表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/44

17 知り合おう

昼食は龍樹くんと龍海ちゃんが用意していてくれた。

そろそろ出来上がるからと私を探してくれたところ、見つからないと騒ぎになってしまっていた。

朽葉さんと一緒に居間へ向かったところ、すごい剣幕で双子が飛んできたときには目を白黒させてしまった。

…心配させてごめんなさい…。


「庭にいルなら庭に居ルと…!」


「あらかじメ教えておいて下さいネ!」


「……ハイ、申し訳ございません」


事を知らなかったらしい焔さんが、一人で首を傾げていたが、誰も告げ口をしなかった。

そうすれば焔さん自身も特に言及してくることもなく、あっさりと食事は始まった。

焔さんが今朝、角につけていた埃もどきは無くなっていた。


「良き糧を」


食事は朽葉さんが作った物とは少し味が違っていた。

朽葉さんのものより少し味が濃い。でも、美味しい。

味噌味の何かなんだけど………何かが何なのかまでは判らない。貧相な舌と経験でごめんよ。

何かの肉と山菜が味噌で煮てあるようだが、随分形がぐずぐずしていて原形がない。


まぁ、美味しいことは美味しいので、細かいことは気にしないことにする。


「奥様は庭デ何をしていタんですか?」


龍海ちゃんがもぐもぐと咀嚼の合間に言った。

即座に行儀が悪いと龍樹くんに頭を叩かれていたが、反省の色はない。


「立派な合歓木ネムノキを見つけたので、眺めてました」


「ずっとですカ?」


「う、うん。はい…」


龍樹くんの顔に呆れの文字が浮かんでいる。

木々の音や木漏れ日、花や葉が風に揺れる穏やかな景色。それらを眺めていれば時間なんて忘れてしまう。

だがそれは少数派の意見らしいので、沈黙しておくことにする。


「ネムが好きなのか?」


焔さんが静かに問う。

この鬼は静かだが、案外会話に参加してくれる。


「思い出もありますし、花も幹も葉も好きですね」


「…そうか」


その会話は大体すぐに終わってしまって続かない。

よく聞く返事を最後に、会話は終わってしまう。

もしかしたら会話は苦手なんだろうか?

