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思い出したくなかった過去をしゃべって、昏い気持ちになった。
過去に蓋をして生きてきた。汚い自分を嫌悪しながら生きるのはしんどいから、忘れた振りをしてきた。
なんでしゃべっちゃったかな。
耕造は頑張って生きようとしただけだ。そう言って励ましたかっただけなのに。
「で?」
怪訝そうな顔をつくった耕造が、肩の上のキュキュと同じ角度で首をかしげる。
「でって何。続きはないよ。これでおしまい」
綺麗なオチが欲しいのか。おまえは関西人か。
「おまえが悪いことした話は?」
「悪い奴は出てきたけど、おまきちゃんの悪い話じゃなかったね」
「他人がイジメられるよう誘導したのは悪いことでしょ」
新右衛門が、馬の手綱を持つのとは反対の手を真希の頭に置いた。セクハラ、と騒ぎたくなる触り方ではなかったから、黙って綺麗な微笑を見上げた。
「おまきちゃんはいい子だねえ」
「寿明も考えが平和だよな。いい時代なんだな」
「喜べ、耕造。我々の未来は明るい」
「帰れたらな」
「ふたりが何を言っているのかよく分からない」
分かりやすい悪じゃない。だからかえって汚い。
やむを得ない事情があった耕造とは違って、真希の過去の悪事は嫌悪感をもよおす。
それが普通の考えだと思う。
「あのね、おまきちゃん。人間は何を思ったかではなく、何をしたかでその価値が決まるんだよ」
「何をしたか」
「君は、好きな女の子を好きだから虐める男と、特別な感情はなくとも女の子を大事にする男とどちらがいい男だと思う?」
「えっ難しい」
「そうかい? じゃあもっと分かりやすくしようか。妻を愛するがゆえに自由を奪い自宅に監禁する夫と、他に想う女がいてもそれを表に出すことなく一生妻を尊重し大事にする夫。どちらが妻を幸せにできると思う?」
「おまえの例えは男と女しか出てこねえな」
一方的な強い想いで妻を束縛するヤンデレ夫と、過去の女性を忘れられなくてもそれを妻に気取られないスパダリか。
「そのふたりのカップリングに一票」
思わず本音が出てしまった。悪くない。
「君は何の話をしているのかな」
「俺の養親はな、おまえのためだって言いながら俺を殴って飯を抜いた。俺は、俺のためなんて考えなくても、殴ったりせずに飯を喰わせてくれる親がよかった」
「そういうことだよね」
「おまえのその虐められっこの友達、どうなったんだ」
「…………少しずつ普通になっていったって言って、泣かなくなった」
最近は学校が嫌じゃなくなってきたよ。もう大丈夫。ありがとう。
そう言って笑った友達の顔を直視できなかった。だって真希は、彼女と同じ境遇のひとをつくろうとした醜い人間だから。
その子とは卒業まで一緒に登校したけれど、卒業後は疎遠になってしまった。
「それはきっと、おまきちゃんのおかげだよ」
「今の話でおまえがやったことって結局、友達を守った、それだけじゃねえか」
「? ? 守ってはないよ」
「守ってるでしょ。ふたりとも、君に感謝してると思うよ」
「ただの武勇伝だったな」
「ちなみに、そのとき寿明も近くにいたんでしょ。彼は何してたの?」
「さあ? 勉強して……ただけじゃないな。思い出した。あたしがひとりでバタバタしてただけだったら、あんなにあっさり解決することはなかった。梶原くんだよ。あのひとがね、救けてくれたんだ」
そうだ。今まで忘れていた。
教室の空気に泣きそうになっていたとき、寿明が動いたのだ。
孤立しそうになるクラスメイトに近づく真希と、同じように行動した数人の男子。あのなかに寿明がいた。
何してんの? 手伝う?
