インバウンド
「女の人なら、あたしも一緒に行ったほうが」
「い、いえ。危険ですので」
慌てる口調の村人が、真希の申し出に首を振る。
「おまきちゃん、やめておいたほうがいい。危ないよ」
「そうだな。やめとけ」
新右衛門と耕造が真希を退がらせようとするのは、彼女と同じような想像をしたからだろうか。
子どもを人質に取られた、抵抗するすべのない人型の、けれど人間ではないと認識されている女性がどんな扱いをうけているのか。
痛ましい表情を隠せない三人から逃げるように、四、五人の村人たちが村の中心部に引き返していった。
「どうする? ふたりは一刻、じゃなくて二時間、のほうが馴染みがあるのかな。二時間、どこかで時間潰そうか」
やりきれない空気を払拭するように、新右衛門が努めて明るい声で提案する。
だから真希もそれに乗ることにした。
「あっじゃあさ、バレーしようよ。教えてあげるって言ったでしょ」
「ボールあんのか」
「あります。持ってきますよ」
残っていた村人のひとりが走り去り、すぐに戻ってきた。
彼の言うボールとは、球形に縫った皮に何か、多分布などを入れたものだった。
バレーボールには程遠い代物だが、お遊びには充分だ。
「ありがとうございます! 一緒にやりますか?」
戸惑う村人も誘って、輪になるよう促す。
視界の端では、刀を鞘に収めて仁王立ちした久道がこちらを見ている。その隣の寿明は、もはやモブだ。無、を体現したまま旗を持って立ち尽くしている。
「おまきちゃんはいつでも明るくていいねえ」
「はいはい、新さんも。こうやって両手を上にして、手の形はこうね。耕造、バレー見たことあるんでしょ。ちょっとボール投げてよ」
「こうか?」
「はい! とこんな感じで上げま、耕造上手いじゃん! そうそう、こう、こうやってみんなでボールを落とさないようにしてください」
おっかなびっくりな村の男性もなんとかボールを上げる。
「蹴鞠を手でやるようなものかな」
「蹴鞠って平安貴族がやってたやつ? 多分そんな感じ。知らんけど」
「よーし。やってみようか」
「やってもいいけど。あいつらがこっち見てんの面白えな」
真希も思っていた。
大真面目に鉢巻を締めた武士、今日は気合いを入れるためか、久しぶりに見る袴姿だ、と無表情の旗持ちの眼鏡。
彼らの視線の先で、なごやかにバレーボールがはじまる。シュールだ。おもしろ。
「はい、耕造行ったよ!」
「おう!」
意外と耕造もノリノリだ。
「おまきちゃん、もしかしてわざと見せつけてる?」
当たり前だ。久道も寿明も、気持ちは分かるが子どもではないのだから、もっと要領良く立ち回るべきだった。
村人の前で見せつけるように檻を斬らなくとも、もっとやりようがあったはずだ。
先行して魔王を偵察してくる、なんて言っておいて、こんなところで油を売っていたなんて。
いくさごっこして喜んでいる小学生男子の興を削ぐくらい、やってもいいだろう。
今から多分、目を背けたくなる現実がここにやってくるのだから。今だけは楽しい振りをしていたい。
悲痛な覚悟をしたはずだった。
「なんか」
「ねえ」
「思ってたのと違ったな」
魔族とされる黒髪の女性が子どもとは別に捕らえられているという話だった。真希たち勇者にも隠したまま、存在を秘匿するつもりでいたと。
子どもの存在を盾に、ひどい虐待を受けている姿を想像した。戦争捕虜のようなものだ。わざわざ子どもと別の場所に連れていったのだ。そう考えるのが自然だと思った。
のだが。
「あれは相当暴れたねえ」
「俺あれに勝つ自信ねえ」
腕っ節自慢の男ふたりの顔が引き攣っている。
それもそのはず。
太い丸太に背を乗せる形で縛りつけられた女性、確かに女性に見える、はハリウッド映画で見た軍人女性の十倍くらいの迫力があった。
まず何より、そんなひどい格好をさせられているのに、まったく弱々しく見えない。
変だ。
