ペルソナ ~2002年生まれ女性~
昔の悪さねえ。ひとつやふたつは思いつくが、聞いて楽しい話でもないしな。
女の子の話ももちろんあるさ。私だって昔からこうだったわけじゃないからね。
ほら、女の子は男よりも早熟だというでしょ。
十二、三歳の頃だったかな。ちょっと歳上の幼馴染の女の子が言うんだよ。今日はいつもと違うでしょ、どこだか分かる? ってね。
いつもと同じじゃないか! なんて正直に言っては駄目だということは分かったんだ。だが着物は見たことのあるものだし、髪型だって昨日と同じに見えた。一日で背が伸びるわけもなし。何言ってんだこいつは、と思ったね。
それでもなんとか、阿呆な小僧だった私が絞り出した言葉がこれだ。
分かった。おまえ禁じられてる川で遊んできたんだろ。頬っぺたに泥が撥ねてるぞ。度胸試しなら誘えよな。
あのときは泣かれたねえ。でも口紅と頬紅を付けているなんて、小僧に分かるわけないでしょ。いつにもまして血色がいいなあくらいのものだよ。
後から知ったんだが、当時その娘の家の商売が傾いていたらしくてね。早くに嫁に行くことになったとかで、お相手に会う前に一縷の望みをかけて私のところに来たようなんだ。
新ちゃんがお嫁にもらってくれるなら、うんと歳上の男に嫁がなくて済むってね。紅を差した姿を見て惚れたらいいと思ったんだろうねえ。
周りがそう噂するのを聞いてもね、子どもだった私は冷たいものだよ。
なんで自分が悪いことになってるんだ。関係ないのに。ってね。
今なら色々察してあげられるんだけどね。商いに手を貸すことも出来るし、もっと条件のいい夫を紹介することだって出来る。
うーん。悪さとはちょっと違うか。でもまあ、後にも先にも、あれほど女の子を泣かせたことはないって話かな。
ええ? もっと悪い話?
そうだなぁ。学校に通ってた頃にやれ優男だ女好きだと絡んできた同級生の家との取引に仕掛けをして大変なことにしてやった話とか? あはっ。頭を下げに来たときの奴の顔といったら! 今でも肴にして三杯は飲めるね。
はい。性格悪い新さんの話でした。
次、おまきちゃんどうぞ。
新さん、ずいぶん可愛い話して誤魔化したね。絶対もっと色々あるでしょ。聞くの怖いからいいけどさ。
あたしの悪い話なんてそんな大したものじゃないよ。
フツーの家庭で生まれ育ったド庶民だもん。一人っ子だからそれなりに甘々で育ててもらったけど、お金持ちなわけじゃないし、かといって貧乏ってほどでもない家。
特別な才能とかもないしねえ。学生時代の成績はずっと真ん中をウロウロしてたね。中学高校、十二から十八歳まで通ってた学校ね、でバレーボールやってたから、運動は多少はできるかも。
え? バレーボール知らない? そっかあ。新さんの時代にはなかったんだっけ。……このくらいは喋ってもいいよね。えっとね、ボール、このくらいの鞠? みたいなものね、を打ち合う競技だよ。二チームに分かれて、相手の陣地に入れたら点数が入るの。
あっ耕造は知ってる? じゃあ時間があるときみんなでやろうよ。教えてあげる。
はいはい。悪い話ね。仕方ない。ここだけの話にしてよ。
高二、十六歳のときの話だよ。そうそう。梶原くんと同じクラスだったときね。
彼はねえ、当時からアタマ良かったよ。そのくらいしか知らないかも。あんまり親しくなかったから。
成績はいつもトップでね。開業医やってる親戚に子どもがいないから、跡継ぐために医学部行くんだって聞いてたよ。成績の良さを鼻に掛けるようなタイプじゃないから、友達といるときはフツーの男子高生、な感じだったかな。
うーん。そのくらいしか思い出せないな。
あたしはそれと比べたらもー、底辺だよ底辺。高校受験で背伸びした進学校を第一志望にしたらうっかり受かっちゃってさ。わーいって入学したら当たり前だけど頭良いひとばっかで、必死で勉強してようやく真ん中。
半分はあたし以下って? そうなんだけど、そういうひとって、最初っからやる気ないひとがほとんどだから。親と約束したからって短期集中で勉強して、急に定期テストで上位になるみたいな、できるけどやらない、的な奴。思い出したらムカついてきた。
まあそんな感じの女子高生だったわけですよ。
バレー部入ってそれなりに楽しくやってたよ。
で、だよ。そのバレー部にね、嫌な奴がひとりだけいたの。
この歳になってあいつ嫌ーいとかいう話するの恥ずかしいって分かってるんだけど、でも悪さした過去を話すなら、そいつの存在は外せないから。まあ聞いてよ。
その子はね、ギャルっぽい美人でそこそこアタマも良くて、バレーも上手くて、つまりモテる子だったの。
でもね、性格悪いの!
