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ドライブ

 寿明は自力縫合を試みたが、睡眠薬的な麻酔しかないと言われ諦めることにした。

「ひーちゃん、本当に経験あるんだよね?」

「ある。一度だけだが」

 ないよりはマシだ。

「その患者、今どうしてるの?」

「道場仲間だ。傷痕は残ったが、元気にしておる」

「……よし分かった。針は煮沸消毒したよね? 清潔な布、あるね。糸も再利用とかやめてよ。一番いい糸使って、絹糸が一番マシな気がする。大丈夫? それちゃんと」

「往生際が悪いぞ。そろそろ黙りおれ」

 久道は手早く寿明の足と上半身を縛ってベッドに固定した。指示を受けた耕造と新右衛門が寿明の頭と腕に体重をかける。

 仕上げに舌噛み防止布を丸めて患者の口に押し込んで、準備完了だ。

「寿明。覚悟はいいな」

 覚悟なんかできるわけがない。文句を言う口を塞がれた寿明は、鼻だけで空気を吸い込んだ。

 息を吐くのは口からのほうがいいのだが、鼻でも力を抜く効果はあるはずだ。注射だって、弛緩していれば痛くないものだ。全身の力を抜いて、痛みを逃せばいい。

 無麻酔で傷の縫合手術なんて、正気の沙汰じゃない。

 だが他に方法がない。この際やり方なんてなんでもいい。傷口さえ塞げばとりあえずは動ける。

 寿明は真希を捜しに行かねばならないのだ。彼女を無事に現代日本に帰すことが自分に課せられた使命だと、そう思うことにしたのだから。



 決死の覚悟で武士に傷を縫われるという体験をした寿明だが、当然と言えば当然、しばらく寝込んだ。

 わりと初期段階で根を上げた彼は、素人の雑な縫合に自ら指示を出すよりも、痛みによるショック死防止を選んだ。

 つまりあれだけ疑って忌避していた現地の薬によって意識を手放したのである。

「これしきの怪我で情けない」

 武士の嘆息混じりの言葉には容赦がない。

 仕方ないだろう。あんなに痛いとは思わなかった。昔の人間に呆れ顔をされても、痛いものは痛いのだ。

 しかも目を覚ましたら、発熱していた。これはなんの熱だ。蜂窩織炎(ほうかしきえん)の症状、皮膚の発赤に腫脹に疼痛……包帯のせいで痛みがあることしか分からない。滅多に罹るものではないはずだが、過労とストレスで免疫力が下がっていた可能性は大いにある。

 やらかしてしまったか。抗菌薬なんか存在しない世界で。昔観たドラマで自作してたな。作り方はなんとなく覚えているが、今から制作に取り掛かるのでは遅すぎる。

「面目次第もございません……」

「おぬしはしばらく休んでおれ。おまきのことは、ふたりが捜しに行った」

 寿明は、自分も行く、の言葉は現実的ではないと、仕方なく飲み込んだ。こんな些細な傷で死ぬわけにはいかない。今は安静にしておくより他選択肢がない。

「……うん」

 情けない。肝心なときに動けないなんて。

「今から拙者も行く。おぬしは寝ておれ」

 男ばかりになったらこんなものだ。体調不良者には付き添いが必要だろうなんて、真希がいなければ誰も言い出したりしない。

「ついでに抗生剤的なものがないか訊いてみてくれないかな」

「こーせーざい」

 なんだそれは、とでも言いたげな顔だ。それはそうか。江戸時代の人間が知っているはずがない。その必要性も、理解してくれそうにない。

「怪我したときに呑む薬。あったらすぐに治ると思うんだ」

「薬か。拙者たちはまだ魔族扱いだ。新右衛門にでも訊いてもらおう」

「うん。お願い」

 寿明はポーカーフェイスには自信がある。だが、何日もの間朝から晩までずっと一緒にいた仲間には通用しなかったらしい。

 彼の無表情とはまた違った意味で表情を動かさない武士の顔が、珍しく困ったような優しい形にゆがんだ。

「そう心配せずともよい。おまきはしっかり者ゆえ、すぐに自分で帰ってくるはずだ」


 寿明もそう思っていた。正確には、そう考えたかった。

 だが彼女は、ジャパレンジャーなどと命名して自分たちは仲間なのだと常にみなに意識させてくれた真希は、三人の捜索虚しく、見つかることはなかった。



 寿明が左肩を斬られ、自分事でいっぱいだったとき。

 思いがけず切先に突っ込んできた彼を斬ってしまった新右衛門は、その事実に青くなっていた。痛みを自覚するのと同時に、まずいと思ったのだ。自分の下手な動きのせいで、仲間に罪悪感を持たせてしまった。

