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ペルソナ ~1882年生まれ男性 Ⅱ~


 一旦治まった痛みは、夕方にぶり返しそうな気配を出してきた。

 夕食後、真希が少しひとりにしてほしいと頼んで部屋に戻ったら、見覚えのある錠剤がベッドサイドに置かれていた。

 また黒髪の女性が持ってきてくれたのだろう。

 ありがたく呑み、効き目が表れるのを待ちながら微睡むことにする。

 ふたりは少し飲んでから部屋に戻ると言っていた。戻って一緒に飲みたい気持ちはあるが、今アルコールを摂取したら吐く自信がある。

(ふたり飲み楽しんでるかな。でもあのふたりってどんな話するんだろ)

 生まれ育ちが真逆なのだ。

 生さぬ仲の両親に長年虐げられたためか、常に斜に構えたような耕造。

 裕福な暮らしにより出来上がった飄々とした性格の新右衛門。

 五人でいるときにはあからさまに態度には出さないが、時折互いに敬遠しようとするところが見える。仲良くできてるのかな。

(………………)

 ……………………

「やあ、ごめんね。起こしちゃったかな」

「いいえ。目覚めさせてくれてありがとう」

 もう少し遅かったら、彼らと目を合わせられないところだった。原因は、少しの罪悪感とその他色々。

「うん?」

「なんだ、さっきより元気そうだな。もう寝るか」

「まだ早いかな。ふたりともその瓶、今から飲みたいんでしょ」

 ワインの瓶やグラスが載っているワゴンを部屋の外で受け取ったのだろう。耕造が押しながら入ってきたのだ。

「おまきちゃんの邪魔にならないなら」

 いくら広くても、三人同じ部屋は窮屈な気持ちになる。ましてや異性と同室は疲れる。

 かといって、ひとり別の部屋で心細い思いをするのは嫌だ。仲間といえるひとの姿を見れば、独りじゃないと思うことができる。

「大丈夫だよ。あたしもお茶飲んで話したい」

「おーし。明日は予定ないしダラダラしようぜ」




 ああ、おまきちゃんは寝台に座っていたらいい。机をそちらに寄せよう。

 何も気にせず楽にしているといいよ。こう見えて私は既婚者だからね。耕造も結婚を考えた彼女がいたという話だし。

 あの奥手なふたりとは男の格というものが違うのだよ。

 ふふ。笑う余裕ができたならよかった。

 女性(にょしょう)は本当に大変だよねえ。

 妻から月のものが辛いという話は聞いたことがないが、懐妊中はずっと体調が悪くてね。

 何ヶ月も床に伏して、桶を抱える姿を見られとうないと言って、夫の私も遠ざけられていたものだよ。

 そうなると、男には何も出来ない。

 おっと。やる気はあるんだよ。おまきちゃんも、して欲しいことがあればなんでも言っておくれ。

 添い寝でもなんでも……覚えているよ、せくはら厳禁、だったね。

 私の妻はねえ、私には御家の跡継ぎとしての務めしか求めてくれないから。

 御家の跡継ぎとして商売(あきない)に精を出し、御家の跡継ぎとして妻に子を産ませ、御家の跡継ぎとして問題を起こさないために妾を持てと。

 ん? そうだよ。妻に(おんな)を当てがわれたんだ。

 そりゃあね? 結婚前は多少は羽目を外したこともあるよ? 

 でも親が決めた相手とはいえ華族のお姫様をお迎えするんだし、そのお姫様はたいそう美しい方だ。大切にして差し上げようと、結婚当初は私なりに身を固める決心をしたわけだよ。

 お姫様も同じ気持ちなのだろうと思ってたよ。あきんどの息子の嫁になど、という嫌悪は微塵も見せぬし、私が帰るといつも微笑んで出迎えてくれていたんだ。

 所帯を持つのも悪くない、私たちは幸せな夫婦だと、思っていたよ。

 祝言から間もなく懐妊が分かって、これからますます頑張らねば、お身体のことも気遣って差し上げなければと、普通の夫らしいことを考えていたんだよ、私は。

 ところがだ。

 懐妊判明からどれくらい経った頃だったかな。悪阻がだいぶ治まった頃の、とにかく夜だよ。夜いつものように寝間に行くと、腹の大きな妻の隣に、彼女が実家から連れてきた小間使いの娘が座っているんだ。

 なんと言われたかはもう覚えていないよ。どうでもよくなってしまってね。笑って妻の言うとおりにして差し上げたさ。

 私は裕福な家の坊々かもしれないが、ただのあきんどだよ。そんな男が大奥のようなものを用意されて、どうすればよかったのかな。

 馬鹿にするなと、妻を怒鳴れば良かったのか。

 でもね、彼女はこれが最善で当然だとでも言うようなお顔をしているんだ。

 結婚前の私の行状を聞き及んでいらしたのだろうよ。外に妾腹の子をこさえられるよりはと考えられたのかな。それとも華族の御家では、夫の相手が出来ない間は別の女を充てがうのが妻の務めと教えられるのか。

