっくり悩み、周囲を見渡した。
こんな地にしてしまったのは、自分たちの力なのです。
荒らすだけ荒らして、放置することは何よりこの地に失礼でした。
そう思えばこそ、やはり答えは決まっていました。
掠れた声で、翼の一族の長が「受け入れよう」と言いました。
「そうすれば、我らも一つずつ、約束をしましょう」
うなずいて、炎の一族はそう言い出しました。
「人々よ。我らは外からの制圧を全て排除しよう。
同胞よ。我らは内からの圧政を全て排除しよう」
人も魔の一族たちも、これを契りとし、永劫違えぬようにと誓いました。
角の一族は、自らの炎の全てを持って、その地の『時間』を焼き払いました。
それはまさに神の御技。次々と命を吹き返していく大地に、多くの者が感動を覚え、落涙しました。
けれど、これほどの偉業の代償は、一体どれほどになるでしょう。
長一人の命では、到底かないません。
ですから、長は末代まで、その代償を引き継ぐことにしました。
末代の、長の血を引く者たちに。
力を使うたび、その代償が大きく、重くなるように。
軽々に、その力を振るうことがないように。
「我らは鬼神。この地を守る鬼となろう」
こと切れる前に、その長はそうおっしゃったのです。
以来、その種族は鬼神の一族と呼ばれ、それに倣うように、水神、福神、風神、緑神と、『神の一族』と呼ばれる存在が確立されたのです。
さて、それから、まだ少し、話は続きます。
鬼が山へ籠るようになって数年。
人は傷を癒やし、神の名を冠した一族たちも力を取り戻した頃。
痛みを忘れた愚か者が、痛みを知らぬ無謀者が、鬼神族に力を借りたいと、山を登るようになりました。
それを嘆いた人間の長、つまり、殿様と呼べる存在ですね。その殿様が、他の四つの一族に声をかけました。
「我らは恩を忘れる恥知らずとなりたくはない」と。
けれど、先の大戦での鬼神族の活躍を口伝すればするほど、阿呆なものは増えていきます。
神の一族たちは話し合い、一つの結論を出しました。
ええ、それは、断腸の思いでした。
すなわち、「鬼神族とは『厄災』である」と、周囲に言いふらすようになったのです。
山にいる限り安全だが、決して手出ししてはならない存在なのだと、そう言い含めるようになりました。
殿や神の一族たちは口裏を合わせ、歴代にわたり少しずつ、その認識を植え付けていきました。
誰も、鬼神族たちの安寧を邪魔せぬように。
誰も、鬼神族たちに手を汚させないように。
愚かさはそう易々とは変わりませんから。
だからこそ。誰の目にもわかりやすく、蓋をしたのです。
それは今なお続く、『鬼神の災い』の裏に隠された、事実です。




