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インクルーシブ


 新右衛門が捜しに行くが、思ったよりも帰りが遅い。まさか迷ったか。

 不安になりかけたところで、ようやく彼が姿を現した。

「ごめん、遅くなったね」

「おかえり。耕造、大丈夫だった?」

「ああ。思ったより遠くに行っていたみたいで。姿は見てないけど、もうすぐ戻るから先に行ってろと言われてね」

「ふうん」

 やっぱりお腹の具合が悪いのかも。

 大丈夫かな、街に引き返して休んだほうがいいのかも、と考えたが、ほどなくして戻ってきた耕造は元気に見えた。出してスッキリしたということだろう。

 そう思ったのだが、違うのかも、と夕方になってからようやく気づいた。

 耕造は昼食後のトイレ休憩後にも、二回森に分け入っている。具合が悪い様子は一切見せることなくだ。

 真希が気兼ねなく休憩できるようにと、そんなことをしているのではと思い至ったのだ。

 彼は優しさを素直に表現できないから、そんな行動をとっているのだろう。

 気づかない振りをするべきか。


 夕食時には体調不良はほとんど感じられないくらいになっていた。

 街で買ったパンの残りを食べ終わっても、物足りないと思うくらい食欲も戻った。

「ふたりとも、色々ありがとう。もう元気になったのでお気遣いなく」

「それはよかった」

 新右衛門がにこにこと喜んでくれる。

「……おう」

 耕造はそれだけだ。

(本当は優しいくせに)

 思春期の弟がいたらこんな感じだろうか。真希は温かいつもりの目で彼を見た。

「なんだその目」

「別に。耕造もありがとう。もう大丈夫だよ」

「分かった。じゃあ寝る前にちょっと行ってくる」

 テントは夕食前に耕造が張ってくれている。調理はしていないから食後の後片付けは簡単なもので、今日は暗くなる前に寝てしまおうと言っていたところだ。

 真希もあとは寝るだけの状態にしている。

 耕造は森に何をしに行くのか。

「耕造? 具合悪いの?」

「別に。小便行くだけ」

 そんな頻尿になるほどの水分は摂っていないはずなのに。

「? そう。暗くなる前に戻っておいでよ」

「おう」

 残された真希と新右衛門は顔を見合わせて首をかしげた。

 病気なようでもないし、放っておいてもいいか。四六時中他人と一緒だから、独りになりたいだけかもしれない。そう結論づけて、テント下に布を敷いて待つことにする。

 真希が不思議そうにしたせいだろうか。耕造は今回はすぐに戻ってきた。

 五人でぎゅう詰めになって眠っていた布は、三人でも狭いは狭いが寝返りを打つスペースくらいはできた。

 快適さに喜んで見せながらも、真希は野宿の際には必ず隣にあった寿明の体温を思い出して、少しだけ泣きたい気持ちになった。



「そういえばこの三人、寝相悪い人間ばっかりだったね!」

 朝ひとりだけゴツゴツする地面の上で目覚めた新右衛門は、状況を把握すると朗らかな笑顔でそう言った。

「……てめえと一緒にすんな。この節操無しが」

 布の上で起き上がり、寝起きだからだけではない不機嫌さで、耕造が低く罵る。

「ん? 確かにふたりは布団の上だな。もしかして私が一番ひどいのか」

「寝相だけじゃなく手癖も悪いとか最悪じゃねえか」

 昨夜は真希が真ん中で寝た。外れのポジションではあるが、自分を守るためにふたりがそうしてくれたのだと分かっているから、黙って眠った。

 そして夜中、違和感を覚えて目を覚ました。

 新右衛門が寝惚けて抱きついてきたのだ。そのまま身体をまさぐられそうになって、耕造の向こう側に避難した。

 布からはみ出てしまうが、彼氏でもない男に触られるよりはマシだ。我慢して再び寝ようとしたところ、耕造が小さく声をあげた。

 半ば期待しながら見てみると、彼も真希と同じ目に遭っていた。新右衛門の手の位置がやばかった。

 激怒した耕造は新右衛門を足でテントの外に追い出し、それでも起きないセクハラ大王はそのまま地面で夜を過ごしたというわけだ。

 これまではどうしていたのだろうと思い起こしてみると、真希は一度も新右衛門の隣になったことがないことに気づく。多分他の三人がこういう事態になることを恐れ配慮してくれていたのだ。

