9 私の居場所
昨日のうちに解ってはいたが、朝食もみんなで取るらしい。
昨日は焼き魚や茹で野菜などが中心だったが、今朝はあっさりとしたお粥とお浸し、小鉢に冷奴、薄めの味付けのスープだ。
ああ、お米のある世界に生きられるって幸せ。
「おはようございます」
「おはようゴざいまス」
「おはヨー」
「おはようございます、朽葉さん、龍樹くん」
朽葉さんと龍樹くんが明るく挨拶をくれた。
龍海ちゃんの発言はちょっと軽すぎる気もするけど、相手が同僚だと思えば不思議では無いの…か?
その表情からも顔色からも、二日酔いの気配は無い。
朽葉さんに至っては私の5倍くらい呑んでたと思うんだけどな…。
「アレ? 龍樹、ほむらサマは?」
「もう起きタよ。すぐ来ると思ウけど…」
龍樹くんが言い終わるか否か、からりと襖を開け、焔さんが来た。
やっぱりというべきか、二日酔いの気配はない。
昨日と同じように、涼しい顔だ。
………右側の髪が盛大に跳ねているのは黙っておくべきだろうか…。
「おはようございマす」
「おはようございます」
「おはようございます、焔様」
龍海、私、朽葉の挨拶に、焔さんは「ああ」と短く応えた。
「おはよう、皆」
てっきりぶっきら棒な返事で終わるかと思ったが、その後ちゃんと挨拶をくれた。
別に、微笑みも愛想笑いもないけれど。
焔さんが席についたことで、朝食が始まる。
大きなちゃぶ台をみんなで囲む。仲良くなれそうで嬉しい。
「良き糧を」
焔さんの言葉に続き、みんなでそれを口にしてから食事は始まる。
先ほどのは前世で言うところのいただきますとご馳走様を掛け合わせたようなモノで、食前の挨拶だ。
ちなみに、食前の挨拶はあるが、食後には無い。
丁寧なんだかそうじゃないんだか…と思ったが、母が「『良き糧を』は、私たちの血肉になるまでの、全てへの感謝の言葉よ。良き糧をくれた大地や人々に、共に食せる家族や仲間に、そしてそれを楽しめる時間に感謝するの」と教えてくれた。
考えてみれば「いただきます」は、大地や食物を作った人への感謝。
「ご馳走様」は、それらの食物を得るために努力をしてくれた人への感謝。
そう思えば、「良き糧を」という挨拶は、それが一緒になっているので、わざわざ二回言う必要はないという事か。
酒焼けした喉に、優しい味付けの料理がたまらなく美味しい。
料理はほぼ全て、朽葉さんが担当しているという。
…今度手伝わせてもらえないだろうか…。
「美味しい…」
おかゆは好きだ。ふわふわの溶き卵しか入ってない、非常にシンプルなお粥だけど、めちゃくちゃ美味しい。
思わず声に出てしまったが、朽葉さんは笑ってくれた。
「具合は良さそうだな」
「うぇ? あ、はい! おかげさまで」
「ホタルさま、そんなに緊張しなくていいデすよ」
はぁ優しくて柔らかい食事に舌鼓を、なんて浸っていたら、焔さんに話しかけられて素っ頓狂な返事が出た。
緊張しなくていいと言ってくれたのは龍樹くんだ。
龍海ちゃんはその隣で、スープを口いっぱいにしながら頷いていた。
「いや、緊張とかじゃなくて、なんかつい…不意打ちだったというか…」
「すまない、忘れぬうちにと思ったので、つい話しかけてしまった」
「いえ…で、何ですか?」
私の右側にいる焔さんが不意にこちらを向くと、ふよん、と跳ねた髪も目に入るので、正直目のやり場に困る。
ちょっと龍樹くん、焔さんの世話係じゃないの?
なんでこんなに面白い状態を放っておくの?
思わず笑ってスープ吹いたら絶対龍樹くんのせいにしよう。
「蛍のモノが何も無いだろう。朽葉と共に山を降りて、揃えてくるといい」
それは意外な…冷静に考えれば意外でもないかもしれない提案だった。
なにせ私はこの身ひとつでここへ来た。
あったこともない私のために、彼らが例え尽力してくれようとも、多少の不足は出るだろう。
寧ろ昨日の焔さんの口振りでは、そもそも来ないだろうと踏んでいたみたいだし、ならば尚のこと何の準備も出来ていなくて当然だ。
「焔様、お言葉ですが、人間の足ではそう易々と山を降りて、登ってくることは出来ないかと」
豆腐をつついていた朽葉さんが、顔色も変えずに言った。
え? 昨日私が牛車に乗ったとき、私以外の人はみんな歩いてたのに?
