リマインド
準備を整えると、四人はすぐに村を出た。
次に到着した村が、最後の人里だと言われた。地図通りだったから、そのときにはもう全員の覚悟はもう決まっていた。
この先はもう、人間の棲むところではない。魔王の支配する領域だ。
そう思って仰ぎ見た山は、真っ白だった。
なんで? 全員が思って村人に訊ねれば、あれこそが天候を操る魔王の術だと言う。
そんなもので納得できる光景ではない。今自分が立っている場所は過ごしやすい春秋の気候なのに、徒歩一日もしないうちに雪景色になるなんておかしいだろう。
誰に言えばいいのか分からない文句を胸に更に進み、秋と冬の境界線を発見した。
見えない壁でもあるかのようにきっちり分かれている。
こちら側は秋。一歩前に進めば猛吹雪。
「そういえば昔、雨の境目を見つけたことがあったな」
混乱したらしい久道が何やらつぶやく。
「素敵な思い出話をありがとう」
「思い出した。のちに兄嫁になる娘と遊んでおったときだ」
「分かった。そのとき晴れてる側に兄上が現れたんだ」
「む。新右衛門、なぜ知っておるのだ」
「まじか。ほんとにあるんだな、そういうこと」
「それはもう諦めるしかないねえ」
「何をだ」
喋りながらも、怖いもの知らずな耕造が右足を冬側に差し入れる。見えない壁の抵抗は特になく、すんなりと向こう側の世界に行けるらしい。
だが壁は確実にそこに存在している。
そうでなくては、目に見えるほどの気温の差があるのに、風が吹かないはずがない。
「うお冷てっ。これ本物の雪だ」
その反応を見た他の三人も、指や足をそうっと境目の向こう側に突き出した。
確かに冷たい。雪に触れた指は、秋側に引っ込めるとすぐに解けて水になった。
こんな雪の中に真希は連れ去られたのか。早く救け出さなくては。
その気持ちは四人とも同じだったが、もう午を過ぎていた。無理に進めば、雪山で野宿する羽目になる。大した装備もなくそんなことをすれば、明日朝には凍死体が四つ転がることになるだろう。
はやる気持ちを抑え、その場で眠ってから翌早朝季節の壁を越えた。登山含め、体感で四時間ばかりを無心で歩き続けた。
寿明は都心まで電車で日帰りできる立地の実家で生まれ育っているため、雪道には慣れていない。温暖化が進む前の時代の三人は、よたよたする彼に手を貸しながら進んだ。
魔王城までは、もう目と鼻の先だ。
そんな村まで来て、初めて魔族と遭遇した。
寿明が想像していた悪魔のような姿ではなかった。丸太女はむしろこの上なく健康的な生き生きとした人物であった。
囚われの子どもたちは、寿明たちは味方なのだと納得すると、子どもらしい顔ですやすや眠った。その子らを預けた大人もまた黒髪で、現代日本にいても違和感なく溶け込みそうな外見をしていた。
彼らは人間だ。そうとしか見えなかった。
何がどうなってどういう経緯で魔族やら魔王やら称されるようになったのかは知らない。が、文化水準の低い時代の人間が考えてきたことは学んだことがある。亀の甲羅に人生を託し、星の動きで生活を変え、薬草の知識を持つ老婆を魔女と呼ぶ。
科学的見識を持たないから、自分たちと異なるものをおそれ排除する。
暗い夜をおそれる人間の本能が、黒い色を持つ者を異端視するようになったのだろう。
魔族とは、人間社会から弾かれた人々の蔑称であり、魔王は彼らのリーダー、寿明たちジャパレンジャーが相手取る敵は、ただそれだけのものだ。
そうに違いない。
魔王、おそるるに足らず。
「寿明がずっとぶつぶつ言ってる」
「それくらい許してやれよ。びびってんだろ」
「うむ。寿明、おぬしは無理せず拙者の後ろに」
「リーダーレッドを蔑ろにするのやめてくれないかな」
「じゃあおまえびびってないとでも言うのかよ」
そんなこと言えるわけがない。
なんなんだこの建物は。
異世界ファンタジーにこれは反則だろう。
設定がブレブレだ。
