マインドセット
「よいときに来てくださりました。勇者様」
最初の敵意剥き出しの態度とは打って変わって、諸手をあげての歓迎となった。
どうやら本当に村に魔族が出たということらしい。
少し前に、魔族の子どもが村に迷いこんできたのです。
幼いといえど、魔族は魔族。捨て置くわけにはいかないと、三体捕らえてありました。
それがつい先日、突如現れた成体の魔族が捕らえてあった幼体を連れ、村の一画を占拠してしまったのです。
その異形の魔族は、肩まである黒い髪を靡かせ、腕のひと振りで檻を破壊してしまいました。
勇敢にも止めようとした村の者がふたり、そいつの技で倒されました。その者らは幸い、怪我をしながらも喰われる前に逃げだすことはできました。
彼らが言うには、現れた魔族は二体、檻を壊したのは子どものように小さい異形であったということです。
人間の言葉を解すようではありましたが、なんとも意味不明なことばかり叫んでいたとか。
「意味不明な言葉?」
興味を引かれた真希がつぶやくと、村人はうなずく。
「はい。なんでもミネウチがなんとかギンミガタ? がどうとか」
「あはははははは!」
新右衛門が笑いだす。
「?」
きょとんとする村人に聞こえないよう、耕造が声をひそめる。
「……笑っていいのか?」
「……だめだと思う」
少なくとも真希は笑えない。が、笑うしかなかった新右衛門の気持ちは分かる。
「だよな」
真希と同じ表情の耕造が、新右衛門を見たままつぶやく。
「壊された檻とやらを見ても?」
「ええ、まだそのままにしてあります。こちらへどうぞ」
村人が指差した方向に、それはあった。
動物園にある檻のようなそれは、大人が入ったら立てないが、小学校低学年くらいまでの子なら頭をぶつけずに済む程度の大きさだった。
扉の鍵はかかったまま、鉄製に見える柵の角部分が四本、すっぱりと切り取られている。
これは人間の技ではないのでは、と真希は眉をひそめた。
久道かと思ったのだが、本当に魔族が出たのだろうか。鉄製の柵をも斬る魔法を使う魔族が。
「分かりました。その一味は村の端を占拠したということでしたね。すぐにも動きたいところですが、こちらにはご婦人もいて疲れています。ひとまず食事と休める場所をお借りしたいのですが」
「もちろんです」
「ありがとう。我々は今から、体調を整えながら作戦を練ります」
代表して話を進める新右衛門は、貼り付けたような笑みを浮かべ続けていた。
それぞれシャワーを済ませてから、案内された寝室に集まった。
「はい。では作戦会議をはじめます」
さっぱりした顔の新右衛門、髭を剃ってきたらしい、言葉どおりすっきりした顔をしている、はパンっとひとつ手を叩いた。
「はーい」
「ぅーい」
同じくこざっぱりしたふたりは緊張感なく、それでも新右衛門に注目した。
「うちの困った兄弟がなんかやってるようだけど」
「でもあれ、檻切ったのって、本当にひーちゃんなの?」
「そうだろ」
「峰打ちに吟味方でしょ。他にいないでしょ」
「あの柵、鉄に見えたけど。切れなくない?」
「斬れるよ」
真希の疑問を、新右衛門はあっさりと否定した。
「さすがに無理じゃない?」
「君が久道から預かってるその脇差し、結構な業物だよ。大刀のほうはよく見てないけど、同等のものと考えていいと思う。その刀を剣術指南役を務める腕を持つ武士が振るったなら、粗悪な鉄くらい斬れても不思議じゃない」
「……へえ〜」
斬鉄剣ってフィクションじゃないんだ。
天野久道。真希が思っていた以上の人間兵器であるらしい。
そして御守り代わりに持っているこの刀、想像以上に高価である可能性が出てきた。うっかり折ったりしないよう気をつけねば。
「で、そのサムライと医者の卵は何やってんだ」
「さあ」
