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アイスブレイク


 あっけらかんと訊ねるサーニウに、寿明は内心顔をしかめた。

 無神経だ。仲間をさらわれたのか、なんてそんななんでもない顔で口にするものではない。配慮とかそういうことはできないのか。

(できないのかも)

 おじさんと言える年齢の男に繊細さを求めても無駄だというのは、若者の共通認識だ。

 サーニウは見たところ四、五十代。寿明たちの倍の年齢、立派な中年男性だ。

 神官という話だが、聖職者らしい高潔さだとか清廉だとかいった言葉はあまり似合わない。慌てたら吃りがちになる、落ち着きのない人物である。

「そうです。北村真希がさらわれました。おそらく、魔族に」

「彼女は姫君ではなく勇者パーティーの一員では」

 無神経なおじさんは、つぶやくと同時にその場で前のめりに倒れた。耕造が彼の膝裏を蹴ったのだ。

「わりい。雪で足が滑った」

「い、いいえ〜」

 さすがに四人の怒りは伝わったらしい。冷たい八つの黒瞳に見下ろされたサーニウは、引き攣った笑みを浮かべた。

 その反応に、寿明はふと違和感を覚えた。

 ここに至るまで、現地の人々と接する機会が数多くあった。

 その誰もが勇者だと名乗ると親切になったが、黒い色彩に対する恐怖を隠せていなかった。

 サーニウにはそれがない。

 落ち着きのない言動から気づくのが遅れたが、最初から黒髪に対する恐怖を持っていないようだった。

 皇帝に近く、神官のトップだと言う彼は、本能を知識で鎧った理性で抑えることができているのだろうか。

「僕らは今から潜入するつもりです。サーニウさんもついてきますか」

「そのつもりで参りました」

 サーニウはその台詞の後に、再びよろけて雪上に尻餅をついた。

「お、どうしたキュキュ」

 真希も可愛がっていたというペットだ。可愛らしい黒いモフモフが耕造の荷物から飛び出して、サーニウの頭に飛び乗った。

「ひっ⁉︎ まままものっ⁉︎」

(黒髪は怖くない。だけど魔物は怖い)

 寿明は表情を変えることなく、サーニウの観察を続けた。

「あんたはこいつを見ても俺らが魔族とか言わねえだろ」

 異世界からジャパレンジャーを召喚した張本人だからだ。

「そそそんなことは言いませんがでも」

 耕造がキュキュを引き離すと、サーニウはほっとした顔で立ち上がった。

「懐いたから連れてきただけだ」

「魔物は危険ですよ」

「血を吸うんだろ。それはもうやらないよう躾けた」

 それは寿明も聞いたが、怪しいものだと思っている。動物に食欲を我慢させるのは不可能だ。人間の血を吸えば耕造に叩かれるからやめておこうと、それだけを身体が覚えただけだ。

 耕造が離れたら吸血行為を再開するだろう。

 逆に言えばそれだけの普通の生き物だ。魔物なんて名前で呼ぶ理由に乏しい。

「それだけではなくて」

「なんだよ」

「成長したら巨大化して、凶暴性も増します」

「ん?」

「奴らはここ、魔の領域に棲息する魔物で、自分たちの仔が他種族の傍にいると激怒します」

「……つまり」

「ここでそいつと一緒にいるのは危険ですっっ‼︎」

 サーニウの顔がだんだんと青くなっていき、台詞の最後のほうは叫び声になった。


 魔物が現れた。

「ぎゃーーーーーーーーーーーー‼︎」

 叫んだのは誰だったか。その場にいた全員だったかもしれない。

 その巨大な魔物が接近するまで気づかなかったのは、見事なまでの保護色だったからだ。

     オオオオオオオオオオン

 白銀の毛皮を持つ熊のような狼のような、なんと表現すればよいのか分からない形状の動物である。

 そいつは人間の叫び声に呼応するように吠えた。短い後ろ脚で立ち上がり、鋭い鉤爪のついた前脚を振り上げる。やはり熊が近いか。白熊だ。

 完全に敵認定されている。

「フードを取って! 早くっっ」

 サーニウが一番近くにいた耕造のフードを頭から毟り取った。

「なにす」

「膝を抱えてなるべく小さくなって!」

 お手本にされた耕造が、肩を押さえつけられ文句の声を上げる。

「黒髪の人間は襲われません! とにかく小さくなってそいつらの子どもに擬態するんですっ」

 熊に遭遇したら死んだフリしろみたいなことを言われた。それやっても無駄なやつ。

「ちょっ、サーニウさんは」

「逃げます」

 寿明も自慢できるほどの運動神経は持ち合わせていないが、中年のサーニウの動きは鈍い。雪山で野生動物から逃げるのはどう考えても無理だ。

「無理でしょ」

 全員の気持ちを、新右衛門が代弁してくれた。その場にしゃがみこんでいた彼はサーニウを足払いで倒し、キュキュの首根っこをむんずと掴んだ。

「私たちを自分の仔と間違えるようなお馬鹿相手なら、これで充分でしょ」

「ひとりで逃げるよりは生き延びられそうだな」

 新右衛門がサーニウの頭に被せるように載せたキュキュを、荷物から引っ張り出した紐で固定しながら耕造が同調する。

「でしょ」

 嘘だろ、と思いつつも、雪山を走る能力のない寿明は、言われるがままその場に小さくなって成り行きを見守った。

 まさか彼らは、サーニウが気に入らないからとこの獣に始末させようとしているのか。さすがにそれは看過できない。

 こんな杜撰な対応でなんとかなるわけが

「なるんだ」

 興奮状態で現れたその雪山の動物は、鼻先をキュキュに近づけ、何に納得したのかサーニウのローブを咥えて空に放ると、背中で受け止めた。

「……え」

 その後はジャパレンジャーの四人も同じように白銀の獣の背に載せられた。

 どうやら本当に魔物の仔認定されたらしい。

「お馬鹿は大人になってもお馬鹿なんだねえ」

「そうみたいだな」 

 真希と一緒にキュキュを拾ったふたりは、こうなるのも当然、といった顔である。

 成人男子五人を背中に乗せて四つ足で歩きだす巨大な白い魔物。三百キロ程度の負荷は余裕、ということだ。怖。

「どこに連れてかれるんだ」

「おそらく、こいつの巣かと」

「そこに賢い奴が一頭でもいたら終わりだね」

「敵前逃亡もやむなしか」

「敵じゃない敵じゃない。ただの獣。恥じゃないから全力で逃げよう」

 武士を丸め込もうとする商人を横目で見ながら、勇者的には魔物は敵では、と寿明は思った。言わないが。

「うむ」

「キュキュも大きくなったら白くなるのかな」

 地球上の動物にも、成体になると体毛の色が変わる動物はたくさんいる。

「おそらくは。こいつは雪山に棲息しているので、迷彩となる色をしているといわれています。ただ子どもの間は夜行性のためか、黒い個体が多いですね」

 だからキュキュは昼寝時間が長いのか。夜間も寝ていた気がするが。寝る子は育つというやつか。幼体の時代によく寝るから、こんなに巨大化するのだろうか。

 知能は低いが、大きくて強い成体。

「……なあ。こいつ強いよな」

「……少なくとも力はあるよね」

「……もしかしてふたりとも、私と同じことを考えているのかな」

「む。なんの話だ」

 悪い顔をする耕造、寿明、新右衛門。

 察し悪くきょとん顔の久道。

 引き攣り笑いをするサーニウ。


 五人とペット一匹プラス巨大な白い魔物は、数分後魔王ビルに突撃していた。

アイスブレイク 場を和ませるために行うコミュニケーション方法

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