7 歓迎会という名の宴
ニブフイエの成人年齢は男女共に16である。
この世界、タバコはないが酒は成人と共に解禁される。
あ、タバコは無いけど煙管はあって、それは10歳から解禁だ。
とは言っても、主に薬や香のために使われるのであって、前世のそれとは目的もイメージも違う。
まあどちらにせよつまり私は、もう飲める歳なのだ。
結局、式らしい式は無かったが、その晩は歓迎会だといって、朽葉さんが腕を奮って豪勢な宴会が行われた。
………どちらかと言ったら嫁が来たというより娘ができたノリに見えるのは黙っておくべきだろうか。
まぁ歓迎されるのであれば邪険にされるよりよっぽどありがたいことなんだけど。
聞いた話では二ヶ月近く帰郷していたという双子が持ってきた、土産の酒を開けた。
見た目がまだ10歳にしか見えない彼らはハイペースに盃を空ける。
絵面が強烈だ。
本来ならば使用人が主人と共に食事を取るなどあり得ないと言われそうだが、この家では何時も一緒に食事を取っているらしい。
朽葉さんも遠慮している様子は皆無で、酒を自分の盃に注いでいる。
私ももそもそとゆっくり食事を楽しんでいるが、誰それとなく皆が世話を焼いてくれる。
「あの、そんなに気を使わなくていいですよ」
空いた途端に酒を注いできた朽葉さんに、これ美味しいヨ、と料理の乗った皿を差し出してくる双子。
とどめに私の口に食べ物を運ぶーーいわゆる、あーん、をしてくる焔様。
至れり尽くせりどころじゃない。まるで介護だ。
とくに焔様のが一番意味がわからない。
耐えきれなくなった私の言葉に、皆揃ってきょとんとした顔になった。
私は何かおかしい事を言っただろうか?
もしかして鬼神族というのは、客人にここまでするのが礼儀なんだろうか。
それともこの家がたまたまそういう家なのだろうか。
一瞬、しーんと静まり返った部屋で、龍樹くんが酒を飲む、ごきゅ、という音がやけに大きく聞こえた。
双子の龍たちには、それぞれ『くん』と『ちゃん』で呼ぶことを許してもらった。
「いや、なんか美味しそうに食べるからァ」
「それより、私たちには丁寧語も敬語もいりまセンよー」
流れるように話題を逸らそうとする双子。
ニコニコしてるけど、彼らの胃にはとんでもない量の酒が入った筈だ。
思わず朽葉さんの方を見れば、彼女もにこにことお酒を飲んだ。
…えらい量のお酒をお土産にと持って帰ってきた双子だが、案外今晩だけで終わるかもしれない。
「なんだか必死な様が面白くて…」
申し訳ありませんとか言ってるけど、絶対ミリも思ってない。
朽葉さんは案外意地悪な人かもしれない。
第一面白いって何。私はおもちゃではないんだけど。
「雛には餌を与えて擦り込みをするとよいと聞いた」
焔様が一番アウトだった。
突っ込みどころ満載。
「…皆さま、私をなんだと思ってるんです?」
私の一言に、四人は目を合わせた。
「焔様の奥様」
「ほむらサマのオクサマ」
「ほむらサマの奥方」
「俺の嫁」
そして一斉に答えた。
………えぇ…(困惑)。
その認識で何故こんなおもちゃみたいな…もしかして、お嫁さんっておもちゃだと思ってる?
それとも可愛がってくれてるつもりなんだろうか?
というより…。
「焔様、今『俺』って…」
「ん。…あぁ、『私』と言うのは余所行きだ」
さいでっか…。
どうやら素は『俺』の方らしい。
よく使い分けとか出来るなぁ…。めんどくさくないのかな?
すごいな、なんて特に関心もないことを思う。
「とりあえず、私は雛鳥ではないので、自分で食べます」
「…そうか」
ちょっと残念そうな雰囲気出すなよ。断りづらいだろ。
表情は全くと言っていいほど変わらないが、そこはかとなくしょんぼりした空気を感じる。
「では、様とつけるのはやめろ」
「何がでは、なんですか? もしかして酔ってらっしゃいます?」
顔色はほんっとに微塵も変わってない。
が、顔色が変わらなくとも酔っているということはあるだろう。
実家の母を思い出した。あの人は、酔うと中々に厄介だった。
普段滅多に手放しで褒めたりしない癖に、酔っ払うとアホ程私を猫可愛がりする。
もしかしたら、焔様もそのクチかも知れない。
「酔っていていいから、様はつけるな」
…明日記憶なくして、様をつけなかった私を殺したりしないでしょうね?
