ワンオーワン
「いかな」
「あー! 君じゃない君じゃない! 君はしゃべらなくていい! 御大将は後ろでふんぞり返ってお待ちくだされ! そっちの旗持ちの君!」
警戒の距離、新右衛門曰く一般的な矢の射程距離、の分だけ双方声が大きい。
「 ……ょ……ぁ ……」
寿明の声が、風に乗ってかすかに届く。
「聞こえない‼︎」
新右衛門は怒鳴るが、仕方ないだろう。武士、もしくは元武士に教育された男とは育ちが違うのだ。
令和で医学部生をしている寿明は、彼らのように腹から声を出す技術も身体も持っていない。
「あのう」
それまで黙って見ていた真希は、主に後ろの村人に向かって手を挙げた。
「あたし、向こうと話をしてきます」
我ながら名案である。
「! おひとりでは危ないですよ!」
農作業で鍛えられた身体を持つ村人、意外と優しい。勇者なんだから当然だと言われると思っていた。
「あたしも一応勇者ということらしいんで。一番弱そうだから、交渉役にはうってつけでしょう」
「そうだね。おまきちゃんに任せるよ」
「あの家から出ていってほしい、ってことでいいんですよね?」
なぜこんな状況になっているのか、原因が魔族の子どもだけなら、逃がしてやれるなら彼らが人間と対立する理由はなくなるはずだ。
話せば分かる。は日本人の合言葉なのだ。
「えっ勇者様が倒してくださるのでは?」
「我々は無益な殺生は好みません。願うはただ、人々の安寧、それだけです」
チャラ男が聖人のようなことを言っている。村人たちは感動している様子なので別にいいか。似非聖人でも。
「そういうことなんで。いってきますね」
気負うことなく片手を挙げてみせると、同年代以上の男たちから尊敬の目を向けられた。
なんと勇敢な。さすが勇者様。
て言われても。単に仲間と打ち合わせに向かうだけだ。恐怖を感じるほうがおかしい。
「話をしよう! こちらからひとり向かうから、そちらも、……違う違う! 総大将は後ろ! 旗持ちの君! その旗は地に刺して前に進みたまえ!」
これなんていう茶番。
立て籠もり犯のひとりと、討伐隊のひとりとか睨み合うそれぞれの陣営から進み出る。
なんとも言えない微妙な表情で近づいてくる真希に、寿明も真顔で歩み寄る。
「ひさしぶり」
「十七日振りだね」
近づいて見た十七日振りの寿明は、これといって変わった様子はなかった。
怪我はなく、疲労も見えない。民家に立て籠もっているため、シャワーも使えているのだろう。こざっぱりしている。
元気そうでちょっと腹が立つ。
「そんな日数確認しなくても、まだ梶原くんの過去は暴露してないよ」
「よかった」
「よかったじゃないよ。何してんの? 今どういう状況?」
眼鏡の向こうの眉間に皺が寄る。
「なんか」
「なんか?」
「武士の強い言葉にうっかりうなずいちゃった」
「何してんの?」
北村さんたちまで疑われたら困るから、手短に説明するよ。
魔族、って言われて檻に入れられた黒髪の子ども三人を保護してる。
すぐに親元に連れて行きたかったんだけど、ひとり衰弱が激しい子がいて動かすのは危険なんだ。
あれは魔族なんかじゃない。人間の子だよ。
ひーちゃんは児童虐待を許せないって、檻を斬って子どもを助けだしただけだ。
ならぬものはならぬのだ。って。
それで僕、武士かっけええって感動しちゃって。
ひーちゃんがさ、刀抜いて叫ぶんだよ。合戦じゃあ‼︎ って。おおおって思ってるうちにこんなことになってた。
「梶原くん、キャラ違くない? そういうの冷たい目で見るタイプだよね」
僕の中に残ってた小学生男子が反応しちゃったみたい。
「しちゃった、じゃねえよ。武士の精神構造単純だって嗤ってたの誰だよ」
僕です。反省してます。反省してるから、話の腰を折らないで。
二日前からこんなことになってる。家の中で子どもを寝かせてるんだ。明後日には移動できると思う。
明後日には子どもたちを連れて、別の村に行くよ。そこで充分回復するまで待って、親元に返す。
お願いだよ。あと二日、このまま村のひとを誤魔化して、そっとしておいてほしい。
