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ファクト


「あれは。わっぱ、である。な」

「うん」

「ひと、であるな」

「うん。僕にもそう見える」

 中途半端に伸びたボサボサの髪、汚れた身体にまとった、袋に穴を空けただけのようなボロ布。

 性別も分からないくらいに汚れてはいるが、身体が不自由な様子はない。痩せ細っていることと寿明たちに向けたうつろな瞳を除けば、当たり前の子どもに見える。

「黒、だからか」

 髪の毛が黒く、人間であることを証明してもらえなかった子だから、魔族としてあんな扱いをされているのだろうか。

「たぶん」

 カタカタカタ。硬いものが小刻みに動きぶつかる音が聞こえた。

「ひーちゃん?」

 寿明は震える武士の肩にそっと手を置いた。

 久道は己の肩に触れるものを振り仰ぐことなく、歩を進めた。

 それに従う寿明の視界に、村人らしき人影が小さく映る。余所者を見取めて、誰何(すいか)しようと近づいてくる。

 まっすぐに檻に向かって歩いた久道は、それの前で膝をついた。

「そのほう、ひとの子であるか」

 虚ろな目をして膝を抱えていた三人の子のうちのひとりが、わずかに瞳に光を宿した。

 そして、小さくこくんとうなずく。

「親はどうした」

「……おうち」

「そのほうを迎えには来ぬか」

「これないよ」

 来れるわけがない。来れば自分も捕まるのだから。そういう意味に聞こえた。

「そこから出たいか」

 その子は、戸惑ったようにまばたきを繰り返した。

 久道は他のふたりの子どもからの視線も集めて、マントのフードを頭から落とし、更に巻いていた布も取り去った。

 隠していた頭髪が陽の下にさらされる。

 自分は仲間だ。そう言いたかった久道だが、子どもの反応は彼の想像とは違うものだった。

「……おちむしゃ」

 それまで無感動だった子どもが怯えた声を出す。

 月代から数ミリの髪がまばらに生え、肩を越す長さの黒髪を持つ男に対する、これ以上ない適切な表現であった。

「縁起でもないことを申すな」

「ひーちゃん、駄目だよ。もっと慎重に」

 魔王、魔族、魔物、とやらの生態は不明なのだ。この子どもたちが、危険なモノではないという保証はない。

 寿明の中の倫理が、これは駄目だといくら叫んでも、自分と仲間を危険にさらすわけにはいかないのだ。

「寿明」

 檻に取り付けられた頑丈な柵を見据えたまま、久道は静かな声で寿明の名を呼んだ。その響きは、納得の意味からかけ離れたものだった。

「ひーちゃん、」


「ならぬものはならぬのだ」




 木々が途切れたことで、真希たちは目的の村に到着したことを知った。

 キッチンを借りて米を炊いて三食分のおにぎりをつくって、できれば一晩の宿を頼もう。

 各家に浴槽はなくともシャワーはあるのが普通らしい。借りて三日分の垢を落としたい。

 そんな希望を持って村を見た。すると、こちらから探すまでもなく村人がふたり、こちらに向かってきていた。

 まずは一番警戒されにくい真希が挨拶しようとした。

「こん」

「止まれ‼︎」

 狐の鳴き真似をしたみたいになってしまった。少し恥ずかしい。

 真希たちと同年代に見える男がふたり、武器のつもりだろうか、鍬と鋤を両手に持ち、威嚇する仕草で怒鳴った。

 まだ二十メートルは距離があるため、脅威を覚えなかった三人は足を止めて顔を見合わせた。

「キュキュは」

「隠してる」

「髪も」

「見えてないと思うけど」

 初見で警戒心を剥き出しにされるのは、この世界に来て初めてな気がする。

 人々の恐怖を煽るらしい黒髪をフードで隠し、キュキュは荷物の中で昼寝をしている。警戒される理由が分からない。

 新右衛門がゆっくり一歩前に出る。

「こんにちは。旅の者です。証明書をお見せするために、そちらに近づいてよろしいですか?」

 理由は分からないが、緊張状態にある人間に魔族の証とされる黒髪を見られたら、問答無用で攻撃される可能性がある。

 新右衛門はまず勇者証明書を提示して、警戒を解こうとした。

「……一番小さいのがひとりで持って来い。他ふたりはそこで待て」

