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ランチタイム

 新右衛門の意見に賛同した一行は、早々に宿を後にした。

 黒い毛、という特徴に警戒が必要だろうかと、ホテルの従業員にモフモフの飼い主がいないか訊ねることはしなかった。

 機転を利かせた新右衛門が、黒い小動物を見た気がしたのだが、あれはなんだったのだろうと質問してきてくれた。

 それは申し訳ありません。猫が入り込みでもしたのでしょうか。ですが黒というのは見間違いでしょう。黒い動物は魔族の眷属とされています。今後黒い動物を見たらお気をつけください。あれは血を啜り、人間を含む動物の肉を貪る魔物です。

 ということだった。

 悪い予感が当たってしまったわけだ。

 こんなに可愛い子を殺すのは嫌だ。

 真希の気持ちを察した新右衛門も、まあまだ子どもみたいだし、予定どおり街の外に棄ててこようか、と言ってくれた。

 真希の首は洗ってから救急セット内の傷薬を塗った。靴擦れには効いた気がした薬だ。包帯のせいで、ずいぶん痛々しい見た目になってしまった。実際には痛みはすぐ治まり、今は包帯の存在に違和感を覚えるだけの状態だ。

 重い荷物は馬に載せて新右衛門が引く。耕造がモフモフを隠し入れた袋を持って街を抜けるため関所を目指す。

 袋に入れた魔物、という話だ、嘘みたいだけど、はすぐにおとなしくなった。あまりにも静かだから、窒息でもしたかと中を覗きこむと、スヤスヤ眠っていた。現状を把握する能力がないのだろうか。

 やっぱりおばかわいい。

 関所を抜けると、また森が広がっていた。緑豊かな国である。街と村、人間が住む区域外は自然が広がっているのだ。


 暑さも寒さもなく、動植物も過ごしやすい環境だから、食べ物に困らない。まさに楽園、ユートピアだ。

 魔王、魔族、魔物、そんなものが存在しているのは、人間には適度なストレスが必要だからではないだろうかと、ふと思いつく。

 人間が努力することを忘れ、堕落してしまわないように創り出された魔王。


 街から出てしばらくすると、耕造がこいつ棄ててくる、と言って道から外れ、草木を掻き分けて森に入って行った。

 真希もこの隙にと新右衛門に荷物を任せ、耕造とは反対方向に向かう。もう二、三日は万全ではないからゆっくり進みたいと事前に伝えてあったから、新右衛門は軽く了承してくれた。

 川の水を使いたいから遅くなるけど心配しないでと言い置いたものの、急いで処置をして元の場所に戻る。

「あれ? 耕造はまだ?」

「うん。どこまで行ったのかな。迷ってたら困るから、そろそろ捜しに行こうかと思ってたところで」

「新さん方向音痴って言ってなかった?」

 二次災害が起こるやつだ。

「だからおまきちゃんを頼ろうかと」

「あたしもあんまり自信ないから、慎重に行きましょう」

 街道がすぐそこにあっても、こんなに木が生い茂っていては、戻って来られなくなる可能性がある。

 とりあえず声を掛けてみるかとふたりで息を吸い込んだ。


「耕造ー! そろそろ帰っておいでー!」

 真希が先陣を切ったら、新右衛門が続く。

「今日は耕造の好きなステーキを焼くよー!」

「ステーキはもちろん嘘だけど、さっき買った肉をパンに挟んで食べようよー!」

「耕造のぶんも食べちゃうよー!」

「なくなるよー?」

「ご飯食べないと大きくなれないよー?」

「やーいチービ!」

「うるっせえ! 誰がチビだ、おまえよりはでかいだろうがっ」

 出て来た。正確には怒鳴り声がした方向を見ると、木の向こうから耕造が姿を現した。

「もー。あんまり遅いと心配するでしょ。あのチビちゃんは逃がしてやったの?」

「……おう」

 言葉少に答えて視線を逸らす耕造は、もしかしたらモフモフとの別れを惜しんでいたのかもしれない。

 可愛い、と彼にしては意外なくらい素直な気持ちを吐露して見つめていたから。危険な動物だと知っても、殺すのは可哀想だと思う真希と同じくらいには心惹かれていたようだった。

