フェーズ
「たのもーう‼︎」
何でできているのか分からないビルは、白い魔物の一撃を喰らう前に開かれた。
侵入口が見当たらなかったため、正面突破を試みたのだ。
魔物を誘導して入口を破壊させよう、となった。
当然奇襲とするのだろう。寿明はそれを暗黙の了解だと考えるまでもなく思っていたのだが、馬鹿正直な武士が声を張り上げた。
まじかよ、と思ったが、意外にもそれが正解だったらしい。
はいどうぞ、とばかりに開かれた扉を前に、五人、正確には若者四人は瞬時に反応した。
開かれた入口は人間サイズ。巨大な獣は入れない。
幸いにも、下は柔らかい新雪だ。コンクリートであれば躊躇してしまったであろう高さから、まずは久道が飛び降りる。フォローは任せろとの無言の、この解釈は間違いではないと思いたい、単細胞武士はたまに突拍子もないことをする、心強さを頼りに、三人も次々と後に続く。
警戒したものの、黒髪の四人を仲間の仔と勘違いしたままの魔物は、彼らを攻撃してくることはなかった。
ただし、興奮状態は続いている。
「よし」
三人は建物内に駆け込んだ。それを確認してから、久道が再び大声を出す。
「サーニウ殿!」
金髪の中年神官が呼び掛けにバタバタと暴れる。
「絡まったみたいだね」
「おっさんには過酷な役目だったな」
「あれどうするの?」
外よりは安全な建物内で三人は顔を見合わせ、咄嗟のときの判断力が一番高い耕造が再び外に出る。
「久道、手ぇ貸したらあそこまで跳べるか」
「うむ。やってみよう」
「よし」
「サーニウ殿! 動くな! 動けばもろとも斬る!」
久道は叫ぶが、もろとも、とは魔物のことではない。ロープである。
四つ足の魔物の脊椎に沿って丸太、また丸太だ、を固定した。その先は鼻先数メートル前にある。そこにキュキュを抱いたサーニウをぶら下げたのだ。
作戦どおり、魔物は激怒しサーニウに突進した。当然いつまで経っても追いつけないのだが、背中で丸太の向きを微調整して魔王ビルまで誘導できた。
入口を破壊させるつもりが、その必要がなくなった。魔物誘導装置の設置は重労働だったので少し残念な気もするが、罪のない魔物が建物の破片で怪我をすることがなくなってよかったと思う。ただのお馬鹿な獣だし。
役目を終えたサーニウは自分でロープを解いて飛び降りる予定だったのだが、上手くできないらしい。
パニック状態の彼は久道の脅しに硬直し、その隙に耕造は組んだ手を前に出して腰を落とす。
軽く下がって助走をつけた久道は、耕造の手を足掛かりに跳躍した。パルクールとかやったらいいのに。
身軽な武士は空中で愛刀を一閃し、ロープを切った。
雪上でどさっと尻餅をついたサーニウを、寿明と新右衛門とで建物内に引っ張り入れる。
「魔物殿! 助太刀に感謝いたす!」
律儀な久道の言葉に、寿明も合わせて頭を下げた。相手に通じるわけがないから、自己満でしかないが。
横を見ると、仲間は全員同じように頭を下げていた。
荒ぶっていた魔物の動きが、すうっと穏やかになる。
擬似仔の黒い頭を四つ見たためだろうか。こんなに子ども思いの動物を魔物と呼び忌み嫌うとは。この世界の人間の見識の狭さに改めてゾッとする。
「耕造、キュキュはあれに返してやったらどうだい」
新右衛門が促すと、耕造は素直にうなずいた。
「そうだな。育ててくれる大人がいるなら、そっちのほうがいいか」
「連れて帰って巨大化したら困るしね」
「それな」
耕造は優しい手付きでキュキュの頭を撫でると、尻から背中にかけての部分をボールの要領で掴んだ。
「きゅ?」
投げるらしい。
「じゃあな、キュキュ。元気でな」
投げた。
(またずいぶんと乱暴な)
「きゅ〜〜〜〜⁉︎」
明るい雪山で目立つ黒い毛玉は、一直線に白い魔物の背中に飛んでいき、着地した。