「魔族? を助けたって言ってたよね」
魔物は動物型。村人が魔族と言い切ったからには、人間型だったのだろう。
黒髪の子ども。
「武士とは、仁、すなわち慈悲の心を持つものだからね」
「慈悲。魔族に同情したってこと?」
ジャパレンジャーは、その魔族の長たる魔王を倒さんと旅をしているところだというのに。
「ありえるな」
親戚の子を可愛がっていると言っていた。こちらの世界でも、子どもの相手をするときは優しい顔をしていた。そんな武士だから、人間の子どもに見える魔族が動物のように檻に入れられていることが許せなかったのだろうか。
「でも。梶原くんも一緒なのに」
武士は精神構造が単純とか失礼なことを言っていた。久道が暴走しても、なんとでも言いくるめられたのではなかったのか。
「やっぱ見てくるしかないだろ」
「村の端の家を乗っ取ったという話だったね。とりあえずこっそり見てこようかね」
「こっそり、行けるかな。村からも討伐隊を出すとか言ってたよ」
大人の魔物二体、それに助け出された子どもの魔物が三体。計五体の魔物が、この村にある家で立て籠もっている。
「てかそれ、俺らの仕事か?」
「広義ではそうかもだけど、お城では魔王を倒せとしか言われてないよね」
そもそも魔王討伐を仕事、義務だと思っていないのがジャパレンジャーの現状である。元の世界に帰りたくば魔王を斃せと、言うなれば脅されただけなのだ。
「ふたりが関わっているなら、無視するわけにもいかないけどね」
「夜動くか?」
夜陰に紛れて、な行動に慣れているのであろう耕造が、当たり前のように提案する。
「こっそりするならそうすべきなんだろうけど、村のひと全員の目を誤魔化すのは無理だろうね」
こそこそと見做し魔族に接触するところを目撃されたら、あいつらも仲間だと断じて囲まれてしまう。
「明日朝、堂々と向かってみるしかないかあ」
「新の字の口に期待するしかないってことだな」
「よっ悪徳商人!」
「おやめなさいってば」
そんなこんなで、朝日が昇るのを待って見做し魔族の元にやる気なく向かった三人である。
その後ろには村人が十数人、農具を構えて従っている。
「「「……………………」」」
生まれも育ちもまったく異なる三人だが、そのときばかりはまったく同じ表情になってしまった。
この世界の村では一般的らしい木造二階建ての民家、その玄関を背に、見知った姿がふたつある。
「我こそは福山藩家臣天野家が次男久道なり! 主君の命こそなけれども、うぬらの所業正さんがため、参上仕った! 腕に覚えのあるものは掛かってくるがよい‼︎」
抜き身の刀を手に活き活きと名乗りを上げる久道はまあいい。よくないけどいいよ。似合ってる。楽しそうでヨカッタネ。
白い布、というかあれ服だな。墨はないだろうに、何をつかったのか家紋らしきものが描かれた元洋服の旗を掲げてる奴。
おまえだよ。梶原寿明。
武士の傍らで真顔で旗持ちするようなキャラじゃなかったはずだろう。
彼らはあそこで何をやっているのだ。
「目結紋かあ。久道の家の家紋なのかな」
「あの四角がよっつの模様のことか?」
耕造が手を庇にして目をすがめ、寿明の持つ旗を確認する。
「そうそう。戦場には旗印が必要だと思って用意したんだろうねえ」
用意して、武力ゼロの寿明に持たせた。
「いくさば」
「少なくとも彼はそのつもりみたいだね」
いくさごっこ? 帰ってから友達とやれよ。
思わず無になってしまった三人だが、なんとか現状を把握すると、今度は打破しようと試みた。
「旗持ちの君に問う!」
集団の先頭に立つ新右衛門が、寿明を指名した。多分久道は空気を読んでくれないからだ。
マインドセット 思考の癖、物の見方や考え方の土台
タイトル被りに気づいて変更しました。