大体何かを一つ二つ訪ね、その返答を聞いたら静かになる。

本当にその問いに興味があるかさえ解らない。


そこまで考えて、ふと思う。


そうだ。私も知らないことだらけだ。

この鬼を知らない。何も知らない。

知らないでいるままだ。

それは、どうにもおかしいことであるはずだ。


「焔さんは…」


知りたいと思ったのは私だ。

私はこのヒトを知りたい。

なのに私は、今まで何一つ知ろうとしなかった。

一つずつ些細な疑問を投げかけながら、少しずつ私を知ろうとしてくれている旦那様に対して。

私は自分から知ろうと動くこともせずにいた。


「お好きなものって、何かありますか?」


だから、今度は私が聞いた。

会話を、続けたいと思った。

このヒトを知りたいと思ったので、そうしたのだ。

私たちは、知り合うところから始めなければならないのだ。


「漠然としているな」


少しの沈黙の後、焔さんはそう言った。

眉をひそめ、少し不機嫌にも見える表情で。

無理に答えなくても、と口を開こうとしたら、それを遮るように焔さんが口を開いた。


「散歩か、本が好きだ」


それは少し意外な返答で、でも納得のいく返答だった。

食事の時以外で一緒にいたことは無いが、姿の見えない間、彼は散歩や読書をしていたのだろうか。

なんだか災いや鬼というイメージとはかけ離れていて、思わず笑みがこぼれてしまう。


「お気に入りの場所や本って、何かあります?」


知りたい。

このヒトを、知りたい。

何を考えてるか解らない、このヒトを。


そう思えば、なぜ今まで聞かずに居たのか不思議なほど、聞きたいことが溢れてきた。

植物や日向ぼっこは好きだろうか。

好むお茶や食べ物は何だろうか。

どんな事に興味があって、どんな風に生きてきたのだろうか。

ぽろぽろと出てくる疑問。

焔さんは、こんな風に私に興味をもってくれたのだろうか。


「よく足が向くのは、この山にある小さな滝だろうか」


「滝! 見てみたいです。綺麗なんですか?」


熟考するようにゆっくりと答えてくれる焔さん。

対して私は、落ち着きのない子供のように跳ねた声だ。

紅蓮の瞳が、ふと私の方を見た。

その目に映る自分は、何色に見えるのだろうか。


「少し険しいが、行くか?」


焔さんの表情は硬いままだが、声は柔らかくて優しかった。

嬉しくて、何故だか嬉しくて、とっても嬉しくて。

こくりこくりと何度もうなずいてしまった。


「好きな本というなら、図鑑や伽話か」


「とぎばなし?」


「ヒトが空想で描く物語は、いい退屈しのぎになる」


「おすすめとかありますか?」


なんてことだろうか。

今まで沈黙を保つ静かな状態だったのが嘘のように、二人は会話を転がせている。

朽葉さんたちは静かに食事を続けているが、その表情に嫌悪は一切ない。寧ろ少し笑んでいる。


「伽話は読むのか?」


「少々…。恥ずかしながら、本のほとんどは教材か植物に関するものです」


「そうか…。ならば、『山猫と雀』は軽くて読みやすい」


「お借りしてもいいですか?」


「ああ」


ふと、焔さんが笑った。

緩やかに口角を上げ、目尻が下がり。

思わず、息を呑んだ。

このヒト、綺麗だ…。


「図鑑は、主に生物を。魔物も動物も、等しく」


こんなに生き生きとした焔さんは初めて見た。

顔の造形が綺麗なことは知っていたけど、笑うとこんなに美しいなんて思わなかった。

角も、唇から覗く鋭利な牙も、不思議な色香を持っていて、恐ろしさより美しさが際立つ。

こんな風に、笑うヒトなんだ…。


「俺は外へ出ないから、図鑑は窓のようなものだ。蛍は本は好むか?」


急に名前だけが耳に飛び込んできて、心臓が跳ねる。

美人の微笑みって破壊力があるなぁ。じゃなくて、返事をしようか。自分よ。


「わっ、たしは、本は余り。雨で外へ出ない時くらいしか読みませんでした」


うん、盛大に詰まったけど、気にするな。

私の興味関心の九割は植物に持っていかれる。

なので、あまり活字を追う習慣がない。

ああ、でも、本は好きだ。


「本当に本が好きな人には怒られますが、私、本の存在は大好きです。本の香りとか…」


「…読まぬのか?」


「全くという程ではないのですが、植物ほどはのめり込めないです、ね」


怒られるのを覚悟で、本音。

だってここで嘘をついても、面倒くさい未来しか見えない。

でも、私の予想は当たらず、焔さんはそうか、と相槌をうった。

……前世の友人に、自他共に認める本の虫がいたが、彼女にはえらい怒られた覚えがある。

本は読むもので、飾るものじゃない。と。


「蛍の気に入る本があればいいが…」


もう既に食事は疎かに、焔さんは考え出してしまった。

えええ、そんな、気を使わなくていいんだけど。

そう思う一方で、このヒトの勧めてくる本がどんなものか、興味があるのも事実。

結局、遠慮の言葉は一つも出ないまま、昼食は終わったのだった。


「よければ、書斎に来るか?」


いつもはそのまま姿を消す焔さんが、そう言った。

お手伝いくらいしたいと思っていたので、どうしようと朽葉さんたちの顔色を伺う。

すると、三人揃ってとてもいい笑顔だった。

…何、ちょっと怖いんですが…。


「お手伝いなら大丈夫デすから」


「僕らが手伝いまスのデ」


「蛍様は焔様の所へどうぞ」


双子たちだけの特殊技能かと思っていた話し方に、朽葉さんはすんなりと混ざっていた。

ここの人たちのシンクロ率は並みじゃないようだ。

少し手伝いに後ろ髪を引かれる思いだが、書斎というのは正直かなり魅力的だ。

結局、手伝いを放棄して、焔さんの後についていくことにした。

今晩こそ、お手伝いしますので…!

そう思ったら、それを口にするより先に、手伝いは要らないと言われた。とほほ。


「焔さんは、普段は書斎にいるんですか?」


一歩一歩が大きな焔さんの後をついて行くのは存外大変だった。

小走りにこそならないが、気合を入れて早歩きしないと置いていかれる。


「庭か、外か…さもなくば、書斎か…」


普段は書斎か外にいるらしい。

でも彼のいう外とは、山の麓ではないのだろう。

人に会えないというのは、幸せだろうか。寂しいだろうか。

入ったことのない部屋の扉を前に、ぼんやりとそう考えた。


すたん、と軽い音で開いた戸の向こうには、お世辞にも多いとは言えない本が、小さな本棚に詰まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