↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔剣  作者: 戸佐秋彦
PR
51/63

第45話:皇帝の間

「……そうか。ならば、お前は城へ行くんだな」

ネアルコは静かに外套を羽織り、フードを目深に被り直した。

「ああ。私は帝国に残り、陛下との拝謁を取り付ける。泥沼の官僚組織を潜るより、直接本人に問う方が早い」

エルはそう言って、初めてネアルコの方を正面から見据えた。

「ネアルコ。お前はヴァルフォードへ戻り、我々がここで掴んだことを、ナスルーラ王女に報告するんだ」

「……わかった。ここまで辿り着いた答えを、そのまま殿下へ届ける」

ネアルコは小さく頷き、部屋の戸口へと歩みを進めた。扉に手をかけ、一度だけ振り返る。

「無茶はするなよ、エル」

「そのつもりだ」

エルは表情を崩さず、ただそれだけを返した。

翌朝。ネアルコはまだ夜が明けきらぬ帝都を立ち、寒風の中、ヴァルフォードを目指して馬を走らせた。

同じ頃、帝都の宮廷。エルの差し出した「緊急拝謁」の書状が、重々しい城の回廊を静かに運ばれていく。

二人の道は、ここで分かれた。一人は、帝国の中枢へ。一人は、ヴァルフォードへ。やがて、その二つの道は、六年前のあの日の真実へと収束していく。

早朝。夜来の雪が白く残る帝城の朝は、張り詰めた静寂に包まれていた。

エルは軍服の襟を正し、冷たい空気の中を、ゆっくりと城門へと歩みを進める。すれ違う兵士たちが、次々と背筋を伸ばして敬礼を送る。だが、その視線にはいつもと違う、張り詰めた色が混じっていた。

「皇帝への緊急拝謁」

その異例の手続きが持つ重さを、城に仕える者は誰もが肌で感じ取っていた。

皇帝の間へと続く、長く、天井の高い回廊。エルの硬い靴音が、大理石の床に規則正しく反響する。

歩きながら、エルの脳裏には幾つもの破片が浮かんでは消えた。六年前の北方。仕組まれた暴動。滞った交易。全てを統べる、巨大な盤面。ネアルコが現地で拾い集めた違和感と、エルが帝国内で精査した事実。そのすべてが、エルの頭の中で静かに結びついていた。

「私の剣になれ、エル」

かつて、若き日に皇帝エドワードからその言葉をかけられた日のこと。あの言葉から、自分の歩みは始まった。一人の武官として、揺るぎない忠誠を誓った主と、今、対峙しようとしている。

重厚な扉が静かに開き、エルは謁見室へと足を踏み入れた。

高い窓から朝の淡い光が差し込む部屋の片隅で、皇帝エドワードは静かに書類に目を落としていた。かつて多くの戦場を統べ、国を築いてきたその体からは、老いた今なお、周囲を圧する確かな覇気が立ち昇っている。

エルは音を立てずに近づき、その場に深く跪く。

「拝謁いたします、陛下」

エドワードは書類から目を離し、薄く笑みを浮かべた。

「珍しいな、エル。お前がこれほど急ぎの拝謁を願い出るとは」

その声には、直属の信頼厚き武官に対する、確かな温かさが滲んでいた。エルにとっても、エドワードは敬愛すべき存在である。だからこそ、これから口にする問いは、鉛のように重かった。

エルはゆっくりと顔を上げ、静かに、しかし澱みなく切り出した。

「陛下。六年前の北方戦争について、お伺いしたいことがあります」

エドワードの表情は動かない。ただ、威厳に満ちた鋭い眼差しでエルの言葉を待った。エルは、ここ数日にわたり積み重ねてきた推論を、静かに言葉へと変えた。

「あの暴動は、目的ではなかった。暴動の後、北方交易は急速に縮小し、それを止めようとする声もほとんど上がらなかった。……私は、この二つが偶然とは思えません」

エルは静かに顔を上げた。

「橋が落ち、救援が遅れ、暴動が広がり、その結果として北方そのものが『危険な土地』として帝国から切り離されていった。あまりにも、出来すぎている」

一拍置く。

「誰かが、六年前からその結果を見据えて盤面を動かしていた。違いますか」

静寂が、謁見室を支配する。エドワードは肯定も、否定もしない。だがその瞳の奥には、かつてない鋭い光が宿っている。

エルは臆することなく、自らの推論をさらに押し進めた。

「法案を通し、人事を動かし、国家そのものを動かす。この帝国で、それができる者は二人しか存在しません」

息を呑むような静寂の中、エルは言葉を刻む。

「……陛下」

「……あるいは、議長閣下」

長い沈黙が流れた。エドワードはゆっくりと目を細め、重々しく呟いた。

「……そこまで辿り着いたか」

その一言だけで、十分だった。エドワードはゆっくりと立ち上がり、窓の外へと視線を向けた。だが、その背中は多くを語ろうとはしない。

エルは跪いたまま、胸の奥に燻り続けていた、最後の疑問を静かに口にした。

「……ですが、一つだけ、どうしても分かりません」

エドワードがゆっくりと振り返る。

「帝国軍は、なぜヴァルフォードからの救援要請よりも『早く』出動できたのですか。あの時、公式な伝令はまだ届いていなかったはずです」

エドワードの表情に、微かな、そしてどこか深い諦念の混じった影が落ちた。

「……それは、私には答えられん」

エルが、驚きに微かに目を見開く。エドワードは、静かに玉座へと戻り、眼前の信頼する臣下をまっすぐに見つめ返した。

「それを知る男は、一人しかおらん」

エドワードは静かに告げた。

「ルキウスを呼べ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。