ノルマ
「さあ? 魔王に命令されたのかも。とりあえず言われたとおりにしてみよう」
「言われたとおりって」
「協力して問題を乗り越えろとか言ってたね」
「最初の課題を言う前に消えちゃったけど」
真希は寿明が昔観た古い映画と同じものを観たことがあると言っていた。
最初はあれを真似ようとしたが、似たような別のネタを引っ張り出してきた。多分思いつかなかったからだろう。
「仲良くしろって言ってたでしょ。とりあえず喧嘩はストップして」
耕造があからさまに顔をしかめて舌打ちする。
まあまあ、と新右衛門が彼とサーニウの間に立って目隠し役を買って出る。
とりあえずはこれでいいだろうか。
「北村さーん! 僕ら仲良しだけど、次どうしたら」
『全然足りない』
「カメラどこにあるんだよ!」
がらんとした室内に、それらしいものは見当たらないが、向こうからは確実に見えている。
『秘密』
寿明はイラっとしつつも、隣に立っていた耕造の手を取った。
「何すんだ。おい、なんの真似だ寿明。気持ち悪ぃな」
「僕だって好きでやってるわけじゃないよ。みんなとりあえず隣のひとと手を繋いでみて」
「断る」
「私も断りたいが、そういうわけにもいかないでしょ」
新右衛門が嫌がる久道の手を無理矢理掴み、もう片方の手でサーニウのローブを掴む。
全員気持ち悪い、の顔を隠そうともしない。
「これでいいのかな?」
『物足りないけど、時間がもったいないからおまけ合格』
真希の声とともに、部屋の扉のほうからガチャっという音がした。
鍵が開いた。外に出られる。
入ってきたときとは別の扉だ。前回以上に慎重に扉を開け、武闘派ふたりが一気に出る。
似たような部屋だった。
相違点は、がらんとした室内の真ん中に、不審物があるくらいのものだ。
ひとりで持ち上げるのは困難なサイズの袋。時おりもぞもぞと動く様子が確認できた。まごうことなき不審物である。
「なんだあれ」
耕造が不審物に近づくのを、寿明は咄嗟に止めた。
「待って。やばそうなものには近づかないのがサバイバルの基本だよ」
『話が進まないからさっさと開けろ』
「うるせえよ! 自分が開けに来いや!」
ゲテモノが入っていても嫌だし、武器的なものが入っていても嫌だ。サイズと形状から推測されるものが入っていたらもっと嫌だ。
入っていて嬉しいのは真希くらいだ。そこにいるなら、このまま全員で魔王に突撃してもいい。
なんだか危なくなさそうだし。
「寿明、さっきから言葉遣い乱れてるよ。耕造と区別できなくなるから気をつけて」
そこは声で判断してくれ。
「この状況で乱れない新さんのがおかしいから。腹立たないの?」
「おまきちゃんに?」
「おーい! すでにみんな北村さんだって認識してるぞ!」
「む。結局そうなのか?」
『ひーちゃんがまだ分かってないので、このまま続行します』
単細胞武士のせいで、この茶番は続くらしい。
「なんか知らんが開けるぞ。真希が言うなら別に危ないものでもないんだろ」
もう全員、理解することを諦めてしまっている。
捕らわれた仲間を救けださんと勇んで敵地に乗り込んできたのに、当の仲間が遠隔で指示を出してくる。脅されている様子でもなく、楽しんでいるのが声だけで伝わってくる。
他にすることがないのだから、状況を受け入れ、従うしかない。
まさかふざけんなと吐き捨て、この場を放棄して四人で帰るわけにもいかないし。ちなみにその場合、サーニウは残るも去るも勝手にすればいい。誘ってやる気は寿明にはない。
耕造が袋の口を縛っていた紐を無造作に引っ張る。
「誰だこいつ」
寿明の危惧どおり、袋のなかには人型の生き物が入っていた。
自分を守るように丸めた身体と、かまされた猿轡が痛々しい。黒い瞳に、覗きこむ五人への怯えを映している。
「魔族か」
黒髪だ。子どもではないが、若い。寿明たちと同年代に見えた。
「人間だね。女性にひどいことを」
背中の半ばまである髪から判断したのであろう新右衛門が、途端に丁寧な手付きで袋からその人物が出てくるのに手を貸す。
出てきた人物は確かに身体は薄く繊細な造りの顔だが、違うだろう。女好きが聞いて呆れる。
「北村さんの仕業か。元同級生として謝ります。ごめんなさい」
新右衛門に口を開放されたその人物は、おどおどと頭を下げた。見た目も仕草も日本人にしか見えない。
まさか。
「君も召喚されたクチなのかな」
「しょうかん?」
「では魔族とやらで?」
「ちがっ、違います。いえ、あのっ……」
「ああ、落ち着いて落ち着いて。女性があんな扱いを受けて怖かったでしょう」
「えっあの、」
「新さん新さん。よく見てこのひと」
失礼な言い方しか思いつかなかったから、寿明はそこで言葉を止めた。
「……失礼。男か」
新右衛門の態度があからさまに変わった。この態度のほうが失礼だ。肩を支えんばかりだった手は、すっと身体の横に戻される。
その人物は、上下グレーのスウェットに見える服を着ていた。その上半身に、目立つ凹凸はない。
(スウェットだな)
スウェットにしか見えない。着心地良さそう。
身長は新右衛門より少し低いくらい。手入れされてはいないが、若さのぶんだけ艶のある黒髪がその細面を半分近く隠している。
彼を言葉を選ばず喩えるなら、引きこもり、一択である。
「すみません」
何に対してか、自分の性別に対してか、彼は慌てて謝った。
「謝罪の必要はないけど。とりあえず名前を聞いても?」
「スバルといいます」
「スバル。星の?」
「はい。その字です」
昴。日本名だ。
寿明が注意深く観察したところ、耳に届く言葉と彼の口の動きが一致していた。この昴なる人物は、日本語を使っている。
「昴さん。なぜあの袋のなかに?」
「なぜ。……えっと、なぜでしょう……」
「自分のことだろうが」
おどおどする昴に苛立った耕造が声を大きくする。
「すみません!」
「耕造、脅さない」
「だってこいつが」
苛立つ耕造とは対照的に、サーニウは先ほどからひと言も発しない。
口を開かないのは久道も同じだが、彼は刀に手をかけたまま、どうやら昴を警戒している様子だ。
「怒鳴っても話は進まないよ。昴さん、あなたは自分であの袋のなかに入ったんですか?」
そんなわけがないと思いつつ、イエスノーで答えられる簡単な問いを投げてみる。臆病で話し下手な人物には、こうするのが手っ取り早い。
「い、いいえ」
「では誰かに入れられた?」
「はい、いいえ? 多分」
どっちだよ。こんなことにも答えられないのか。見た目年齢は立派な大人なのに。
「うーん。昴さんとやら、自分で説明してもらえるかな? どこから来てなんでこんなところに入ってたのか」
新右衛門が心持ち柔らかい口調で促す。
「ど、どこ? 部屋から」
「部屋? 自分の家の自室という意味?」
「いえ、家? というか」
「毎日寝泊まりしている建物内?」
「はい」
こんな調子で、新しく現れた人物はまともに自己紹介もできない人物であったのだ。
ノルマ 達成基準




