キャパシティ
「新右衛門、殿まで入ってどうする」
「ごめんなさい」
「……あきんど風情に期待したのか間違いか」
ぼそっとつぶやいた久道に、新右衛門が顔を引き攣らせる。
「今更それ言う〜?」
「事実であろう。おぬしは殿の役割を理解しておらぬ」
「さようでございますね。私はお侍さんがしっかりしてくださっていたら、刀を握る必要のない身分でございますから」
今度は久道の眉がぴくりと動く。
「おい、やめろ。真希を救けに来たんだろ。喧嘩してどうする」
「あの、目的は魔王討伐……」
「てめえは黙ってろ!」
仲裁に入った耕造も、サーニウの余計なひと言に一瞬でキレる。
これは誰が口を開いても火に油になってしまうやつだ。黙っていよう。
そう思ったのに、はあ、と溜め息をついた寿明に、新右衛門が反応した。
「寿明、君が先頭を行くって言った結果がこれだよ? その態度はないんじゃない?」
面倒臭。
「ごめんなさい。反省してます」
女性の目がないときの男の揉め事は収拾がつかない。厭味は飛び交うし、ストレートに怒鳴り声も上がるし、そしてそう間を置くことなく拳を振り上げる者が出てくる。
役立たずを自認していた真希の存在は偉大だった。
そこにいるだけで空気が明るくなるし、彼女だけは守らなければ、というのが四人の一致した思いだった。みな無意識のうちに紳士的に振る舞っていたため、多少揉めそうになっても、彼女がやめなよ、と言うだけで解決した。
「やめなよ」
「うるせえ!」
寿明が言っても、やっぱり無駄だった。
耕造がサーニウの胸倉を掴んで拳を振り上げる。身長差をものともせず、その拳は中年の西洋人の頬にヒットした。ひとを殴り慣れている人間の技である。
「耕造」
尻餅をついたサーニウは自業自得だ。素手でよかったな、くらいの感想しか持てない。
だけど寿明は、仲間のために怒った耕造の手がこれ以上痛まないよう、彼を止めることにした。
「こいつが勝手に俺らをこんなとこに呼ばなかったらなあ! 真希は今頃平和に暮らしてたんだろうが! なあ寿明、おまえらの知る日本は戦争なんか知らねえ平和な国なんだろ。こんな何日も何日も歩き続けることなんかねえ、車は誰でも持ってる、電車もたくさん走ってるから、こんな長いこと歩いたことなんかないって言ってただろ!」
正論だ。耕造の言うことが圧倒的に正しい。
サーニウが五人を召喚したせいで、こんなに苦労する羽目になっている。
「そうだけど」
「女だってひとりで生きていけるんだろ。そんな夢みてえな世界を真希から取り上げて、そのせいで真希はこんっなわけ分かんねえところで妙な奴に攫われて! こいつのせいで、あいつが今どうしてるか」
耕造の剣幕に、互いにピリピリしていた久道と新右衛門も黙った。
みな今まで我慢していたのだ。諸悪の根源を、こうして殴ってやりたかった。
一番短気で、そのぶん一番真っ直ぐな耕造が、サーニウの失言に対して最初に爆発した。
耕造が、怒りを向ける方向をみなに示唆してくれたのだ。
(これは駄目だ)
寿明も空気に飲まれかけたが、暴力沙汰に慣れていないためすぐ我に返った。
集団暴行は多分、こうやって煽動する者がいて、それに共感する者が複数いればはじまるのだ。
気のいい仲間がそんなことをする場面を見たくない。そんなことをした彼らはきっと、後で後悔する。
高校時代、暴行ではないが、イジメがはじまる空気があった。
真希がそれを止めたのだ。彼女はどうやってあの空気を変えた? 思い出せ。今ここに彼女はいない。
彼女が後から知ってショックを受けないように、今寿明が動かなくてはならない。
「どうと言われても」
こいつは空気が読めないのか。耕造どころか、他ふたりの表情も変えてしまうのほほんとした口調をやめられないのか。
その、異世界人の安否などどうでもいいといった態度を。
寿明だってこいつを殴ってやりたい。だけどそんなことをしたら駄目だ。
駄目なことは駄目なのだと、性根は優しくとも殺伐とした世界で生きてきた三人を説得できるだけの言葉が見つからない。止めるだけの力もない。
(北村さん、僕はどうしたらいい)
ぶつうっという音がした気がした。
何もなかった部屋の中央に、人間の形をしたものが現れた。
「なにやつ」
久道は反射的に構えるが、耕造は違和感にすぐ気づいておののいた。
直立する人間の形をしている。フード付きのマントで全身を覆ってのっぺりした仮面をしているから、性別も年齢も不明だ。
そいつは、身体の向こう側が透けて見えていた。
「ゆっ幽霊かっ」
「ああああやかしの類かな」
新右衛門も動揺している。
「多分立体映像ってやつだね。初めて見た」
『グスッ』
ぐす?
ホログラムが鼻をすすった?
『い、いまから殺し合ってもらう、ってやりたかったけど、予定変更です。今からあなたたちには、協力して問題を乗り越えてもらいます』
「おい、北村」
「何言ってんだ寿明」
『ちゃんと仲良くしてください。しないと囚われの姫君のところまで辿り着けません」
「おい自称姫君」
『では開始します』
「一瞬言わされてるのかと思ったけど、絶対違うよね。北村さん何遊んでんの?」
『最初の課題は』
「北村真希。弱味握ってるのが自分だけだと思ったら大間違いだぞ。高校のとき」
『黙って乗れよ医学部生』
ぶつっっ
立体映像は、現れたときと同様唐突に消えた。
びくうっとした久道が、空気を斬る。
「うおっやっぱオバケじゃねえか」
「寿明、だいぶ混乱してるみたいだけど仕方ないよ。私も驚いてる」
あれは確かに真希だった。どういうことだ。
彼女の無事は確認できた。それは朗報だが、完全にふざけていたのはなぜだ。
仲間が心配している。そのことを考えないひとではない。
「あの。今の、マキ様でしたよね」
サーニウがのほほんと口を挟む。彼はすぐにその事実を認められたようだ。
「てめえ、あいつが死んだとでも言いたいのか」
耕造が再び激昂する。
寿明はチラッとサーニウを見てから止めに入った。
「耕造耕造。生きてる。北村さん無事だから」
「なんで分かんだよ」
「蜃気楼ならみんな分かる? あれだと思えばいいんじゃないかな。北村さんはどこか違うところにいて、姿だけ見せてくれたんだよ。変なことも言ってたけど」
「あれが真希なら、なんであんな変な格好して変なこと言って」
ただの悪巫山戯だ。間違いない。だけど彼らには説明しても無駄だろう。
「さあ? 魔王に命令されたのかも。とりあえず言われたとおりにしてみよう」
キャパシティ 受け入れ可能な限界




