第36話 最適解の罠
そこへ、復興作業を終えたシアとネアルコが合流する。
「押収された武器も捕虜の証言も、すべて『北街道』で途絶えているわ」
シアの言葉に、エルは深く目を閉じた。
「これ以上、王都で情報を集めても無意味か。……直接、北へ足を踏み入れねば何も分からん」
「私が行きます」
「認められない。今の北は無法地帯だ」
「ならば、私が」
「殿下、お一人では生きて帰ってこられませんよ」
「俺が護衛する」
壁に背を預けていたネアルコが割って入った。
「俺たち旧王国の騎士数名とシア、それに王女殿下だ。これなら現地に不審がられず、最低限の自衛もできる。……これしかねぇだろ」
エルは沈黙した。徹底的な論理の果てに、エルは初めて【最適解が存在しない局面】に立たされていた。
「……分かった。本国へ、北部調査隊の派遣申請を出す」
申請は、驚くべき速さで認可された。
数日後、薄暗い北門から、シア、ナスルーラ、ネアルコたち一団が静かに旅立っていった。車椅子からそれを見送るエルの胸には、深い沈黙と消えない澱が残っていた。
さらに、数日後。
「報告です! 監視対象のリーフ・ドーノックが、本日北街道へ入りました!」
諜報部員の報告に、エルの手が不自然に止まった。
「……何だと。調査隊は……殿下たちは今どこにいる」
「三日前に北へ入っています。間もなく――」
医務室を支配したのは、凍りつくような沈黙だった。エルの顔が驚愕と恐怖に歪む。
「……しまった」
エルは絞り出すように呟いた。散らばっていた点が、最悪の形で一本の糸へと繋がっていく。
『北へ行くしかない』。それは論理的な最適解だった。だからこそ、敵も全く同じように考え、こちらの行動を完全に先読みしていたのだ。
「釣り出された……!」
奴らは最初から、私をこの王都に釘付けにするため、北という傷口を餌として差し出したのだ。身動きの取れぬ今、シアを、ナスルーラを、ネアルコを……旧王国の『光』をすべてあの無法地帯へ引き剥がすために。
彼らは自ら、敵が張って待っていた蜘蛛の巣へと踏み込んでいった。託すべき者たちを、この自分が、自らの論理で送り出してしまったのだ。
「……読まれていた」
エルは散らばった報告書を見つめたまま、凍りついた声で呟いた。
「私なら必ず、この結論に至ると。……私の思考そのものを、利用されたのだ」
天才エル・シャーリーが、その生涯において初めて、自身の「最適解」の精度そのものに敗北し、戦慄した瞬間だった。
その夜。王都から遥か北、雪の混じる風が吹き荒れる北街道の荒野。
「――現地より報告。調査隊は予定通り、北の境界線を越えました」
部下の報告を聞き、リーフ・ドーノックは馬上で小さく微笑んだ。
「そうですか。エル・シャーリー総督閣下は、本当に優秀な方ですね」
彼の佇まいには、凶気も敵意もない。ただ、どこまでも穏やかで優しそうな雰囲気を纏っている。
「優秀だからこそ、読みやすい」
リーフは満足そうに目を細めた。
「参りましょう」
暗い雪原の向こう、遠くに見える廃鉱山の不気味な影を見つめながら、リーフの一団は静かに白銀の闇へと消えていった。




