エピローグ:いつもの朝
王都郊外、親衛隊の訓練場。
冬の冷たさは消え、柔らかな春風がそよいでいる。
木剣を構えるシア。向かいには、汗を拭うネアルコ。
少し離れた木陰では、ナスルーラとエルがその様子を静かに眺めている。
ネアルコが木剣を肩に担ぎ、口端を上げた。
「今日は勝つ」
シアは淡々と応じる。
「昨日も言ってた」
「今日は違う」
「毎日言ってる」
ナスルーラが、くすりと小さく笑う。エルは胸の前で腕を組んだまま、静かに見守っている。
二人の木剣が交差する。
ネアルコが鋭く踏み込む。対するシアは、最小限の動作で身をかわした。
一瞬。
ネアルコの木剣が宙を舞い、カラカラと音を立てて地面を転がった。
ネアルコは自分の手を見つめる。
「…………」
シアは木剣を下げた。
「終わり?」
「だー!」
ネアルコが叫び、転がった木剣を拾い上げる。
「お前、本気出すと見えねえんだよ!」
シアは首を少し傾げる。
「……じゃあ、手加減する?」
「それじゃ稽古にならねえだろ!」
ネアルコは頭を掻き、少し考えてから踏み出す。
「……ていうかよ」
「?」
「お前、俺の動き、どう見えてんだ?」
シアは真面目に考え込む。
「あなたの動き?」
「ああ」
長い沈黙。
「うーん……」
ネアルコも腕を組んで待つ。
「なんか」
「私じゃないところ見てる感じ」
ネアルコが眉をひそめた。
「……は?」
シアも少し首を傾げる。
「私を見てるんだけど。なんか、違うところ見てる」
「いや、見てるって! ……いや、見てねえのか…?あー!クソ!……もう一本!」
シアは木剣を構え直す。
「やっぱり手加減?」
「絶対するな!」
ネアルコは力強く木剣を握り直す。
「やっぱり魔剣じゃねえのか、それ!」
甲高い音が響く。だが、結果は変わらない。
またもネアルコの木剣が宙を舞い、芝生の上へ転がった。
木陰でその光景を見ていたナスルーラが、穏やかに微笑む。
「変わりませんね」
エルも、少しだけ口元を緩めた。
「ええ」
遠く王都から、時刻を告げる鐘の音が響く。
柔らかな風に乗って、子どもたちの笑い声や市場の活気ある喧騒が、この訓練場まで届いていた。
ナスルーラは静かに街並みを見つめる。
「いい街になりましたね」
エルも同じ景色へ目を向けた。
「……そうですね」
向こうから、元気な声が飛び込んでくる。
「まだ終わってねえ! もう一本!」
「うん」
シアは迷いなく木剣を構えた。
再び、木剣が打ち合わされる。
カン。
カン。
その音は、澄み渡る春の空へ吸い込まれていった。