「よし。お昼にしようか」

 新右衛門が明るく提案してくれるから、真希もそれに乗ることにした。

「そうしよそうしよ」

 昼夜朝、と街で買ってきたパンと総菜を食べて、明日の昼までに近くの村に到着する予定だ。

 これまでの道程で、地図の正確さは信じて良さそうだと寿明が言っていた。五人でスタスタ歩いていたときよりも少し遅いスピードを考慮して、野宿が一回必要だと計算した。

 仲間ふたりの地図を読む能力は当てにならない。これまでは寿明が頻繁に地図と現在地とを確認し、その作業に真希の意見も取り入れてくれていた。

 彼のあの行動はきっと、今のような状況まで想定していたためだ。

 真希が寿明に頼れない状況に陥ってしまっても、困ることのないように。はぐれても合流できる可能性を上げるために。

 だから真希は今、ほとんどひとりで判断しなければならない不安と戦いながらも、なんとか地図係をやることが出来ている。

(ありがとう、梶原くん。あなたのおかげです)

「お父さんみたい……」

 自分の寿明への感謝の仕方が、結婚式で読む花嫁の手紙のようだと気づいて、思わずひとりごちる。

「えっ私が?」

 心外そうに新右衛門が聞き咎める。

「違う違う。梶原くん。四人兄弟の次男って言ったけど、やっぱりお父さんだったかもと思って」

 常に冷静だけどどこか抜けていて、いつも真希を守ろうとしてくれていた。

 高校を卒業してから四年以上、存在を思い出すこともなかった。なのに、たったふつか離れただけで、彼がここにいないことに心細さを覚える。

 もっと素直に表現したら、寂しい、のかもしれない。

「寿明がお父さんかあ。じゃあ私たちは三人兄弟か。それならお母さんも必要じゃないかい」

「えー。あたし?」

 お母さん役か。何も出来ない、みんなに庇われるだけのお荷物なのに。

 そういうお母さんもありなのかな。男ばかりの家族で、お姫さま扱いされるお母さんもいいかもしれない。

「いいじゃないか。ここにいる間は、私たちは家族のようなものなんだから。お母さんが嫌なら妹にしておくかい。お兄ちゃんと呼んでも」

「新さん、セクハラ」

「何が?」

 家族か。

 確かに。知らない世界で、四人の仲間だけしか頼るものがない。真希ひとりだったら、泣くしかできなかった。城を出発することもできず、無理です、帰れないならここに置いてください、と梃子でも動かなかったに違いない。

 彼らが一緒でよかった。寿明以外は生きていた時代が違うが、それでも同じ日本人の常識を持つ彼らが一緒だと心強い。色素の薄い髪や瞳ばかりのこの世界の住人のなかで、黒髪黒瞳の彼らはそれだけで仲間だと思える。

 なんの役にも立たない真希を彼らが守り庇ってくれるように、彼らに何かあったら助けたいと思う。

 彼らは今、真希の家族だ。

「仕方ないなあ。お母さんて呼んでもいいよ」

 一番下の妹にされるよりはお母さんのほうがまだいい。

「呼ばねーよ」

 白けた顔で拒否する耕造も、反抗期真っ最中の息子だと思えば可愛く見えてくる。

「そうなのー。耕造ちゃんは嫌なのねえ」

 暖かい目で煽ってやると、青筋を立てた耕造が手元のパンを一気に口に押し込んで立ち上がった。

「気持ち悪りい言い方すんな。クソしてくる」

「ひとがご飯食べてるのにそんな言い方しないでよ!」

「時間かかるからゆっくり喰ってろよ」

 耕造は背中を向けたまま言い置くと、森の中に分け入ってしまった。

 その後姿を見送ってから、真希と新右衛門は顔を見合わせて笑った。

「耕造、ちょっと嬉しそうだったね」

「ね」

 帰らなくてもいいかも、とつぶやいていた耕造の顔を思い出す。他の四人はそういうわけにはいかないが、あのときは多分みんな同じことを考えていた。

 家族の縁が薄い耕造に、今だけでも楽しく過ごしてもらいたい。

 毎日同じメンバーで食卓を囲んで、内容のないくだらない話で笑い合って、同じ部屋で眠って、それぞれの苦手分野を補い合って生活する。

 上から目線のつもりはない。ただみんな耕造のことが好きになったから、そうしたいと思っただけだ。好きなひとが楽しい時間を過ごすことを、当たり前に願っただけ。

 早喰いの耕造の言うとおりゆっくりと、固めのパンを噛んで食事を進めた。

 食べ終わってしまっても耕造は帰ってこない。

 あれリスかな。リスは本でしか見たことないな、どこだい? なんて長閑な会話をしながら待つも、帰ってくる気配がない。

「遅いな」

「遅いね。お腹壊してるのかな」

「ちょいと様子を見てこようかね」

あれ? 昨日月曜日(投稿予定日)? と気づいて慌てる火曜日の夜…

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