 その新右衛門を慰めたのは耕造だ。おまえのせいじゃない、と背中を叩いているのを寿明も見ている。そうだよ、と言う余裕もなかったが、ありがたく思ったのだ。

 あの場で一番落ち着いていたのは多分、久道だ。人を斬ったことはないとは言っていたが、怪我には慣れているのだろう。

 若くして剣術指南役を担う武士は、仲間が仕損じた丸太女に何をどうしたのか流血させることなく倒した。

 それからすぐに真希が近くまで来た。それはちゃんと覚えている。また情けないところを見せてしまった、これ以上の醜態はさらせないとの意地で、遠のきかけた意識がはっきりしたからだ。

 久道が傷の様子を見て、大したことない、冷たいくらいにあっさりした口調で告げた。

 それから寿明は、痛みに耐えている間に屋内に運ばれ寝台に寝かされた。

 真希がいないと、気づいたのはそのときだ。

 ジャパレンジャーの誰も知らないと言う。村人も、そういえば見えませんね、と言う。

 元の場所に、耕造と新右衛門が捜しに行った。

 そこに真希の姿はなく、失神していたはずの丸太女もいなかった。


「さらわれた。……ってこと? 北村さんが、あの丸太女に?」

 目覚めたときに自覚した発熱はすぐに平熱に戻った。蜂窩織炎じゃなかった。おそるおそる確認した包帯の下には、想像よりも綺麗な縫合跡があった。最悪の想像よりは、だが。

 このまま清潔を保って化膿を防ぐことができれば、何日もしないうちに傷は塞がるだろう。元より大した怪我ではないのだ。

「多分な」

 寿明の茫然としたつぶやきには、耕造が忌々しげに答えた。

「……ごめん。あのときは混乱してしまって、おまきちゃんのことを気にする余裕がなくて」

「それはみな同じだ。拙者も寿明のことしか見ておらなんだ」

「俺もだ」

 三人が口々に悔恨を表明するが、寿明にはそれすらできなかった。

 悪いのは彼らではない。できもしないことをしようとして、勝手に怪我をしてみなの注目を集めてしまった寿明のせいだ。

 真希が魔族にさらわれた。

 安っぽい正義感を振り翳した寿明と久道が助け出そうとした魔族に、仲間がさらわれた。

 黒髪の魔族とやらは、やはり人類の敵だったのだ。

「……僕、今の今まで魔王を斃すとか意味分かんねえって思ってたんだけど」

 寿明は左手の指がスムーズに動くことを確認しながらつぶやいた。

 ぐーぱーぐーぱー、ちゃんと動く。神経に損傷はないということだ。

 左肩は二、三日はなるべく動かさないようにしたほうがいい。だが歩くぶんには問題ない。

 上半身を起こすときには鈍く痛んだ。それだけだ。立てる。当然だ。肩が少し切れただけ、こんな軽傷は無視したって問題ない。

 そんな些細な傷よりも、未知の世界で仲間から離されてしまった真希の不安はいかばかりかと、そのほうが心配だ。

「寿明、君今日一日くらいは安静に」

 自分の振るう刀で傷付けた負い目があるのだろう、新右衛門が制止の声を上げる。

「そんな時間ないでしょ。僕たちジャパレンジャーの紅一点、イエローがさらわれたんだよ」

 仲間の手を押し返した寿明は、両足を床につけてすっくと立ち上がった。

「なんだそれ」

「レッドはやっぱりひーちゃんかなと思ってたけど、ここは譲ってもらうよ」

「れっど」

「ジャパレンジャーのリーダー、レッドは僕が務めます」

「なんの話が始まったのかな」

「君たちはブルー、グリーン、ピンク、パープルあたりから好きに選んで。ブラックは敵の色らしいから却下で」

「久道、選択肢は青、緑、桃、紫色だって。レッドは赤ね。もしかしてこれも翻訳されてる?」

 不可解な顔の久道に、新右衛門がとりあえず分かる部分だけ解説する。

「蘭語か。ぶるーが青ということか。選んでどうする」

「さあ。ちなみにBlueは蘭語じゃなくて英吉利語ね」

「寿明が何言ってんのかよく分かんねえけど、今は真面目な話したほうがよくねえか」


「みんな行くぞ!」

「「「おお? おお〜!」」」

 生きる時代は違っても、掛け声には同じ応えを返せるジャパレンジャー、団結すれば、打倒魔王も夢ではない。

ドライブ 励ます、奮い立たせる

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