 昨夜は女の身体が隣にあったから、無意識に触ってしまったのだろう。まあ妻帯者だし、そんなこともあるのかもしれない。そしてその無意識の意識のまま、妻の存在を求めて隣の温もりを抱き寄せた。

「あたしはもう二度と新さんの隣では寝ない」

 真希にまで冷たい声で言われて、新右衛門は昨夜自分がしでかしたことを察した。彼はだから自分の容姿を活かした魅力的な笑顔を作った。つまり誤魔化そうと試みた。

「申し訳ない。と言わなければならないことをしたのかな」

「俺にも謝れ‼︎」

「ごめんごめん」


 ふたりから怒られた新右衛門はひとり、前を歩かされた。

 荷物を運ぶ馬の手綱を引き、時折会話に加わりたいと振り返り振り返り進む。

「耕造、その袋何を入れたんだっけ。馬に乗せたらどうだい」

 前を歩いているせいで今頃気づいた新右衛門が、耕造が抱えた布袋を指差す。

「あたしも言ったんだけどね」

「軽いから問題ない」

「だってさ」

「ふうん?」

 新右衛門は首をかしげるが、まあいいかと再び前を向く。


               きゅう

「? 今なんか」

 聞こえた気がする、まで真希が言い終わる前に耕造が声をあげる。

「きゅうっ九歳の頃って、おまえら何してたっ?」

 焦った様子の彼を、新右衛門が振り返って見遣る。

「………………尋常小学校に通ってたかな」

「………………あたしも小学校行ってた」

「…………俺もだ」

「新さんの頃にも小学校あったんだね」

「御一新の後に出来たらしいね。上等小学校までは奉公人の子と一緒に通ったよ」

 奉公人。お坊ちゃんらしい単語が出てきた。

             きゅうぅ

「きゅっ急に腹の具合が悪くなってきたっ。ちょっとここで待っててくれ!」

「……………………」

「…………いってらっしゃい」

「行ってくる!」

 耕造は仲間の呆れた視線に向き合うことなく背中を向けてしまった。

「「……………………」」

 残された真希と新右衛門は、苦笑いの顔を見合わせてからその場に腰を下ろした。

 下生えの草を馬が喰むのを眺めながら、仲間の帰りを待つことにする。

 よく訓練された馬は、その性格もあるのだろうが従順でおとなしい。巨きな身体とは裏腹に瞳は穏やかで、最初は慄いていた真希も今では可愛いと思っている。

 宿の人や新右衛門に世話をされた毛並みは艶やかで美しい。人間は同じ哺乳類に親近感を覚え可愛いと思うように出来ているのだ。

 真希にもその気持ちは分かる。

「分かるんだけどさあ……」

 耕造は開き直って帰って来た。

「あんだよ」

「あんだよじゃないよ。その子、棄ててきたんじゃなかったの?」

「きゅ?」

 真希に指差された生き物は、耕造の左肩の上で小首をかしげた。

「可愛いフリすんなっ」

 首の痛みを思い出した真希が激昂すると、それは怯えて耕造の頭にしがみついた。可愛い。

「きゅきゅっ」

「おーよしよし。怖くない怖くないぞー」

 初めて聞く耕造の猫撫で声に、新右衛門は苦笑を禁じえない。

「耕造」

「新の字なら分かるだろ」

「捨ててらっしゃい」

「いやだっ」

 耕造は駄々っ子のように叫ぶと、それを抱き締めてその場にしゃがみ込んだ。

「嫌だじゃないよ。噛む動物なんか危ないでしょ。おまきちゃんの首をご覧よ。可哀想に」

「腹が減ってただけだ。俺が責任持って躾けるから!」

 必死に言い募る耕造は、どうやらそれの可愛さにやられてしまったらしい。ひとりと一匹でうるうるした瞳で見上げてくる様子は、完全に捨て犬を拾ってきた小学生の図である。

「生態も分かんない動物、どうやって躾けるのよ」

 真希もそいつを可愛いとは思うが、咬まれるのは嫌だ。

「見てろよ」

 その言葉を待っていたとばかりに、耕造がにやりとする。

インクルーシブ 多様な人を受け入れる


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