リスクヘッジ
殺意を持った集団に囲まれるというのは、恐ろしい経験だった。
すぐに友好的な態度に戻った街人だが、何かの拍子にキュキュが人間を咬んでしまったら、真希たちは今度こそ魔族として殺されてしまう。
三人とも同じ考えに至ったため、最低限の買い出しだけして、その日のうちに街を出ることにした。
今夜は宿を取って風呂に入ってベッドで寝る! と息巻いていたのだが、そんなことは言っていられない。命あっての物種というやつだ。
「悪徳商人バンザイ」
街が遠ざかったところで、耕造が両手を挙げる。
「おやめなさい」
「褒めてるんだってば。新さんのおかげで助かったよ」
「なー! ほんとすげぇよおまえ」
「悪徳商人バンザイ!」
「バンザイ!」
万歳する真希と耕造を、苦笑いの新右衛門が見下ろす。
「まったく。この先もそいつを連れて歩くつもりかい?」
ふたりの真似をして短い前脚を挙げようとしていた可愛い生き物は、指差されて耕造の頭の上できょとんとした。
「きゅ?」
「こいつ離れねえんだから仕方ないだろ」
「人間の都合で拾ったり捨てたりしたらダメだよね」
こんなに小さい仔を森に捨てたりしたら、他の動物に食べられてしまうだけだ。
「でもどうせ、元の世界に帰るときには連れて行けないでしょ」
「連れて帰る」
「え?」
「キュキュは俺が連れて帰る! 猫拾ったって言えば誰も変に思ったりしねえよ」
「するでしょ」
どう見ても猫ではない。完全にアニメのマスコットキャラクターなのだ。動くぬいぐるみと言ったほうがまだ信憑性がある。
「耕造がそこまで言うなら反対はしないけど。今度からはちゃんと隠しなよ」
「それでいいんだ」
「ちゃんと餌をやっておけば問題ないでしょ。一匹だけなら増えることもないだろうし」
未知の動物である。寿命がどれくらいか分からないし、アメーバ的な増え方をしないとも限らない。
今は言っても無駄っぽいから、あとで耕造を説得しよう、と真希はこっそり考えた。
同じ種族を見つけてやれればいいが、無理なら理解あるひとに託してもいい。あれだけ可愛い可愛い言われていたから、引き取ってくれるひとが現れるだろう。
「なんかあったらまた新の字がなんとかしてくれるしな!」
「あーまあね。確かに新さんがいれば大丈夫か」
「信頼は嬉しいけど、ふたりとも油断しないでね。ほんとに」
五人でいたときの新右衛門はもっとチャラチャラふらふらして見えた。
頭の回る寿明と落ち着いた武士の久道がいなくなったせいで、自分がしっかりせねばと考えているらしい。
「はあーい」
真希が地図係として旅程を組む。耕造がサバイバル技術で野外生活でもなんとか生きられるよう工夫する。新右衛門は対人間との交渉と有事の武力行使係。
当初は不安しかなかったメンバーでの旅は、意外とスムーズに進んでいった。
慎重すぎるきらいのある寿明と、融通の利かない久道が不在だからこそ、かもしれない。後半組の三人は良くも悪くもいい加減なところがある。それがよい効果を生んでいるのだろう。
細かいことは気にせずどんどん進んでいく。
久道と違い、米は食べたいけどなければパンでも別に、という三人である。
無理してまで野外で炊飯しようとは思わない。使いやすいキッチンが借りられたらまとめて炊いておにぎりにする。それを二、三食に分けて食べる。ラップのような便利グッズがないため、素手で握ったものだから、それ以上は怖いと真希が主張するのを、他ふたりも了承した。
食事のメインは、街で買ったり村で分けてもらった惣菜やパンだ。
つまり、足を止める時間が意外と短いのである。
一番の足手纏いの自覚がある真希だが、元運動部現社畜の二十二歳の若者である。体力には自信があるのだ。強行軍に疲れてはいるのだが、ひと晩眠ればなんとなく元気になってしまう。
そんな真希が、ちょっと急げば早朝出発して夜には次の街に到着すると思うんだよね。と提案すれば、よしそれで行こう、とふたりも早起き早歩きに努める。
そうしてひたすら前に前にと進んだ結果、先行するふたりに追いついたのだ。
そこはそれまで通ってきた村と特に変わったところは見えなかった。
少なくとも造りはそうだ。
国中に広がる森、時々山、その所々に木々を切り開いたのであろう街や村。それらは川沿いに綺麗に並んでいる。
自然発生的にできたのではなく、おそらく計算し尽くされた配置。
商店が立ち並び人々が密集して暮らし経済を発展させる街。その周囲に程よい距離、食糧を運べて農場を広げたいときに近すぎて困らない程度の距離だ、を空けて作られた村。
その村もそのひとつだった。真希の計算によれば、あと一週間も歩けば魔王城が見えるのではないかという位置にある村。
そこでジャパレンジャーは十七日振りにフルメンバーでの再会を果たしたのである。
話は五日前にさかのぼる。
寿明と久道は順調に旅を進め、くだんの村に到着した。
ちなみにこれまで通ってきた街や村には、それぞれオスマン帝国らしい名前が付けられていた。この村、サロニカもそうである。
理系の寿明は世界史は詳しくないが、多分国名と同じく相似点は名称だけだ。
そのサロニカ村に到着後、ふたりは気分の悪くなる光景を目撃したのである。
街道は基本、街と街を繋いでいる。村に行きたいときには横路に逸れなければならない。
ジャパレンジャーが敢えて村を経由するのは、食糧調達のためだ。街から街へだけの移動になれば、最低でも五日分の食糧を持ち歩く必要がある。真冬ならともかく、常春の国である。素手で握ったおにぎりを何日も持ち歩くわけにはいかない。炊飯前の米を持ち歩くにしても、成人男子ふたりの三食、できれば十日分くらい、と計算すれば結構な重量の荷物になる。
そんなものを抱えて長距離走をする体力は寿明にはないし、駈歩の馬に乗せるのも可哀想だ。
街と街の間に一回は村に寄って食糧を分けてもらえば、長い目で見れば時間短縮になる、というのがふたりで出した考えだ。
立地を考えると、その村に寄ることは必然だった。
最初は他の村と同じように見えた。街のものよりも広く造られた木造一軒家、少し離れた場所に見える広大な農業施設。
(こんな村、寄らなければよかった)
到着してすぐ、村人に会う前に寿明は後悔した。
あれはなんだ。
主要街道よりも幅の狭い路を抜けた先、視界が開けるとすぐに目に飛びこんできた。
檻に入れられた動物かと思いたかった。だが二度見してしまったために、現実を受け入れざるを得なくなった。
人間だ。一瞬獣と見間違えた。
だが、認めたくないが、動物園の小動物用の檻のようなものの中にいたのは、人間だった。
身体が小さい。小柄な大人ではなく、まだ幼い子どもだ。三人いる。おそらく全員、十歳にも満たないような、子ども。
「……寿明」
久道がおののく姿を初めて見た。彼は動物のような子どもを見て、彼らをそのような姿にしたのであろう人間の存在を怖いと思っている。
「……うん」
三人と分かれてここまで、馬を駆る久道を追いかけて走り続けてきた。しっかり走れ、としか言わない彼に殺意を覚えつつ、野外炊飯中は休ませてくれることには感謝してきた。
つまり今まで、ふたりの関係は完全に久道が上、であった。それが覆ることになったようだ。
この村は何が出てくるか分からない。本能的な恐怖を覚えた武士を、寿明がフォローする必要がある。
リスクヘッジ 危険回避