あの美女たちが実は筋肉ムキムキのマッチョメンだったってこと?
それとも私のこのモヤシのような貧相さを見ての判断?
私の疑問は口から出てこないので、美味しいお粥を押し込んだ。
「朽葉がいてもか?」
「ええ。最低でも、後一人は欲しいところです」
え? 人数変えたらなんとかなんの?
私を負ぶるために人数増やすとか言わないよね?
朽葉さんの言葉に、ふむ、と考えるそぶりを見せた焔さん。
とにかく跳ねている髪が気になる。もしかしなくても寝癖なんだろうから、ちゃんと直してもらえって。
「ほむらサマ、だめですヨ。ホタルさまは人間なのでス。山ノ怪に悟られるト厄介ですヨ」
龍樹くんがお粥をもぐもぐしながら言った。
やまのけ。やまのけって何だっけ…?
なんか聞き覚えがある気がするが、それが何だったか忘れている。
……前世ではなく、今世で聞いたはずなんだけどなぁ。
首を傾げていると、左に座っている龍海ちゃんがそっと私に近づいた。
「山ノ怪とは、その名のトおり、山に在る物の怪…『ばけもの』の事でス」
耳打ちしてくれた言葉に、ようやく記憶が繋がった。
この世界、大気に溶けている『魔』ーーそれ自体は超自然的な力のことーーは、意思や思考、命を持たない。
魔を宿すモノは魔物として扱われるが、魔そのものを魔物と呼ぶことはない。
だが、集まりすぎた魔の力は時に魂の在り方を、命を真似るように動くことがある。
そうして勝手に動いてしまう魔の塊を、もののけ、あやかし、ばけものなどと言う。
つまり山ノ怪とは、山に集まりすぎた魔が、塊となったモノ、というべきだろう。
この魔の塊の何が厄介かというと、共通して魔を持たぬモノ、それでいて、多少の知性を有するモノを襲う傾向にあるということだ。
魔を持たぬ空っぽの器を求めるのだという。本当かどうかは知らないが。
なので、そういった魔の塊のある場所に、魔を持たないモノがいく場合、複数で行くか、魔を持つモノと一緒に行くのがいいとされる。
…つまり、大勢で移動すればいいってことだ。
どちらも、魔が分散し、取り憑かれたり、殺されたりするリスクを格段に下げることが出来るのだとか。
そんな怖いところに行ったことはなかったので、全部忘れてた。
朽葉さんは鬼女だと言ってたが、魔があまりないなら、私たち二人での行動というのは確かに危ないかもしれない。
というか、今までは朽葉さんはどうしていたのだろうか…。
「ならば龍海、お前が行け」
「命令形なノが嫌ですけど了解でスよ」
…龍海ちゃんが増えただけで大丈夫ってことは、もしかして龍海ちゃんも魔物なのか…。
龍って言ってたしなあーと遠い目でお浸しをもそもそと食べていれば、たまたま目が合った龍樹くんがへらりと笑った。
「ではホタルさま、よろしくお願イしますよ」
「必要なものは遠慮なくおっしゃってくださいな」
しまった、よろしくお願いするのは私の方だ。
「えい、あ、よろしくお願いします」
えいって何だよ。恥ずかしいわ。
じわじわと熱が顔に集まってくるけど、無視してほしい。
…というか、私の服や持ち物なら、態々買わなくても、自宅に取りに行けばいいのでは?
「あの、実家から持ってくるのは、だめですか?」
焔さんに問えば、彼はふむ、と考えた。
「本来ならばそうすべきなのだろうが…」
煮え切らない言葉に、不安がよぎる。
それがそのまま顔に出たのか、朽葉さんの顔が少し歪んだ。
「申し訳ありません、奥様。奥様を生贄に、と定めた者が、奥様と奥様の家族との関わりは、今後一切断つようにと…」
朽葉さんが苦々しそうに言った言葉に、なんだか妙に納得してしまった。
世間的には、死んだことにしろということか。
…私は、死んだのか…。
今まさに糧を口にして生きている私は、もう本当にここにしか居場所が無いらしい。
母と父の顔を、もっとよく見ておけば良かった。




