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クリティカル

「よせ‼︎」

 無防備な身体にそんな攻撃を向けたら、彼らは怪我をするどころか命すら危うい。

 真希が驚愕するよりも早く、彼女の近くで声を上げた久道が動いた。

 彼は、救助の対象であったはずの女性に刃を向けた。彼女の攻撃に義はないと、一瞬で判断したのだ。

 ほとんど同時に新右衛門も動いていた。それぞれの立ち位置が一瞬で変わったため、真希の目では詳細を追うことができなかった。


「…………ぇえ?」

 全員の動きが止まってから、ようやく何が起こったのか知ることができた。

 立っているのはふたりだけとなった。久道と新右衛門。

 村人は倒れたまま。女性も丸太ごと地面に。

 そして、寿明の頭も低い位置にある。

 横たわってはいない。だけど彼は不自然に少しずつ動いて、最後には小さくうずくまってしまった。


「としあきっ‼︎」

 真希の横で、耕造が叫んだ。

 走るための予備動作をとった彼は、一歩だけ進んでから真希を振り返った。

「てめえ何ぼさっとしてんだ! 行くぞ!」

「え、……今なにが」

「見てなかったのかよ! 寿明が斬られたんだろうが!」

 真希にもそう見えた気がした。遠目だったから、見間違えたかなと思い直したところだった。

「……えええ?」

「ほら、来い! 走れっつってんだよ!」

 腕を引っ張られて足がもつれた。よたよたする真希に舌打ちして、耕造は彼女を置いてひとりで走っていってしまった。

 目の前で起こった出来事を受け入れられなくて、混乱したままの真希もなんとか仲間の元に駆けつけた。


「おまえなんで、なんで医者役が真っ先に倒れんだよ」

 膝をついた耕造が声を震わせる。

「……ぼくも、同じこと、思っ、てたとこ。ちゃん、と動けなくて、……ごめん」

 こんなときでも淡々としてほとんど表情が変わらない寿明だが、額に脂汗が滲んでいる。

「寿明、手をどけろ。とりあえず傷を見る」

 医学部生は痛みに歯を食いしばりながらも自分の手で傷を圧迫し、止血を試みていた。

 久道は鞘に収めた刀を地面に置き、寿明を仰向けにして傷に顔を近づけた。

 真っ赤になった寿明の上半身の左肩から胸にかけて服が破けているのが見えた。久道が前開きの服のボタンを手早く外して、左肩を露出させる。

「おい、しっかりしろ新右衛門。今のはおまえのせいじゃねえ」

「……ああ。うん……そうだよね。久道、寿明を任せていいかな。荷物を持ってくるよ。薬と、包帯と、あとは、……あるだけ全部持ってくればいいかな」

 青い顔の新右衛門も倒れてしまいそうだ。彼はどこにも傷を負っていないのに。

 彼が、新右衛門が、寿明を斬ったくせに。

「うむ。大丈夫だ、傷は浅い。このくらいなら、酒をかけて縫ってしまえば塞がる」

「待っ、て。屋外(ここ)で治療、する気? 清潔な屋内に運んでほしいんだけど」

「おまえ怪我人のくせに冷静だな」

 耕造は寿明の様子に安心したのか、気の抜けた顔で突っ込んだ。

「こう見えて医者の卵なんで」

「真っ先に倒れる医者の卵な。一生孵化できねえじゃん」

 今この場で冷静なのは、久道と耕造、そして怪我人である寿明だ。

 真希はだめだ。なんとか駆けつけたはいいものの、生まれて初めて見る大怪我が怖くて頭も身体も動かせない。

「よし分かった。おい、おまえらも手伝ってくれ! 怪我人を運ぶ! こんなときに敵の味方のうるせえこと言うなよ!」

 おろおろと近くまで来て様子を伺っていた村人たちはすぐに動いた。そして近くの家から、以前出会った農家の母子が使っていたような荷車を持ってきてくれる。

 普通に押したら振動が傷に響くからと、六人がかりで荷車ごと寿明を運んでいった。




 いやあ、あのときは焦ったよね。

 まさか斬られるとは思わなかったから。

 僕も平和な世界で生きてたんだなあって実感したよ。

 見るのは見てたよ。女の人が村の人を丸太で串刺し、ってサイズじゃないか、すり潰そうとしたのをひーちゃんが止めようとしたでしょ。容赦なくばっさり斬るつもりだったよね、あれ。思い切りが良すぎだよ。

 やば、って思う前に新さんが動くのが見えた。

 ちょっと短い刀、脇差っていうんだっけ、あれでひーちゃんの刀の軌道を変えた。あれ簡単にやってたけど、相当難しいんじゃないかな。さすが武士の孫だよね。

 咄嗟にひーちゃんを止めた新さんの気持ちは分かるけど、あんなことしたら村の人がやられるでしょ。

 村の人を殺させるわけにいかないし、拘束された女の人を斬り捨てるのも違う。

 ふたりとも正しい。正しいけど、なまじ刀の扱いに慣れてるからあんなことになったんでしょ。

 その点僕は武器の扱いなんか知らない。だから咄嗟に体当たりしたんだ。これでも成人男子だからね。体勢を崩して狙いを外させることはできた。

 でもそれとほとんど同時に、肩が熱くなったことに気づいたんだ。

 新さんの刀の切先がかすめたんだよね、多分。


 分かるわけないでしょ、あんなの。新さんはひーちゃんの刀を軽く逸らした勢いのまま反転させた刀の柄頭で丸太女、もういいでしょ、丸太女で、の暴走を止めようとしたんだ。

 つまり、刀を回してるところに突っ込んで刃先に当たった僕の自爆だ。

 僕はいらんことしいだったわけだよ。武闘派ふたりに任せて、大人しく旗持って引っ込んでればよかった。

 後悔してるし反省もしてるよ。慣れないことはするもんじゃない。

 ひーちゃんが代わりに丸太女を倒すのを確認したら安心して痛みが一気に強くなって、小さくなって呻くしかできなくなった。


 ひーちゃんは浅いって言ってたけど、切創、表皮と真皮は確実にいってる。脂肪はともかく骨までイッてたらどうしよう。鎖骨無事かな。単純X線無しでどうやって骨折の診断するんだろ。とりあえず痛すぎて傷の確認するの怖いけどやらなきゃ。まずは神経の損傷による知覚麻痺がないか確認、……よし多分大丈夫。腱の無事は指の屈伸障害の有無で確認、これも問題なし。次はなんだ。麻酔。麻酔は絶対欲しい。あるのかな。医療用縫合糸ない場合って、裁縫用の糸でいいのか。局所麻酔したら自分で縫合。できる気がしない。そんなことする奴、昔の漫画でしか見たことない。でも酒吹きかけるとか言ってる武士に任せるよりマシか。

 やるしかない。気合い入れろ自分。


 本当に申し訳ないんだけど、そんな感じに僕は自分の痛みで頭が一杯で、気づいたのは建物内に運ばれて、縫合に必要な物を頼んでいるときだったんだ。


 北村さんの無事を確認、じゃないな、無事じゃないのは僕だけだ、同級生が斬られたのを見てショックを受けただろうから、大丈夫だよって言わなきゃとようやく思い至った。

 それで部屋を見回したんだけど、見えなくて。

 三人に訊いたんだ。


「北村さんはどこ?」

クリティカル 危機的な

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