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8 新たな朝


あー…。

のどが……いたい…。


正しく嫁入りを果たしたなら、きっと昨夜は初夜ってやつだったのだろう。

が、昨日は夜更けまでみんなで酒盛りをした挙句、何事もなく各々の部屋に戻って、ぐっすり安眠した。

やっぱり、嫁ではなく、娘なのかも知れない。

余りにもあっさり何事もなく終わり過ぎて、何故だろう。釈然としない。


勿論、個人的な意見としては、そりゃあ特に知りもしない相手に身体を預けるのは抵抗の一つもある。

正直の正直に本音を言えば、何事もなく平和に終わって良かったとさえ思う。

が、それでいいのかという…僅かな、疑問と言うべきか、違和感と言うべきか、そんな複雑な気持ちもある。

朝、すっきり一人きりの布団で目覚めた時の私の心境よ!

…あれ、ここどこだっけ? ですよ。

嫁いだ娘の思うことかな? おかしくないかな?


…いや、でも、覚えが無いのに隣に焔様が居るとかよりは万倍もマシか。

…あ、焔様じゃなくて焔さんか。

慣れないとなぁ。


二日酔いを覚悟していたが、喉の痛みに反して、頭の方はいっそ好調なほどだ。

考えてみれば、やれそれと注がれた酒は決して多くない酒量だったし、私が自分で控えた量を越えて飲ませようとしたヒトは誰もいなかった。

記憶を飛ばす失態もなく、首を飛ばす失態もなく。

どうやら、私はまだ生を謳歌出来るし、幸せライフも更新できるということらしい。


「ホタルさま、お目覚めですカ?」


「っはぁい!」


ぼーっとしていた所に急にかかった声に、思わずとんでも無い返事を返してしまった。

喉がアホほど痛い。よく声出たな…。

それに対して、すっと上品に開けられた扉…襖か。

底には穏やかにニコニコと笑う、双子の片割れがいた。

夕焼け色の着物をぴっしりと着ていて、二日酔いの気配は全くない。


…ホントに何歳なんだろう…。


「昨日は楽しかったでスね。お休みできましタか?」


「あ、お陰様で…」


可愛らしく首を傾げる龍海ちゃん。

こうして見ると、龍海ちゃんも美形だ。

幼さのあるふくふくとした頬が、大福みたいで突きたくなる。

黄金の瞳は可愛いアーモンド型で、睫毛までふさふさしてる。

小さな鼻はちょこんとしてて可愛いし、唇はぷっくり桃色だ。

眼福眼福…。


…というか、この家はなんだ?