女なのに、という問題ではない。男でも女でも、抵抗の末に縛られ運ばれるようなことになったら、弱って当然だと真希は思う。だが彼女にそんな様子はまったくなかった。
肩甲骨の下まである乱れた黒髪、男性並みの身長。薄汚れた長袖チュニックでは隠しきれない太く逞しい肩と腕。男性的な特徴が目立つが、胸部と顔立ちは確かに女性のものだった。
抵抗して殴られたのだろうか。赤く腫れた頬と、滲んだ血が痛々しい。と思えない。そんな傷ですら、彼女の強さを強調しているようだった。
彼女を縛りつけた丸太の両端を担いできた屈強な村人は髪と服装が乱れ顔が腫れ、その表情は心なしかげっそりしている。
監禁場所から出そうとして暴れられたため、苦肉の策として丸太を使って運んできたというところなのだろう。
「ご苦労さまです。その方が要求されている女性ですか」
「はい……。実は過去にも何度か村に侵入してきているもので。今回は子どもも一緒だったため、二度と来ないよう戒めに一時的に捕らえてありました」
話が変わってきた。
村はおそろしい魔族に迷惑していた。これまでなあなあの対応をしてきたが、エスカレートしてきたため一度捕らえることにした。
確かに非人道的であったかもしれないが、他の方法を思いつかなかったのだろう。
寿明と久道はこのことを知っているのだろうか。
彼らが救い出そうとしている女性が完全な被害者ではなく、村人をおびやかす存在であったことを。
「はっ。子どもらが近くで遊んだくらいでぎゃーぎゃー騒ぎやがって」
女性が丸太を背にしながら、令和の非常識親みたいなことを言っている。
もしかしなくてもこの女性、村人たちにとって本当に迷惑な存在だったのかもしれない。
真希の目には体格がいいだけの人間の女性に見えるが、魔族、おそろしい存在と見做している村人からすれば、近づくな、の一心しかなかったであろうことは想像にかたくない。
熊が住宅地に現れるようなものだろう。
学校は休校となり、警察と猟友会が奔走し、住人は建物内に避難し、早くいなくなってくれとみなで願う。
あれ。じゃあ寿明と久道のやっていることは、遠くから「熊を殺すな!」と役所に迷惑電話をかける輩と同じか。
(駄目じゃん)
似たようなことを考えたらしい新右衛門が微妙な半笑いで、真希の持つ刀を借りるね、と左腰のベルトに挿す。
「向こうは頭に血が昇っているようだ。私も引き渡しに立ち合いましょう」
新右衛門はこうなることを危惧して刀を携えていったのだ。
女性を非のない被害者と思い込んでいる久道が、彼女の有様を見て激昂し、刀を振り上げる。
武士といえど、泰平の世を生きていた久道はその刀で人を斬ったことはないと言っていた。そんな彼が誤って無辜の民を斬ることのないよう、いざとなったら刀の一撃を受け止める覚悟だった。
久道は剣術の達人だ。新右衛門はそれには及ばなくとも、武士だった祖父に鍛えられて育ち同じく刀の扱いに慣れている。
刃物を持っているとはいえプロ同士なのだから、怪我人が出る心配はしなくてもいいだろう。そう思っていた。
村人ふたりが丸太を担ぎ、新右衛門が先行する。
両者の距離が縮まっていく。
もう少しで引き渡しだと、真希は離れたところから見守っていた。
丸太の上で仰向けになっていた女性の長い脚が天を蹴った。
「うお」
耕造の呑気な感嘆は、真希と同じテンションだった。
うお。脚なっが。蹴りつよ。
そんなふうに思いながら、これ早く終わらないかな、梶原くんたちとようやく合流できるな、と他人事として眺めていた。
胴体部と腕を丸太に固定されたまま器用に身体を捻った女性は、勢いに負けて体勢を崩した村人を気にかけることなく足を地面につけた。
身長よりも長い丸太がつっかえないよう腰を曲げ、その姿勢のまま上半身を捻る。
遠心力を味方にした攻撃は、村人ふたりを地に沈めた。
そして彼女は、その武器の先端を倒れた村人に向ける。
インバウンド 入ってくる




