ワンオーワン
「ここどこ?」
真希の問いに、女性は答えを返すことなく、ただ冷たい一瞥のみをくれた。
それでも真希はめげることなく、彼女の後ろを歩き続けた。
倍は大袈裟でもそのくらいに見える長さの脚でのスタスタ歩きは、真希の小走り相当だ。
寿明よりも背が高そうだ。多分百八十はある。彼女の後ろを歩く真希は、傍目には子どもに見えしまうだろう。
年齢もそう変わらない成人女性同士なのに。
体格に圧倒されてしまって気づかなかったが、同じアジア系に見える。
日に焼けた黄色人種の肌。この世界の人々の凹凸がはっきりした顔立ちとは違う、むしろ真希たちに似たパーツを持つ顔。親しみのある黒々とした髪。
「ねえ。ここどこってば」
「………………」
無視か。
面倒臭えこと言ってんじゃねえ。新入社員は黙って言われたことだけやってろ。
と書いた顔を見せてくる上司のとりあえず、の無視への対処方法は知っている。
そこで怯んでいては仕事にならない。必要なことは訊かねばならないのだ。
「教えてくださいって言ってるでしょ。ねえ、ここどこですか。なんであたしを連れてきたんですか。そういえば名前聞いてなかった。お名前教えてください。ちなみにあたしのことは真希でいいよ。苗字なんか名乗ってもこっちではなんの意味もないんだし」
他のひとが簡単に真希、と呼んでも、いつまでもよそよそしく苗字にさん付けしてくるのは寿明だけだ。
北村さん。梶原くん。
現代日本で生きていた、本来の自分たちを忘れずにいられる呼称。
この異常事態が終わったら、それぞれいるべき場所に帰って元のとおり暮らすのだと、その決意を忘れずにいるための呼び方。
他のひとは真希と呼べばいい。
この世界でしか会うことのなかった、近い未来に今生の別れが確定している、期間限定の仲間だ。仲良くできるのは今だけだから、馴れ馴れしいくらいでちょうどいい。
だけど彼とだけは、この先の未来も繋がりが消えない彼との現実だけは、忘れるわけにはいかない。
刀傷なんか負って、こんな世界で永遠の別れをする予定なんかないひとなのだから。
「………………ぃ」
「え? なんて? てかあたし思ったんだけど、アナタ魔族? じゃないよね。魔法? 使わないじゃん。使えるならあんな力技でなんとかしようとしないもんね。黒髪の人間もいないわけじゃないって話だし、勘違いされただけなんでしょ。もしかして捕まってたっていう子どもたちもそうなの? だからひーちゃんたちが助けたんでしょ。そもそも魔法なんか使えるんだったら、そんなに鍛える必要ないだろうしね。ほんとすごい筋肉。元運動部として憧れるんだけど。普段どんなトレーニングしてるの?」
「うるさ」
べらべら喋り続ける真希に耐えかねたように女が振り返り、怒鳴り声を不自然に途切れさせる。
己に突きつけられた魔法銃と、それを構え、低い位置から睨む目付きで見上げてくる真希を見て、彼女は動きを止めた。
「やっとこっち見た」
久道に急所を突かれ倒れていた丸太女は、寿明が運ばれていく間に意識を取り戻した。
そして周囲の注目が逸れている隙に拘束を外し、震える真希を抱えて逃げたのだ。
なぜ彼女がそんなことをしたのかは分からない。
真希はこうして仲間から引き離され、ひとり知らない場所まで連れて来られた。その事実だけがここにあるのだから、ここまで来る間にしていたように、仲間の後ろに隠れ庇われることを期待したって無駄だ。
自分の頭で考え、自分の力だけを使ってみなのところまで戻らなくてはならない。
真希は令和の日本に暮らす女だ。囚われのお姫さまを王子さまが助けに来てくれるなんて、期待するような環境で生きていない。
その上、時代錯誤な職場に勤めているおかげで自分よりも大きな人間に怒鳴られることは慣れている。
体格は違えど、同じ二十代女性と一対一の状況で、恐怖に震えるだけと思ったら大間違いだ。
「おまえ」
「ねえ、ここどこなの? この世界って、本当に文化水準の低い異世界なの? 絶対違うよね? あなた知ってる?」
知らないわけがない、という確信が真希にはあった。
この丸太女、もう丸太は担いでいないが、丸太のような腕を持つ女は、真希を抱えてあの現場から走り去り、乗り物に乗った。
