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16 庭の散策

なんとか筋肉痛という存在を認識してもらえたと思うが、随分時間を使ってしまった。

すっかり冷めたご飯も、不思議だね、と言いながら笑い合う双子と旦那様を見れば、全く苦にならなかった。

いや、旦那様はにこりともしませんでしたけど!


彼らは魔を宿す。

その魔は身体中を巡っていて、常に身体を守っているらしい。

そのため、私の感じる筋肉痛は、それが発現する前に修復されてしまうらしい。

だから筋肉痛は体験したことが無いという。

羨ましい限りです。



朝食を終えると、各々が仕事や暇つぶしに動きだす。

私の急務は昨日のうちに終わっているので、自由にしていていいらしい。

とりあえずと家事の手伝いを申し出たが、あっさり袖にされた。

曰く、仕事は取らないでくれ、だそうで。


うーん。食後15分ほどして、早くも暇だ。


龍海ちゃんは食器洗いを始めとした炊事、龍樹くんは屋敷の掃除、とそれぞれが自分の仕事に取り掛かっている。

焔さんは食後、また姿を消したので何をしているか知らない。

私は一人、ぽつねんと自室で転がっているという有様だ。

本も縫い物もないとくれば、やる事がなくて暇だ。

実家にいる時は庭に(勝手に)増やした草木を愛でていれば時間が過ぎていたので、こんな暇を感じることもそう無かったのだが。


「あ」


別にここでも愛でればよくない?

