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15 筋肉痛の朝

この屋敷に来て、二度目の朝が来た。

昨日の朝は酒焼けで喉が痛かったけど、今朝は筋肉痛で足が痛い。

全く笑える話だ。もう少し穏やかに朝を迎えることが出来ないものか。

まさか、これが災い…?

いや、流石にそんなバカな、と頭を振った。


普段は家事や買い物くらいでしか使わない体力を、昨日いきなり下山と買い物と登山に費やしたのだ。

そう考えれば当然としか言えない結果だろう。

悔しいものは悔しいが。


「奥サマー、おはようごザいます。よく休まれマしたか?」


買ったばかりのふっかふかの布団で身悶えてたら、もうモーニングコールが来た。

ぱたぱたと軽い足音と共に現れたのは双子の片割れ、龍海ちゃんだ。

昨日私の数倍の重さを持って私と同じ距離を歩いたはずなのに、筋肉痛のきの字も感じさせない。

一瞬、これが歳の差かと思ったが、この子はこう見えて私の十倍は余裕に生きてるはずだ。

やはり、そもそも比べてはならないモノなのかも知れない。


「おはよう…ございます…」


なんとか起き上がろうとするも、下半身だけ別の生き物みたいに言うことをきかない。

第一筋肉痛なんてとんでもなく久しぶりだ。

こんなに辛かったのか…。


「おやオや、大丈夫デすか?」


「ただの…筋肉痛なので…」


大丈夫です。と絞り出した声は情けないほど震えていた。

龍海ちゃんは情けない私を見ても馬鹿にせず、しかし不思議そうに私をみている。

まさかとは思うけど、この子筋肉痛と無縁だったんだろうか…。

それとも、この程度で筋肉痛になるなんて発想がないとか…?