 耕造が言ってただろう。帰れなくても構わないって。

 少しだけね、その気持ちが分かるんだよ。

 新右衛門という名の男ではなく、夫という記号に仕える妻は、私が居なくなっても困らないし悲しまないんだろうなと考えてしまうとね。

 今頃妻は、何処ぞで女遊びでもしているのかしらと微笑んで首を傾げているんだろうな。淋しいなんて少しも思ってはくださらないんだろうな。娘は可愛いが、幼すぎて父の顔もろくに覚えていないだろうしな。

 そんな想像しかできないんだよ。




「あはは。やっぱり君たちは泣いてくれるんだね」

 ジャパレンジャー、全員一致で泣き上戸。みんなで泣けば恥ずくない。

「なっ、……っ泣い、てねーし」

「……よこしまな妄想の題材にしてごめんなさい……」

「よこしま?」

「新さんのそのチャラい性格はそうやってつくられたんだね」

 チャラ男うざっとか思ってごめんなさい。

「ごめん元から」

「元からかあ」

「結婚を機に変わろうと努力はしてみたけど、頑張る理由が分からなくなっちゃって」

「変わらなくていいだろ、そんな嫁のために。おまえは悪くない!」

 ワイングラスをテーブルに叩きつけて耕造。それワンカップじゃないから。割れるから気をつけて。

「新さんにも色々あるんだね」

「な。苦労知らずのボンボンがとか思ってたけど」

「そっかあ。そうだよね。結婚はゴールじゃなくてスタートだもんね」

 産休前の先輩がそんなことを言っていた。

 新右衛門は遠い目になり、立てた片膝の上にグラスを持つ腕を乗せた。手脚の長い美形はどんなポーズをしても絵になる。

「ね。みんな色々あるよねえ。寿明も色々あって色々考えてるんだろうねえ。警戒している私なんかに大事なおまきちゃんを託して行くなんて」

「ごめんね。梶原くんの代わりに謝るよ。彼ね、責任感が強いから、アホな同級生を無事に連れ帰ってやらなきゃって思いつめてるの」

「大丈夫、分かってるよ」

「いや、それはそもそも先に行こうとしたおまえらが悪いからな。なんだってあんな話になったんだ」

「ああ。耕造はまだ寝ていたんだっけ。久道がね、夢を見たんだって」

「「夢」」

 思いがけない単語に、真希と耕造は打合せなしでハモってしまった。

「そう、夢」

「はあ」

「脱藩、って君たちは分からないんだっけ。簡単に言えば家出かな。久道の時代では切腹を命じられてもおかしくない重罪なんだよ。彼が居なくなったことで脱藩を疑われ、当主であるお兄さんがお殿様に責められる夢を見たんだって」

 それで早く帰らねばと思いつめてしまったのか。

「でもそれ、夢だろ」

「耕造、君が言ったんだろう。壬午は異常干支だと」

「言ったけど」

「霊感が強い、先見の明がある、だったね。久道は、心当たりがあるそうだよ」

 新右衛門の思わぬ言葉に、真希はまたたいた。

 正夢、予知夢。そんな呼ばれ方をするものを、あの武士が視たというのか?

「え。武士が??」

 思わず正直な感想をつぶやいてしまう。

「似合わなくね?」

 真希と耕造は多分、一番感性が近い。

 久道は剣の達人という話だ。そんな超常的な能力は必要ないと思うのだが。

「似合うひとってどんなひとだい。今朝起きたとき、彼はひどく狼狽していてね。一刻も早く帰らねばとあまりにも言うものだから、私とふたりで早駆けしようかと提案したんだ」

「俺らを置いて?」

「そんなことはしないと言っただろう。偵察くらいのつもりだったんだよ。全員でゆっくり進むよりも、先に行って魔王を実際に見ておけば、作戦も立てられるし」

「寿明はそうは思わなかったみたいだぞ」


「だねえ。彼、多分私のこと嫌いだよね」

「男は大体おまえみたいなのは嫌いだろ」

「顔良し金持ち身長高い頭もいい」

 真希が指折り数えると、耕造がうなずく。

「喧嘩もできるんだろ。イヤミだよな」

「褒められてるのかな」

「俺もフツーに嫌い」

「ハッキリ言うねえ」

「別にいいだろ。女には好かれるんだから」

「だって。おまきちゃん」

「ごめん、あたしもチャラ男は嫌い」

「嫌われ者か!」

 大袈裟に嘆く新右衛門をふたりで笑う。

「有能で優しい新さんは好きだよ」

「おや、嬉しいことを」

「うん、だからチャラ男は嫌いって言ったよね。すぐ近寄るのやめてよ」


 新右衛門をどかして真希との間に割り込みながら、耕造がワイングラスを掲げる。

「俺もすげえとは思ってるよ。俺ら三人で、すぐにあいつらに追いついてやろうぜ」

「よーし。頑張るぞー」

 真希も陶器のカップを持ち上げて、ふたりのグラスにそっと触れさせた。

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