庭にどんな木々が、花が、葉が、根があるのか、私はまだ知らない。

未知との遭遇、知っているモノたちとの再会。

どちらにしても心躍る。


ならばこうしては居られないと、がばりと体を起こす。

まだ道がイマイチわからない屋敷の中を、ばたばたと走る。

実家に居たなら100%母の雷が落ちただろうが、ここに母はいない。

龍樹くんと出会えることを期待したけど、残念ながら遭遇できなかった。

それでも迷子になる程ではなかったようで、無事に玄関までたどり着けた。


「わぁ」


今日はいい天気だ。

さわさわと木々の葉が風と遊ぶ音がする。平和だ。

涼しげな木漏れ日がちらちらとしていて、それを見るだけで心躍る。

門の外の方が自然と野生の宝庫だろうが、流石に山ノ怪には出会したくない。

大人しく庭を散策することに。

現在の季節は前世で言えば初夏だ。

まだまだ山は涼しいが、日差しは常より強く感じる。


「あ、たんぽぽ」


前世の記憶にも残っている、黄色の花。

ギザギザの葉を精一杯に伸ばして、力強く根を張る花。

雑草と呼ばれて引き抜かれてしまう事も多い、可愛そうなやつだ。

実家の方では殆ど綿毛だったのに、ここはまだ黄色く花をつけている。


「わ! この石蕗ツワブキでかっ!」


傘のように丸い大きな葉が群生している。

玉斑たまふと呼ばれる黄色い斑点が疎に付いている。

たんぽぽが、石蕗の作る影から逃げるように葉を伸ばしていて、微笑ましい。

つやつやした少し硬い葉を指先でつつくと、下からバッタが飛び出してきて思わず飛び退いた。


人間、反射的には悲鳴が出ないものだ。

私はおよそ植物と呼べるものは好きだが、それらに付く虫は苦手だ。

とはいえきっと驚いたのはバッタの方だろう。

びょんびょんと跳ねるような飛ぶような様は本気で苦手だが、悪いことしたのは私の方だ。


「ご、ごめんよ…」


謝罪にはきっと何の意味もないのだろう。

でも口の中で小さく謝っておく。

飛び退いた際にすぐ近くの木にぶつかりかけたが、これは何の木だろうか。


「あ、これ、合歓ネムだ…」


木肌を軽く撫でる。葉を見て判った。

これは私も大好きな木だ。

淡い柔らかな花が咲くのだが、前世の頃から大好きだった。

…虫が付きやすいので、それだけが苦手だったけど。

虫がいないかだけ確認して、木肌を撫でる。


前世の庭には、祖母の願いでこの合歓木ネムノキ百日紅サルスベリ、椿、老鴉柿ロウヤガキ、藤があった。

他にも斑入りのドクダミやスミレ、ネジバナに立浪草タツナミソウ、露草と龍の髭とマンリョウなどなど。

あの庭は花と葉であふれていた。

祖父は山野草を育てていた園芸家だったし、祖母は2人とも野草が好きだった。

私が植物を好むようになったのは、祖母たちの影響だろう。


もう戻れない過去の日々を思うと、僅かばかり切なくなる。

時たま、何の前触れもなく、郷愁に駆られる。

もう、どうしたって帰れない、あの場所の。


「………」


散策の予定だったが、何故だかここから動けない。

動けないまま、花のついた合歓を撫でて、見上げる。

下からでは花が良く見えないが、日に透かして見る葉や枝がとても美しい。

愛猫を撫でるかのように、優しく木肌を撫でる。

ざらざらとした感触が、懐かしい思いにさせる。

幹に耳を寄せて、擦り寄るように頬も寄せる。


周囲がもっと静かだと、たまに、木が水を吸う音がする。

私はその音が聴きたくて、よく何時間もじっとしていた。

木々が、命が、生きている音が大好きだった。


寄せた耳には自分の脈動と、風と木々の葉の音が届いた。

どうしても、水の音は聞こえなかった。

でも、なんだか心地良くて、私はそのまま音を聴いていた。


「奥様、どうされましたか?」


どのくらいそうしていたのか。

唐突な声に目が覚めた。いや、寝てないけど。

遠退いていた音が、ざあっと鳴りながら戻ってきた。

きょとんと立っていたのは朽葉さんだった。


「奥様?」


二度目の呼びかけに、ようやく私は自分が呼ばれていることに気づいた。

朽葉さんは昨日の龍海ちゃんより大きな物を背負っている。

もしかしなくても箪笥だろう。

ぼーっと眺めていたら、朽葉さんが心配そうに首を傾げた。


「あ、ちょっと…散歩してて……」


急に動き出す時間に、あたふたしてしまった。

…どうしよう、お腹減ってる。

どれくらいの時間をここで過ごしていたのだろう。

朽葉さんが私の様子を見てから、その手で触れている木を見た。


「この木、お好きですか?」


「……思い出が、あって…」


荷物の重さを感じさせない朽葉さんが、柔らかく笑った。

相変わらず、天女のような美しさだ。

角の名残が痛そうに見えるけど、その傷さえ彼女の美しさを汚さない。

対して、私のぎこちない笑顔といったら。


「思い出、ですか…」


「大好きな木です。とっても…」


なでり、とざらついた木肌をもう一度撫でて、ようやくそこを離れた。

そして筋肉痛を思い出した。痛いわ。


「箪笥、ありがとうございます」


「いいえ。まだ軽い方ですわ」


絶対そんなことないと思うけど、昨日の時点で私と彼女たちの基準が違うことは分かっていたのだ。

大人しく黙っていることにしよう。


「もう昼ですが、きちんと昼食はとられましたか?」


朽葉さんの言葉に応えるより先に、ぐるぐると腹の獣が空腹を訴えた。

……恥ずかしいんですけど。

ばっちり聞こえていたらしい朽葉さんは、幼児を見るように柔らかく笑った。恥ずかしいんですけど。

というより、やっぱり昼になってたのか…。

赤面待ったなし。


「その様子ですと、まだ誰も食べていないのでしょうね」


「あの、何か作りますよ。またはお手伝いとか…!」


玄関に入り、朽葉さんは軽々と箪笥を下ろした。

疲れている様子は一切ないが、何もせずぼーっと過ごしていたことに若干の罪悪感を感じて名乗り出る。

ついでにさりげなく箪笥を抱えて部屋に持っていけないかと試してみたが、めっちゃ重いので秒で諦めた。


「大丈夫ですよ、奥様。お食事も箪笥も、お任せください」


「………アリガトウゴザイマス」


箪笥に挑んで負けたことがバレたのも、いらん手伝いを名乗り出たのも恥ずかしい。


「あ、そうだ。朽葉さん」


「はい?」


再び箪笥を背負った朽葉さんを呼び止めてしまった。

せめて邪魔せずいろよ、自分。


「おかえりなさい」


自分の間の悪さに申し訳なさを感じつつ、そう言った。

そうしたら、朽葉さんはやっぱり綺麗に笑って、はい、と言った。

なんだかこそばゆい思いをした。

遅れてすみませんでした…!

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