主人から使用人から、とんだ美形揃いだ。

今気づく事じゃないだろうけど、昨日の宴会の場は眼福揃いもいいところだった。

その中に放り投げられたモヤシとしては、何となく何かを貢がなければならない様な気になる…。


「お召し物は何色に致シましょう?」


そんな私の胸中など当然関係なく、龍海ちゃんは後ろに用意しておいたらしい着物を並べてくれる。

当然それらは、この家のヒトたちが用意してくれたものだ。

この身ひとつでやってきた私は、当然服なんて持ってない。


…あぁ、そっか。

今更だけど、生贄に家財道具などいる訳もない。

両親がここへついて来なかったのも、つまりはそういうことだったのだ。

それを、この家のヒトたちは、全部用意してくれたのだろう。

私を、生かすために。


「ありがとう。じゃあ、その紅いのがいいかな」


つい、見た目が小さいからか、私の口調も子ども向けというか…砕けた感じになってしまった。

龍海ちゃんは嫌な顔ひとつせず、むしろにっこりと嬉しそうに笑って、ハイ! と返事をくれた。

そして、淡い花の咲く紅い着物を、いそいそと用意し始めた。

…かわいい。やっぱり、可愛い。


服を選べばあとは一人で着付けるのだと思っていれば、龍海ちゃんは態々着替えを手伝ってくれた。

人に手伝ってもらう事に慣れてない私はぎくしゃくしてしまったが、龍海ちゃんはやっぱり文句も言わず着付けてくれた。

…なんだか申し訳ない気持ちになる…。


「ンん! 完ぺきです!」


全て終われば、彼女は満足げに、誇らしげにすら見える顔で胸を張った。

可愛い。


「ありがとう」


「いえいエ。200年も可愛くもなイ男を楽しくもナク飾っていた事に比べレば、今日はとっても楽しかっタよ」


…だめだ。彼女の言う歳月の長さに慣れてない。

そして彼女も、どうやら丁寧語が苦手なようだ。

ついでに、仮にも主人を『可愛くもない男』て…豪胆な…。


「えっと…龍海ちゃんたちって、いつからこのお屋敷にいるの?」


「えぇっと……400年くらイですかネ…。先代のコロに勤めだして…あ、でも200ネンくらい前に20年程、いとまをもらっテから…」


予想外の数字が飛び出てきた。

記憶を呼び覚まそうと、顎に手を当てて上の方を見る龍海ちゃんは、やっぱりどう見ても10歳くらいの少女だ。

何も言えずにいると、少女は恥ずかしそうに頭に手をやって、へへへ、と誤魔化し笑いをした。


「最年長が一番幼い姿で、なんだカ申し訳ないが…。使用人であルことも、家族であルことも、許してくれると嬉しイ」


はにかむような笑顔は、ほんの少し、切なさを宿しているように見える。

この屋敷のヒトたちは、みんな何処か寂しそうだ。

焔さんと初めて会った時の、冷たくて昏い瞳の色。

角の名残だという傷を教えてくれた、朽葉さんの笑顔。

そして目の前にいる龍海ちゃんの、この眼差し。


その所以は知らないし、特に聞く必要もないと思う。

でも、彼らのそんな顔をしながら過ごす人生は、あまり面白くなさそうだ、と、そうも思った。

とはいえ、私はこのヒトたちの望む物を知らない。

何もしらない私が、望む言葉も態度も、用意することは出来ない。


「許すもなにも、寧ろ私の方が受け入れてくださって、感謝の念に絶えないと言いますか…」


だから、言えることなんて当たり障りない、本心くらいしかない。


…私は、花や木々を見たり、育てたり、研究するのが好きだ。

私を育んでくれた両親が好きだ。

だから木々や花々たちが生き、両親が健やかであり、私がそこそこ笑えれば、それ以外は割とどうでもいいと思っている。

私の大切なモノなんてそれくらいで、だからそれらさえ大丈夫なら私は幸せなのだ。


例えば旦那になるヒトが鬼だとしても。

住む場所が深い山奥だとしても。

使用人の誰一人、人間じゃなかったとしても。

生贄として周囲に疎まれていたとしても。

モヤシのような、美女とは程遠い容姿だとしても。


私の幸せは、揺らがない。


「私は別に、木々があって、両親が健やかで、ついでに私が笑っていられたら、後はどうでもいいので…。こんな若造に、気なんて使わなくていいですよ」


私が言いたかったのは最後の一言だけだったのだが、余計な本音も出てきてしまった。

助けてもらっておきながら、『あなたたちにはミジンコ程も興味ないので…』とか言うって、とんでもない恩知らずの恥知らずだ。

いやそこまで言ってないけど、限りなく近いことを言った自覚はある。

喉痛いくせに余計なこと喋ってる場合か。


案の定と言うべきか、龍海ちゃんは切なそうだった目をまん丸に開いてこちらを見上げている。

その目はありありと、「何言ってんだこいつ」と物語っていて、いたたまれない。


「…じゃなくて、えっと……」


だめだ、咄嗟にフォローしようとしても、かえって怪しい感じにしかならない。

しかも肝心のフォローは一言も出てこない。

あれ、私はこんなにポンコツだったか。

考えてみれば、今世ではあまり人と関わったことはなく、故に気遣いや取り繕うという行為に慣れてない。

前世? そんな昔のことは覚えてない!


「…なるほど、ネぇ…」


わたわたと不審者になっていたら、龍海ちゃんは目を細めて笑った。

多分私が馬鹿だと実感したのだろう。

何がなるほどなのかは解らないが、龍海ちゃんは面白そうにしている。

そこに先程の切なさは見えない。


「……だナ…」


少女は何かを呟いたが、生憎私には聞き取れなかった。

え? と思わず聞き返したが、少女は笑って誤魔化した。


「何はともあれ、ホタルさま、朝食の支度が出来テおります。居間へ向かいましょウ」


可愛く笑って私の手を引く姿は、やっぱり可憐な少女に見える。


「あ、お手伝いとか…」


「おや、準備は全部終わっテますし、ホタルさまはそのような事、気にしなくテ良いのですヨー」


なるほど確かに、腕を引かれて出た廊下には、既に美味しそうな香りが漂っていた。

世話になる以上、何か仕事なり、手伝いができればと思ったが、それは一先ず朝食の後になりそうだ。

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