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魔剣  作者: 戸佐秋彦
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第7話 三度目の頂

武闘大会の決勝戦。熱気と興奮は最高潮に達しているはずだった。

しかし、会場を包む歓声の裏側には、どこか冷めた空気が混ざり込んでいた。

「どうせ今年もあの子だろ」

「対戦相手、王国屈指の猛者らしいけど……もう可哀想だな」

かつて少女が奇跡を起こしたその舞台に、十六歳となったシアが立っていた。

前人未到の三連覇をかけた一戦。だが、観客の誰一人として「試合」を期待してはいなかった。そこに求められているのは熱戦ではなく、絶対的な王者の圧倒的な演舞であった。

対峙する騎士は、王国内でも五指に入る名手。だが、その瞳にも隠しきれない諦怖が揺れている。

試合開始の合図。

木剣が打ち合わされたのは、わずか数合。

相手が剣を振り上げるより速く、あるいはその思考が「防御」へと向かうより先に、シアの剣先は吸い込まれるように相手の喉元でピタリと止まっていた。

一瞬の静寂。そして、爆発的な大歓声。

「三連覇だ!」

「史上最年少の絶対王者!」

鳴り止まない喝采の中で、シアは木剣を静かに収めた。優勝の喜びも、誇りもない。

胸の奥に広がるのは、冷たく乾いた空虚さだけだった。

(……今日も、私は私を見ていない)

自分の肉体がただ結果だけを淡々と叩き出したという虚しい実感だけが、手袋の裏側で残っていた。


闘技場の外からは、いまだ地鳴りのような熱狂が聞こえていた。

しかし、重い扉で閉ざされた控室の中は、まるで水の底のように静まり返っていた。

ベンチにぽつんと座ったシアは、膝の上の木剣をじっと見つめていた。

手袋を外した右手が、微かに震えている。

「……私は、本当に勝ったの?」

誰もいない部屋で、シアの呟きが小さく落ちた。

自分の意思で勝った実感が、どこにもない。まるで他人のお仕着せの鎧を着て、勝手に操り人形を演じさせられたかのような感覚。

その問いに答える者はいない。

ただ、部屋の隅に立てかけられた革袋の中で、あの不気味な剣――プリンスローズだけが、トクン、と返事をするように高く熱い脈動を刻んだ。

シアは自らの胸を強く抱きしめ、視線を落とした。


大会終了後、シアは王宮の奥深く、ヴァルフォード王のもとへと呼ばれた。

玉座に座る老王は、三年前のあの日よりも一段と背が縮み、小さく痩せ細っていた。その手は微かに震え、春の陽だまりのようだった声にも、わずかな掠れが混ざっている。

「よくやった、シア。そなたの三連覇は、民の不安を払拭する希望となるだろう」

王は痛む身体を押すようにして身を起こし、シアの顔を温かく見つめた。

「シア、そなたを今日この時をもって、王国親衛隊の正隊員に任命する。……そして、ナスルーラの筆頭護衛官として、彼女の最も近くにいてやってほしい」

「親衛隊入り」という、騎士にとっての最高の名誉。

だがシアにとっては、名誉などどうでもよかった。王の言葉、その温かな眼差しの下にいられることだけが、自分を人間として繋ぎ止めてくれる唯一の錨だった。

「謹んで、お受けいたします。陛下」

深く深く頭を垂れるシアの胸の奥で、プリンスローズが拒絶するように激しく打った。だが、王の慈愛に包まれている感覚が、その不快な毒をかき消してくれた。


数日後。親衛隊としての初任の日、シアは親衛隊の隊舎へと足を踏み入れた。

重厚な石造りの隊舎内には、凄腕のベテラン騎士たちが揃っていた。百戦錬磨の彼らの視線が、新参者の小柄な少女へ一斉に注がれる。

「例の三連覇か」

「若すぎるな……」

壁際で剣を磨いていた若い騎士が、低く呟く。

好奇、品定め、そしてかすかな不審。親衛隊という王国最高峰の組織特有の、硬く張り詰めた空気が漂っていた。

その緊張感を割るように、一人の年配の先任騎士がゆっくりと立ち上がり、シアの全身を一度だけ真っ直ぐに見改めると、短く告げた。

「歓迎する」

その一言だけだった。余計な媚びも、見下すような色もない、対等な騎士としての簡潔な言葉。

それを合図に、周囲の隊員たちもそれぞれの作業へと戻っていった。

シアは小さく息を吐いた。ここには自分を「奇跡の少女」とも「怪物」とも持て囃さない、騎士たちの確固たる営みと居場所があった。


隊舎を後にしたシアは、そのままナスルーラ王女の私室の前へと向かった。

扉をノックすると、中から弾むような足取りが近づいてくる。重厚な木製扉が開かれ、柔らかな木漏れ日の中に、美しい少女へと成長したナスルーラが姿を現した。その微笑みは、王国の希望そのもののように眩しい。

「シア。ようやく、正式に私のそばにいてくれるのね」

王女は嬉しそうに目を細めると、シアの手をそっと両手で包み込んだ。

「はい、姫様。これからはいつでも、お傍に」

膝をつくシアを見下ろし、ナスルーラは手をつないだまま、慈しむように微笑んだ。

「これで、もう離れなくて済むわね」

「はい……」

シアの唇から、小さな笑みがこぼれた。つくられた演技でも、無理やり緩めた口元でもない、心の底からの自然な微笑みだった。

「ずっと一緒よ、シア」

王女のその言葉が静かな室内に響いた瞬間。

これまで胸の奥で不気味に蠢き、シアの脈拍を乱し続けていたプリンスローズの鼓動が、嘘のようにピタリと止んだ。

冷たい気配が消え、温かな光だけがシアを満たしていく。

王女はまだ笑っている。

廊下の向こうからは、親衛隊員たちの訓練する声が聞こえてくる。

王宮には穏やかな午後の日差しが差し込んでいた。

(……この場所なら)

まだ、人間でいられる。

二人の影が、静かな部屋の床にどこまでも伸びていた。k

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