二日後に出ていくそうです。なので待ちましょう。我々は魔王を倒すため旅してきましたが、魔族を殲滅する気はありません。もし向こうが約束を違えるようでしたら、そのときは我々が力尽くになってでも追い出してみせます。どうか皆さんの安全のためにも、今は刺激しないよう、あの家に近づかないよう周知願います。
そう言って村人を無理矢理説得すると、三人は期日までのんびり村で身体を休めた。
と見せかけて、村の周囲を捜索した。耕造と新右衛門が。
寿明たちがこっそり脱出するためのルート確保と、近くに子どもの保護者がいないかの確認だ。
真希は三人に当てがわれた部屋で留守番して、ふたりの在室を擬装する。
そして約束の期日がやってきた。
「なんで?」
「なんでだろうね」
「なんでだ」
昨日夜、耕造と新右衛門が手引きして寿明と久道、三人の子どもを村の外に出した。
子どもは普通に歩ける程度には元気になっていたし、保護者の居場所も分かった。
真希はそう聞いている。
なのになぜか、立て籠もり現場に村人と共にわざとらしく向かった三人の前に、仲間ふたりが姿を現した。
先日と同じように抜き身の刀を持った久道と、旗を持つ寿明。
「ゆ、勇者様っ、あいつらやっぱり出て行かなかったんですよ!」
「みたいですねえ」
新右衛門の笑顔は、もはや無表情と同じだ。
「ようも抜け抜けと姿を現すことができたな、この外道めらが! 何が魔族か。うぬらの所業こそ、鬼と変わりないではないかっ!」
久道が怒っている。
「なんの話ー?」
面倒臭くなった新右衛門が、適当な言葉を投げつける。
「そこに居並ぶ者ども、うぬら、黒き髪の民を拐かしたのであろう!」
かどわかした。
「誘拐って意味だっけ。したんですか?」
真希が訊ねると、村人のひとりが怯んだ顔をした。
答えは返ってこなかった。つまりそういうことだ。
被害者面をしているこの村人たちは、監禁している他の魔族の存在を今の今まで真希たちに明かすことなく、勇者の務めを果たせとせっついてきた。
「申し開きがあるならば聞いてやる! だがその前に、捕らえた者をこの場に連れて参れ‼︎」
久道は勇者らしく正義を実行しているのだ。国に所属しない正義は、ただ彼のなかの武士道のみにある。
この国の正義は、魔の付く存在を虐げ倒すこと。
武士の正義は、仁の心に従うこと。
「だそうですよ」
いくぶん声が冷たくなった新右衛門が、振り返って村人をうながす。
さっさと連れて来いよ。彼の顔がそう言っている。
真希も耕造も同じ気持ちだ。
村人たちはバツの悪そうな顔を見合わせて、なんとか誤魔化せないだろうかと無言で相談している。
「ですが勇者様」
「何か問題がありますか。あなたがたは、迷い込んだ魔族を村の安全のために捕らえた。当然のことでしょう。私でもそうする。だが今、
その魔族は村に損害を与えることなく去ると言っている」
「帰してやれよ」
「村の平和のために魔族をひとり逃がしても、問題ないですよね?」
新右衛門に続いて、耕造と真希も言葉を付け足す。
「……分かりました」
ちっ。音を出さずに舌打ちした新右衛門は、再び久道に向かって声を張り上げた。
「君たちの要求は分かった! 一刻ほど猶予をいただきたい!」
「黒髪の女性ひとりであるぞ! ゆめゆめ謀ることなかれ‼︎」
女性を捕まえていたのか。屋外に設置された檻に入れられていたという、子どもとは別に?
嫌な想像に、真希は嫌悪感を覚え顔を歪めた。
魔王とその眷属を倒せと言われた。奴らは人間を滅ぼす絶対悪であるから、倒すのが正しいのだと言われてここまで来た。
なのに。
魔物といわれるキュキュはすっかり従順なペットになって、旅の疲れを癒やしてくれる。
善とされる人間である彼らは、迷い込んできた、それだけの理由で人間の姿形をした子どもを屋外の檻に入れ、女性を監禁している。
なぜ魔王を倒さなければならないのか。疑問に思ったときに、もっと考えるべきだったのだ。
魔王を倒す理由が見つからない。
寿明の隣に行きたい。正義を叫ぶ久道の後ろで、真希も彼のように正義の旗印を掲げたい。
ワンオーワン 1対1で行う面談のこと