その乗り物は、電動キックボードに似た形をしていた。ただし、車輪は付いていない。
その女は真希をそれに立たせると、自分はその後ろに立ち、ハンドルを握った。そしてそれは、空を飛んだ。
空飛ぶキックボードは、真希たちを乗せてとんでもないスピードで移動した。それまで逃げだそうと暴れていた真希が、必死でハンドルの軸部分にしがみついていなければ確実に振り落とされてしまう速度だった。
どのくらいの時間そうしていたのか、しがみつくのに必死だったせいでよく分からない。五分や十分程度ではないが、三十分だったか、もしかしたら三時間もそうしていたのか、とにかくそれに乗って、到着した場所はこれまで見てきた中世風異世界とはまったく違うところだった。
着地前にスピードがゆるむ。そのことに気づいた真希はようやく目を開けられた。
むしろ現代建築に近い、美術館を連想させる四角い建物がそこにあった。素材は最初コンクリートかと思ったが、近づいて見たら全然違った。
色は銀にも見える白。単純に窓の数から推測するなら五階建て。でも真希の知る五階建ての建物よりもっとずっと高い。
(SFみたい)
近未来を描いた映画のような建物が、山の中腹に建っていた。
真希が目をつむって必死に空飛ぶキックボードにしがみついていた最中に方向転換していないのであれば、現在地の検討はつく。何度も考え直してみたが、どう考えてもこの場所は、目指す魔王城のある山だ。
「……さぶっ」
促されるままキックボードから降り地面に足を着けてから、思わず薄手の長袖の二の腕をさすった。
それもそのはず、吹雪いているのだ。
日本はまだ秋だった。都内に雪が降る季節ではない。つい先ほどまでいた村も、同じような気候だった。
それがここは、一面雪景色、まごうことなき雪山である。
奴らは天候を操るのです。とはどこの村で聞いた言葉だっただろうか。
いつこんな寒いところに来たのか、記憶にない。キックボードの上は風はひどかったが、寒いと感じることはなかった気がする。
女は自動で開いたドアの中にキックボードを停め、真希がついて来ているかたまに振り返って確認するだけで、何も言うことなく建物内を歩き続けた。
建物内も外と同じ印象の、無機質な白っぽい壁と床、天井も同じ材質だった。
スタスタ歩き続ける女の後を仕方なく追いながら、真希は女から一度も害意や敵意といったものを感じていないことに気づいた。
この上なく素っ気無い態度ではあるが、空の上では真希が落ちてしまわないよう庇う姿勢をしていたし、今だって振り返って見る視線には見守るような慎重さがうかがえた。
軍人体型の相手だからといって、必要以上に恐れる必要はない、と真希は判断した。
だから、無謀とも言える行動に出ることにしたのだ。
「答えて。なんであたしを連れてきたの?」
魔族とはどんな存在なのだろうと思っていた。
黒髪黒瞳、魔法を使い、人類を滅ぼそうとしている。城でも街でも村でも、人々は口を揃えてそう言っていた。
魔物と呼ばれる動物に吸血された。確かにあれは恐ろしかった。だがその動物は耕造の手で躾けられ、可愛いだけのペットになった。あんなのはただの吸血動物だ。そこに人間を殲滅する意思は存在しない。
今目の前にいる女性は、真希が初めて遭遇した魔族と呼ばれる者だ。
みなの意識が寿明に向かっている隙に口を塞がれ、抱えられてここまで攫われてきた。見た目どおりの怪力だったため、抵抗しても無駄だとすぐに暴れることを諦めた。純粋な腕力では、ジャパレンジャーの誰もが降参するに違いない。
不自然ではないか。
彼女はただの村人に数の力で負け、囚われの身となっていた。脱出のチャンスには、力任せの暴れ方をした。
便利な魔法など持ち合わせていないのだ。彼女は髪の毛が黒いだけ、真希たちと同じ人間だから。
だからきっと、今行動に移すのが最善のはずだ。彼女の仲間の元に連れていかれ、脱出が困難になる前に銃の力を借りられるなら、勝機はゼロではない。
今なら一対一だ。
(神様仏様部長課長に先輩方、喧嘩の師匠の耕造様、昭和のツッパリ文化よ、あたしに力を)
男は度胸女も度胸喧嘩はとにかく度胸と勢い!
「タイマン上等じゃああ‼︎」
ワンオーワン 1対1で行う面談のこと




