第二十二話「極東の鴉」
琵琶湖のほとりにそびえたつ巨樹となった皐月は、「くーがもっていくなら、いいよ」と、砂漠へ枝をわけることについて条件付きで許可してくれた。
私は皐月がくれた“世界樹の枝”(これは本当に植物の枝)の配達人となり、まずはアジア地区の砂漠に植えた。
そしてその枝が魔物の巣と化した砂漠に根付き、ゆっくりと成長して魔物たちの活動を抑える様子を見守る。
これまで関係者以外には明かされなかった世界樹の特殊能力は、「強靭な生命力」。
危険種のような自衛能力は持たないが、枝葉を食われて幹を折られても、根さえ無事なら中枢たる皐月が力を送りこむことでいくらでも再生する、というものだ。
そうして私が運んだ皐月の枝は幾度も魔物に食い荒らされたが、しっかりと根を張り、時間をかけて着実に砂漠へ水と緑を呼び戻していった。
その一方、樹となった皐月は動けないので、私は琵琶湖に一番近い地下街【近江】を拠点にして、砂漠への出張がない日はそこから皐月のところへ通うようになった。
琵琶湖のヌシであり、皐月と私の命の恩人である青龍は時折、水底からのっそりと現れて、私達と話をしたり、湖上に張りだした世界樹の根に頭を乗せて昼寝をしたりしている。
皐月はすっかりなついていて、「ぬしさま、ぬしさま」と慕い、青龍の方でも思いがけない隣人を、「悪くはない」と思ってくれているようだ。
私はいつか青龍の気が向いた時、どこかの都市の白龍のように、皐月の守護になってもらえないだろうかと、心ひそかに願っている。
そんな日々の中、【近江】には『世界統合機構』や『魔導院』の関係者が住むようになり、いつの間にか[通路門]が設置されて、核都市になっていた。
今では都市整備であちこちが工事中になっていて、危ないけどにぎやかで活気のある都市となっている。
棗は『魔導院』から派遣された魔法使いの一人として、世界樹の守護結界を構築、維持しながら、【近江】の都市結界の改良に取り組み中。
時折一緒に酒を飲むのに「お前に手紙なんか送ったせいで、とんだ貧乏くじだ」と愚痴りつつ、得意分野で活躍できる多忙な生活を、それなりに楽しんでいる。
私は皐月の枝が砂漠の緑化に効果を上げるようになると、『魔導院』や『世界統合機構』との協議を受けて、次々と他の地へ送りだされることになった。
そうしてしばらくあちこちを飛び回り、いろんな人と会う生活をしていたら、椿が何度か私を「鴉みたいに真っ黒だろう」と紹介したせいか、あだ名がついた。
『 極東の鴉 』
東の果てから世界樹を運んでくる黒羽根の鳥、と。
そこで一度、ちょっとした冗談のつもりで鴉に変化し、世界樹の枝をくちばしにくわえて登場してみたら、思いがけない大歓声で迎えられた。
すると以後の都市で、「うちもそれで登場してくれ」と言われるようになった。
これくらいのパフォーマンスで喜んでもらえるなら、お安い御用だ。
注目度が上がれば、皐月の枝を守ってくれる人が増えるかもしれないし。
私はくちばしに世界樹の枝をくわえ、今日も鴉の姿で空を飛ぶ。
はばたく翼が疲れても、心配はいらない。
「露草」
低い声で私の名を呼ぶ無愛想な男が、いつでも腕を貸してくれるから。
2011年8月28日、完結。ありがとうございました。