 あたしが行くの? 真希が怯んだ目でふたりを見ると、耕造が彼女の肩を新右衛門のほうへ押しやった。

「俺が行く」

「頼んだよ。私だと明らかに背丈が違うからね」

 真希と耕造なら、姿勢を変えるだけでどちらが大きいか分からなくなる。

「うるせえチビって言うな」

「言ってないでしょ。気をつけて。すぐにカッとならないこと」

「分かってる」

「助太刀が必要だと思ったら右手を挙げて。おまきちゃん、今のうちに刀を預かるよ」

 男ふたりの短い小声のやりとりだけで、耕造ひとりで行くことが決まってしまった。真希は怖いから行きたくない、と顔に出しただけだ。

 新右衛門に背中を叩かれ進み出ようとする耕造のマントを、真希は思わず掴んで引き留めた。

「……やめようよ。この村はスルーして、野外炊飯頑張ればいいじゃん」

「おまきちゃん」

 真希の手を、新右衛門が優しく掴んでマントを放させる。

「新さん、セクハラ」

「それ今言わなきゃダメ?」

「様子見だけだ。情報は欲しいだろ」

 少し前に、魔王城にだいぶ近づいたという話をしたばかりだ。

 村人の警戒の理由が、魔族によるものなのだとしたら、話を聞いておきたい。

 そのために女を行かせるわけにはいかないと、代わりに進み出た耕造を、真希は黙って見るしかできない。

 視線を受けた耕造は、珍しく優しい顔をした。なだめるように真希の頭をぽんと叩く。

「耕造、それもセクハラだから」

「いちいち面倒臭えこと言うな。そこで黙って待ってろ」


 内輪揉めが終わるのを親切にも待ってくれていた村人に、耕造が勇者証明書を掲げながらゆっくりと近づいていく。

「話がついたら、私がキュキュのことを説明してくるよ。おまきちゃんはこの場でゆったり待ってて。怯えたら馬にも伝わるからね。この後に待っている風呂のことでも考えているといい」

 新右衛門が馬に構う素振りをしながら、さりげなく真希の背中から取った刀をマントの下に隠す。

「うん。気をつけてね」


 計算上では、あと一週間も歩けば魔王城が見えてくることになっている。この村を過ぎれば、地図にある寄れそうな人里は残りふたつ。

 起伏が少ない国である。ここまで丘程度の上下移動しかなかったが、初めて山らしい山がうっすらと見えている。あの山の向こうに、魔王城があるらしい。

 そろそろ寿明たちと合流したい場所まで来た。

 馬を走らせる久道と長距離走が得意な寿明は、今頃魔王城の近くで作戦を練っている頃だろうか。

 まさかすでに敵想定の魔族と一戦交えていて、その余波がこの村にまで届いているとかではないと思いたい。

 駄目だ。不安になってきた。

 にこやかさを装いながら、油断なく耕造と村人を見ている新右衛門になだめてもらうわけにはいかない。自力で気持ちを立て直さなくては。

 寿明と久道が仲良く野宿するところでも想像してみよう。

 でもあのふたり、どっちがどっち? 久道は武士だし、意外と抵抗感ないのではというのが真希の願望込みの予想だ。目撃することもあるだろうし。

 え、てことはひーちゃんがリードするの? ……ちょっとひーちゃんやめてよ。うちの梶原くんにそんな


「おまきちゃん、何やら楽しそうだけど、帰っておいで。話がついたみたいだよ」

「あっうん、そうだねっ」

 耕造が手招きしている。

 打合せどおり、新右衛門が先に耕造のところに向かった。先ほどの耕造とは対照的に軽快な小走りで、明るい声を出すのが待っている真希のところまで聞こえてくる。

「真希! そこからキュキュを見せてくれ!」

 耕造の大声に、隠していたキュキュの胴体を両手で掴んで頭上に掲げる。

「この子の話〜? 可愛いですよ!」

 大袈裟なくらい軽く明るい人物像、つまり魔族とはかけ離れた人間を演出するふたりに合わせて、真希も同じようにニコニコ笑って見せた。

 無害な人間であることをアピールするくらいしか真希にはできることがないから、庇ってくれる仲間のためにも全力で愛想を振り撒く。

 訳が分からないまま、取引先との飲み会に出席させられたときと同じだ。分からないなりにとりあえず笑えばいい。

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