オフィス街に立ち並ぶものとは違う、材質不明な白銀のビル。機能性のみを追求した、素っ気無い直方体。
そんな物が、山の中に忽然と現れた。ここに至るまでにも、ツッコミ所はたくさんあった。だがここまで世界観を無視したものが出てきたら、どう反応すればいいのか分からない。
この色は一向に止む気配を見せない吹雪の迷彩だろうか。寿明はこの数時間で何度もしたように、防寒着の二の腕を自身で掴んだ。
最後の人間の村で分けてもらった防寒着は、スキーウェアに似た作りのしっかりしたもので、意外なほど彼らの身体を守ってくれている。
ローマ風の皇帝がいる城がスタートだった。最後の人里には近代の技術が使われたウェアがあった。
この不思議についても、すでにいくつかの仮説は立てている。真希を救い出した後にでも一緒に考えてみるかと思っていたが、この魔王城と思しきビル内で答えが見つかる気がしてきた。
「令和のレッド舐めるなよ。これくらい想定内だよ」
異世界転移で細かい世界観を気にしてはいけない。それが決まり事だ。全然細かくないレベルにおかしくなってきても、今とりあえずは無視だ無視。
「その色呼び、まだやんのか」
「当たり前だよ、グリーン」
「俺青じゃなかったっけ」
「それは拙者だ。耕造はぐりーんで合っておる。じゃんけんで決めたであろう」
久道は意外と楽しんでいる。昔にはなかった発想の遊びだからか。
「私は勝手に決められたけど」
「だっておまえピンク映画好きだろ」
「だからそのピンクえーがって何?」
「拙者も分からんが、新右衛門に合っておる気がする」
「ならまあいっかあ」
魔王城改め魔王ビル、せめておどろおどろしい西洋の城であってほしかった。ゴールがこんな建物では、勇者気分が盛り上がらない。
「ここ、ほんとに目指してた魔王城なんだよね?」
方向音痴の新右衛門が、寿明が何度も確認している地図を覗きこみながら疑わしげに訊く。
「たぶん。地図ではそうなってるけど」
正確な縮尺の地図である。間違いないはずだ。
「囚われの姫君がこちらにおわすのかあ」
「囚われの姫君とは?」
腕組みして魔王城ビルを見上げていた新右衛門は、仲間とは違う声に瞬時に反応し、懐剣を抜いた。
のんびりして見えてその実周囲を警戒していた四人は、各々臨戦体勢になる。
「何者」
一瞬で抜刀できる姿勢の久道の誰何に、その何者かは慌てたように身体の前で両手を振った。
「なななな何者って! わたっ、わたしですよ! サーニウです!」
言われて見直してみれば、確かに見たことのある顔だ。
城で神官を名乗っていた、ジャパレンジャー召喚の責任者。
「む。こんな顔だったか?」
日本人以外の見分け方に自信のない久道が、隣の耕造にこそこそと訊ねる。
「多分?」
耕造が顔をしかめれば、新右衛門も首をかしげる。
「どうだったかねえ。ここまでの旅が大変すぎて忘れてしまったね」
新右衛門のはただの嫌味だ。
「サーニウさん。なぜ、というかどうやってここまで? 僕たちの後からついてきてたんですか?」
寿明たちは、城からここまで一ヵ月以上歩いてきたのだ。ゴール目前で、スタート地点にいた人物が現れたら釈然としないのも当然である。
「皇帝の説得に時間が掛かりまして。みなさまを送り出してしばらくしてから、馬を飛ばして参りました」
「馬」
サーニウは最後に見たときと変わらないずるずるのローブ姿だ。そんな格好で乗馬などできるものなのだろうか。
チュニックに長ズボンの身軽な寿明は挑戦してみたものの、途中で諦めて歩くことを選んだというのに。
「ええ。もちろん、移動中はこのローブは脱いでましたよ。邪魔になりますから」
「ふうん?」
胡散臭い。
「つまり、助っ人に来てくれたってこと?」
同じように思ったのだろう新右衛門が、冷笑混じりに問う。
「はい! それで、囚われの姫君というのはもしかして?」
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