声を掛けてくれたのは、彼だったか、その友達だったか。そこまでは覚えていないけれど、確かにあのとき、……あのとき。
「寿明、意外とやるな」
「……だった気がするんだけど。あれ本当に梶原くんだったかな。自信なくなってきた」
「ひでえな。覚えとけよ」
当時は必死だったから、周りがよく見えていなかったのだ。
「それよりも、仲間の失恋話を暴露するほうが非道だと私は思ったな」
「確かに」
「えっ楽しみにしてたくせに。じゃあ言わな」
「「聞きたい」」
「なんなの」
「絶対面白い」
「なー。あの寿明がどんなツラして泣くのかすげえ気になる」
「泣いてたとは言ってないよね」
「お相手の女の子どんな子?」
「だから、期限までに合流できなかったら、だよね」
寿明と久道と分かれてから三日が経った。
「あと十八日かあ!」
三人と一匹は予定通り、太陽が真上に位置する頃に次の村に到着した。
魔物だといわれるキュキュは念のため馬に載せた荷物の奥に隠しておいた。
ときおりきゅっきゅと歌うような鳴き声が聞こえたが、意識して大きめの声で途切れることなくしゃべっていたため、村人に不審がられることはなかった。
今度の村も、ターラの村と同じような屋内農園とも言うべき巨大な施設で作物を育てていた。
米は作っていないらしい。どこかで購入出来ないかと相談してみると、個人の家から少しだけ分けられるということだった。やはり米食はあまり一般的ではないようだ。
真希たち三人は野外炊飯に慣れていないから、持参した米と合わせて村人の家のキッチンで炊かせてもらった。炊飯器はなくても、ガスコンロに近い窯を使っての炊飯であれば、三人の日本人の知識と勘を持ち寄ればそう難しいことではない。
「こういうの、なんの知恵っていうんだっけ」
「知恵?」
「ほら、三人寄れば」
「文殊の知恵、かな」
「そうそれ! 文殊の知恵だね」
「なんだそれ。未来の言葉か」
「耕造。残念ながら、私とおまきちゃんが知ってる言葉は、君の時代にもあるはずだよ」
「あー。ゴイが少ないってよく言われるやつ」
「言葉は知っておいたほうがいい。適当に分かるフリしてたら騙されるよ」
「新さんは騙してる側だもんね」
「おまきちゃん、それは言わないお約束」
否定はしないらしい。
「よっ悪徳商人!」
「人聞きの悪いことを言わない」
おにぎりは三人で作った。物珍しげに見ていた村人にも作り方を教えてみたりもした。綺麗な三角を作れない彼らには尊敬の目で見られてしまった。
具無しの塩握りだが、初めて見たと言う村人には大好評だった。この村ではこれからおにぎりが流行るかもしれない。
村人と和やかに交流して、陽が傾く前に出発した。
キュキュの存在がバレることを危惧したのと、先行したふたりに早く合流したいのとで、一泊していけばという誘いを断ったのだ。
翌朝早くに出立したとしても、一泊は野宿になる計算だ。それなら少しでも早く旅程を進めて明日中に次の街へ到着するのが効率的だろう。
森の中に簡易テントを張って眠るのにも慣れたものだ。
三人は適当なタイミングで街道の端に座っておにぎりを頬張り、短時間の休憩で体力をある程度回復すると再び歩く、を繰り返した。
そうして真希にとっては強行軍、他ふたりには余裕のある計画どおり次の街の関所に到着した。
勇者証明書を提示して街壁の内側に入る。
街のぐるりを囲む壁は、何度見ても慣れない。
戦乱の絶えない時代の大陸ではお馴染みのものだったのかもしれないが、日本人ばかりのジャパレンジャーは馴染めない。城壁くらいの規模なら分かるが、壁が囲む面積が全然違う。
敵国が存在しないオスマン帝国が街を壁で囲うのは、魔物から身を守るためだ。
魔王をトップとする人間型の魔族、動物タイプの魔物。黒い体毛がその証。
黒髪の真希たちはぎょっとされるたびに身分証を見せつつ、宿を求めて街中を歩いた。
キュキュは布を被せた箱の中に入れ、馬の背に載せている。
知能が低めの動物は、そんな扱いをされてものんびり昼寝をして過ごしていた。腹を上にして全身の力を抜き、ときおりキュキュキュ……と寝言らしき声を出す。
真希と耕造が交互にその様子を覗き込んでは、はー可愛い……とつぶやく。
そんな緩い隠し方でも、街の人々に気づかれることはなかった。
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