一瞬嫌な未来を想像したが、この鬼の人となり…鬼となり? を見るに、そこまで理不尽ではないだろう。
まぁいいか、と、前世も含めればもう何千回になるだろう文句を最後に、思考を放棄する。
「じゃあ焔さんですかね?」
「…別に、呼び捨ててくれて構わないんだが」
…この酔っ払いはめんどくさいかもしれない。
そして使用人は誰も助けに来ない。
おい、お前らの主人だろ、なんとかしろよ。
…駄目だ、私の旦那でもあるのだから、結局私がなんとかしなきゃいけないのか。
「じゃあ、焔…さんは、私をどう呼ぶつもりです?」
うん、呼び捨ては難しかったわ。
「蛍のことは蛍と呼ぼう。…嫌であれば改めるが」
「いえ、嫌では無いですが…」
気恥ずかしい。慣れないし。
私の微力な抵抗は何の意味もなかったようで、焔さんは摘みのつくねをひと齧りした。
………まぁいいか。
「焔さん、これ酔ってないんですか?」
どうせだから巻き込んでやる、と、朽葉さんに話しかけた。
すると、とっても綺麗な笑顔で「酔ってらっしゃらないと思います」と言われた。
その副音声に、「今美味しく飲んでるので邪魔しないでいただけます?」と聞こえた気がした。
正直、焔さんより朽葉さんの方が怖いと思う。失礼だけど。
「焔様がオヨメさんをとれたとは嬉しいネぇ」
「長生きはするもンだねェ」
龍樹くんと龍海ちゃんはその外見に似合わない台詞を吐いて、二人で杯をぶつけ合った。
…実際は幾つなんだろう…。
「200年程前はまだこーんナだったノニぃ」
「朽葉だって、150年前はこーんなだっタよぅ」
ごめん、ちょっと桁がおかしい。
聞こえてきた会話のとんでもない数字に、思わず双子を凝視してしまった。
ちなみに、こーんな、と言いながら示す大きさは何故か縦ではなく横に広げた両手で示されている。
……大体大皿一枚くらいの幅だろう。
それはなんだ…? 身長を指しているのではないのか?
ますます凝視する。
「双子ども、昔の話を掘り返すな」
焔さんの一言にも堪えた様子を見せず、双子はけたけたと笑った。
…否定しないということは本当なのだろうか…。
「だが200年してもヨメをとらなかった焔様が!」
「今にしてようやく、はじめテ嫁をとった!」
「めでたいネぇ!」
「めでたいねェ!」
「黙れジジイ共」
くすくすと笑う双子は可愛いけど、焔さんの雰囲気がちょっとだけ怖い。
しかもこの二人は、焔さんの解りづらい冗談によって恋愛結婚だと勘違いしている可能性がある。
地雷を踏む前に止めた方がいいだろうか…。だが、どうやって?
というか、一番若く見える少年少女をジジイ共とは…。
「なあに、愛など育めバよい」
「なあに、愛など作レバよい」
思わずその言葉にぎくりとする。
どうやら、少年少女はわかっていてからかっているらしい。
「お前たちナラ大丈夫だ」
「お互いを大切ニすればイイ」
「その先、きっト」
「幸せにハなれるだろウ」
その言葉は優しかった。
しみじみと噛み締めるような一言一言に、私はなんと返したらいいんだろう。
うろうろと迷子気味な視線は、隣に座る焔様…じゃなかった、焔さんで止まった。
感情の読めない表情と、熱のない瞳。
それは初めて見た時となんら変わらない。
…まぁ、数時間かそこらでほいほい変わるようなモノではないかもしれないけど。
だけど、紅蓮のそれは、優しい色を宿しているように見える。
なんだかむず痒くて、それを隠したくて、辛いお酒を飲み干した。
…喉が焼けるかもしれない…。