自分より格下だと思った相手に聞こえよがしに陰口言ったりね。あれダサくない? とか可愛いと思ってんのかな、とか。くすくす笑いながら言うタイプの子。
「あー。たまにいるよねえ、そういう子」
新さん分かるの? そういう子相手にもチャラチャラするの?
「言い方。遊ぶことはあっても本気の相手にはしないかな」
うわあ。
「新の字とその女、どっちが悪いって話になるのか」
「ならないでしょ」
どっちの味方もしたくないよね。
部内ではあからさまにしないけど、あたしも見下されてるなあって思う瞬間は何度もあったね。
ずっとスルーしてたよ。他の子も同じだったと思う。揉め事起こすのも面倒だし、そういうひとってどこにでもいるから、いちいち気にしてたらキリないし。
でもやっぱりね。そういうのを積み重ねたら、悪意が育っていっちゃうの。
あいつは自分を馬鹿にしてる、軽んじてる。友達が厭味を言われた。でも自分は庇ってあげられなかった。自己嫌悪。
なんで自分がこんな思いをしなきゃいけないんだ。あいつが悪いのに。何も悪くない自分が昏い気持ちを抱えて苦しむのは不公平だ。
不幸になるべきはあいつなのに。
「おい、真希」
ん?
「おまきちゃん、君の感情は当たり前のものだよ。そんな顔をしなくてもいい」
「やられっぱなしでヘラヘラしてるよりよっぽどマシだ」
ああ、ごめん。深刻な顔になってたか。
大丈夫だよ。昔の話だもん。
友達がね、いたの。同じ中学から一緒に進学して、一緒にバスに乗って通学してた。
でもクラスは違ったから、学校での彼女のことはあんまり知らなくて。
虐められてることに、しばらく気づかなかった。
そんな大袈裟なものじゃないって言ってた。殴られたり物を取られたりとかはされてない。
ただ、自分の存在が分からなくなる、って。
無視はしない。でも誰もその子に話しかけないの。そこに居ないものとして扱うの。
なんでこうなったのか分からないって泣いてるその子と一緒にご飯食べるために、昼休みにそのクラスに行ったよ。
昼休みの間中友達と一緒に空気にされて、後から聞いた話だよ。
さっき言ってた嫌な奴。そいつの彼氏と話してたのが気に喰わなかったんだって。
無視してやってよ、って、わざわざそのクラスの友達に頼んだんだって。そうしたら、その嫌な奴の友達、楽しくなってきたんだって。
いつまで保つかなって賭けてたんだって。
ただの自己満だったって、今なら分かるよ。
必死にない知恵搾って、復讐してやろうって考えたの。
でもやっぱり、普段ぼおっと生きてる高校生に、そんな痛快な復讐劇なんて思い付かなくてね。
どうしたらいいんだろう、どうしたら友達を救けられるだろうって思ってるところに、そいつが似たようなことやろうとしてたの。
最近ある女子が彼氏に馴れ馴れしいって。
笑っちゃったよ。確かにその彼氏雰囲気イケメンでモテる男子だったから、気持ちは分かるけど、あんたそいつのこと好きすぎじゃんって。
あたしがやったのはね、ひとつだけ。
教室からそいつの彼氏に、そのタゲられそうになってた同クラの女子が話しかけようと近づくところが見えたときにね。
あれ、カレシ何か言ってない? って。言っただけ。そいつが現場を目撃するよう仕向けただけ。
キッカケのひとつを作るチャンスが見えたから作ったの。
クラス内の空気が少しずつ変わっていくのが分かった。ああ、こうやってイジメって進行していくんだって、初めて実感できたよ。
でね、怖くなっちゃったの。
あたしはただ、お宅のカノジョ、クラスでこんなことしてるんだけど、注意してよ。って、その彼氏に告げ口してやりたかっただけ。
周りの目を気にするひとに見えたから、自分の彼女がイジメの首謀者だと知ったら別れを切り出すかなって。
でも何も悪くないクラスメイトが萎縮してるところを見て、自分のしでかしたことが怖くなっちゃった。
言い訳にもならないんだけど、責任取らなきゃって思ったの。遠巻きにされてるその子に、何喰わぬカオで話し掛けたりして。
卑怯でしょ。
あたしがあなたを嵌めました、なんて言えないまま、正義の味方面してたの。
これが、あたしが誰にも言ったことのない悪い話だよ。