しんみりした表情と、行動が一致していない。昭和のガサツさよ。
「侵入できちゃったね」
侵入。無許可で入り込むこと。
これは侵入なのだろうか。
久道が叫んだ「頼もう」は昔の言葉でごめんください、くらいの意味だ。それに応じて扉が開かれた。これはどうぞお入りください、ではないのか。
魔物は、子ども思いの獣だった。
魔族は、ただ髪が黒いだけの人間に見えた。
もしかして、魔王というのは話が通じる存在ではないだろうか。
「あのう」
武力行使可能な久道と新右衛門、どちらが先陣を切りどちらが殿を務めるかと揉めているところに、寿明は手を挙げた。
「なんだ寿明。おぬしは無理せず真ん中でよいぞ」
ヒロインポジション。非力で悪かったな。
「僕が先頭でもいいかな」
「なにゆえ」
「そのほうがいい気がしてきたから」
反射的に刀を振るう武闘派に任せたら、まとまる話もまとまらない。
「何か策でも?」
「ないからひーちゃんに近くにいてほしいかな」
なんだそれは、という空気にはなったが、先頭を寿明と久道、後ろにサーニウ、耕造が続いて、最後尾を久道の脇差を借りたままの新右衛門が歩く運びとなった。
「罠に嵌るとか人質になるとかやめろよ。面倒臭え」
「そんなこと……あるのかな。やっぱり僕」
さっそく後悔してしまった。
「寿明。男が一度口にしたことを翻すでない」
武士じゃないから二言くらいなくはないのだが。
「……だよねえ」
初志貫徹するしかないか。寿明はただの理系人間だから、武士みたいな生き方をさせないでほしい。
寿明の内心とは裏腹に、罠が仕掛けられている様子はなかった。
困ったのは、進む方向くらいだ。
外から見たらせいぜい五階程度の建物だったが、実際にはもっとあるらしい。
扉のない白い廊下を歩くと、突き当たりに階段があった。上に向かう階段と、下に向かう階段である。
「地下か……」
何かあっても、窓から飛び降りて逃げるという選択肢が失われるということだ。
全員の意見が一致して、とりあえず上に向かうことにした。外観どおり五階分ある。各階にいくつも扉はあったが、すべて施錠されていた。
どうやら地下に向かうしかないらしい。
「広い建物内を歩くのは苦手なんだけど」
「迷うもんな」
「そうなんだよ。遊郭で厠に立って、元の部屋に戻れずウロウロしていたときには馴染みの妓に笑われたね」
真希がいないからか、下卑た話があがりやすくなっている。夜遊び話を披露する新右衛門と耕造がふたりでけらけら笑う。
現代にも同じ趣旨の店はあるのだろうが、寿明は行ったことがない。行きたいと思ったことも今のところはない。どんなところなのか想像してみることはできるが、話に加わることは難しい。
生真面目な表情のままの久道もご同類だろうか。彼の生きる時代の風俗店は、令和よりも敷居が低いイメージがあるが。
地下一階も、窓がないだけで地上階と同じような廊下が続いた。そこでとうとう、開く扉を見つけた。
寿明が外開きのドアの取手を引く役目を担った。お約束の三二一、の一で開けるよ、のやりとりをしてから、一気に引く。久道が右足で踏み込む。
ばあんの音がふたつほぼ同時に響いて、すぐに静かになった。
緊迫した空気を作って踏み込んだわりに、その部屋には何もなかった。大丈夫、恥ずかしくない。海外ドラマでもよくある場面。
そこは見事なまでにがらんとした空間で、コンクリートにもガラスにも似た素材の壁や床であることを除けば、この世界に転移したときのはじまりの部屋を寿明に想起させた。
何かないか見てみるかと、全員で入室した。
ばたん!
「あ」
扉が閉まる音に、しんがりの新右衛門が間の抜けた声を出す。
「あーーーー‼︎」
すぐに状況を察知した耕造が取手に取り付くが、やはり鍵がかかっていた。
フェーズ 段階 局面