「きんにくツウですか…」


その呟きに確信する。

無縁すぎて存在を知らなかったってヤツだ、これ。

可愛らしく首を傾げて『きんにくつう』とは何なのか考えている。

…可愛すぎんか。

龍とか年上とかどうでも良くなるくらい可愛いわ。


「…怪我、だっタりします?」


筋肉痛は、筋繊維の損傷を直すときの炎症によっておこるというし、厳密には怪我の部類と言えるかも知れない。

でも、心配そうにこちらを伺う龍海ちゃんに、怪我ですよ、とは言いにくい。

だからといって、怪我じゃないから平気だよ、と言ったって、痛いものは痛いし。

筋肉痛の仕組みを事細かに話したところで、結局痛いの? 痛くないの? という話になりそうだ。


「ほっといたら治るから、大丈夫ですよ」


とりあえず、そう言って誤魔化せば、龍海ちゃんはふぅんと納得した風だった。


「立てないンです?」


「あぁいや、大丈夫大丈夫。ちょっと動きづらいだけだから」


悪戦苦闘したけど、なんとか布団から起き上がる。

太腿が痛いこと痛いこと。

でも二日遅れにならないあたりは、流石19歳といえるかもしれない。

若いっていいなぁ。


「えっと、朝食でスが、ここに運びまシょうか?」


あまりのトロさに再び心配になったのか、龍海ちゃんがわたわたとしている。

申し訳ない。たかだか山を一往復したくらいでこんなポンコツとは…。

いや、マテマテ。山一往復は充分凄いぞ。

舗装さえされてない獣道みたいなあんな道を…。

ちょっと高◯山登るのとは訳が違うよ。

いや、比較対象が◯尾山ってどうよ。


「大丈夫大丈夫! ごめんね、トロくて! でもちゃんと歩けるから!」


「…そうでスか?」


今更だけど、一昨日私を送迎してくれた美女たちは大丈夫だったのだろうか。

やっぱり、マッチョメンだったのだろうか。

そしてどうしても龍海ちゃんたちへの口調が迷子になる。

丁寧にしなくていいと言われたのに、年上なら、と素直に甘えられなかったり、そのくせ見た目でつい砕けてみたり…。

優しい彼女たちは私に任せているらしく、口調に対して何も言わないでいてくれる。


「あの、先行ってていいよ?」


「え、デも…あの…」


私に合わせるのは面倒だろうと促してみたが、よっぽど心配なのか、龍海ちゃんはそこから動かない。

龍海ちゃんの顔にはこれでもかと言うほど『心配』の二文字が浮かんでいて、申し訳なさが一入だ。

ぎくしゃくしつつ、何とか歩く。

よたよたしている様は多分生まれたての馬より危なっかしく見えるだろう。


でもごめんね、本当にただの筋肉痛だから…。

幸か不幸か、筋肉痛は動き続けていると少し慣れる。

動き始めが一番辛いのだ。

半ば意地で歩いて、なんとか居間に着くと、焔さんと龍樹くんが既に居た。

…今日の焔さんは右のほうの角になんか埃のようなゴミをつけてるけど、やっぱり言わない方がいいだろうか。


「おはよう」


「おはヨー」


「お、はようござい、ます」


焔さんと龍樹くんの挨拶に応えながら探してみたが、朽葉さんがいない。


「どうした?」


「きんにくツウというらしいデす」


「筋肉…つう?」


私より先に疑問を口にしたのは焔さんだった。

そしてそれに私より先に答えたのは、龍海ちゃんだった。

というか焔さん、貴方も知らないのですか。

どんな生態してるのか興味ある。


「筋肉痛、なったことないです?」


私の質問に、三人が顔を見合わせている。

マジか龍樹くん。君もなのか。


「普段より沢山身体を動かしたりした次の日、体が痛くなったりすることないです?」


なんだそれはという顔で首を傾げる三人。

マジか。経験もないのか。

尚のことどんな風に生きてきたのか気になってきた。


「あ、たまに朽葉がいっテいたヤツかナ?」


「あぁ、何故か身体が痛イ時があるって言ってタやつ?」


ああよかった。朽葉さんはマトモだ!

けど、口ぶりから聞くに、朽葉さんも筋肉痛を知らない…のか?

その朽葉さんは姿が見えないままなんだけど。


「朽葉なら、『たンす』を取りに山を降りテますヨ」


口に出せないままだった疑問は、龍樹くんの一言であっさり解決した。

そういえば昨日、そんなことを言っていた気がする。

でも膳に乗っている食事はほかほかと暖かそうだ。

朽葉さんの作ってくれたご飯ではないのだろうか?


「温かいうちニ食べまショう」


龍海ちゃんがにこにこと笑って促す。

座ることに一苦労して、ご飯を頂く。

流石に私が遅すぎたのか、焔さんの食事は三分の一ほど終わっていた。


「辛いのか」


焔さんの声に、苦笑いする。

ちらりちらりとこちらを見ていたかと思えば、どうやら心配してくれていたらしい。

ありがたいやら情けないやら。泣けばいいのか笑えばいいのかさえ分からない。

とりあえず曖昧に笑って、大丈夫だと言えば、それ以上の追跡はない。

じわじわと心配してくれていた事が胸中に広がって、なにやらくすぐったい気持ちになった。


「筋肉痛、体験したことないんです?」


こぼれ出る笑みをそのままに、疑問を口にすれば、龍と鬼は三人揃って顔を見合わせた。

その様が親子のようで、家族のようで。

微笑ましいと思ってしまう。


「いつも使わない筋肉を使ったり、いつも以上に筋肉を使ったり、そういうこと無いです?」


「そリゃ、いつもいつも同じ事しカしないなんテ、有り得ないヨ」


「何もない時があレば、昨日ミたいに動く事もあルよね」


「………」


焔さんは無言だったけど、双子たちはうんうんと頷いてくれる。

何度反芻しても、彼らは子どもにしか見えない。


「いつも以上に力仕事したり、歩いたりしたら、その翌日とかに使った筋肉がじくじく傷んだりしない?」


ついつい近所の子どもたちへ向ける口調になってしまう。

いかんなぁと思う一方で、まぁいいかと思う自分もいる。

でもまあ、本人たちも言葉遣いは気にしないと言ってくれているし、もうこの際砕けた口調で固定しようか…。

頭の片隅でそんな事を考えてみたが、焔さんも含めた三人の顔は不思議で溢れている。


「じくジく?」


「痛いってコとは、怪我なノかな?」


「なんで翌日ニ痛くなるノ?」


「確かに。その場デ痛くならないのカな?」


双子たちは首を傾げながら意見交換している。

さも世界の不思議を発見したかのように、二人の会話と声は弾んでいた。

好奇心に満ちたそれは、双子たちをより幼く見せる。

にしても、経験ナシか。

筋肉痛の辛さを口頭だけで説明する日が来るなんて、思いもしなかった。


さて、どう説明したものかと、密かに悩む。

黙ったまま耳を傾けている焔さんの瞳が、存外真剣な光を宿していて、笑いそうになった。

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