スプリット
「え。え、ちょっと待って。ふたりでこのまま魔王城まで行っちゃうってこと?」
混乱しているのは真希だけだ。
寿明も耕造も無言で、新右衛門が子どもに言い聞かせる口調で説明する。
「そうだよ。君たちも、そのほうがいいだろう」
「どういうこと? みんなで行くんじゃなかったの?」
「おまき」
「どんな話をしたの? 梶原くんと耕造は納得したの?」
「おまき。聞け。やはりおなごには無理だ。寿明と耕造も、武術の心得などないだろう」
今回真希が動けないと言ったせいか。身体的不利を申告してしまったから、彼らはその事実を再認識してしまったのか。
だから、足手纏いを置いていくことにした。彼女ひとり置いていくのは後味が悪いから、ついでにもうふたり、武器を扱えない者を置いて行くと。
「私たちふたりなら、馬でひとっ走りしてこれる。久道は剣の達人だし、私も多少の心得はある。魔王の顔を拝んで、可能ならそのまま斃してこようってね。元の世界に戻るための魔法具とやらを確保できたらここに使いを出すよ。それからすぐに来たらいい」
「そんなの」
魔王を斃したらその場にいる人物が自動的に帰ってしまうとかだったら困る、という話になったではないか。その場合、真希たち三人は帰る手段を失ってしまう。
魔王が強すぎて、返り討ちにあってしまったら? 久道と新右衛門はゲームオーバーだ。ふたり抜きで魔王を倒せるとは思えないから、三人はやっぱり帰宅できない。
これはゲームではないのだ。やり直しはきかない。最初から全戦力で臨むべきなのに。
「帰れなくなるかも、と心配かい? それなら寿明も連れて行こうか。彼ならおまきちゃんを見捨てたりはしないだろう」
そんなのは嫌だ。
真希は無意識のうちに、隣に立っている寿明の袖を掴んだ。掴んだ、と自分で気づいて、そのまま彼を見上げて目で訴えた。
置いて行かないで。
同じ時代から来た寿明がいたから、不安を押し殺してここまで来られた。
この世界に来てすぐ手を握って励ましてくれた、片時も離れず守れるようにと下手な芝居までしてくれた。
彼がいなかったら、こんな状況に耐える自信はない。
寿明は真希を見下ろして、縋りつく手にそっと手を添えた。
そして、彼女の手を優しく外した。
「そのほうがいいかも。怪我したときの医者役としてついて行こうか」
「っかじわ」
「でもその場合、新さんは居残り組よろしく」
淡々とした口調と表情の寿明に、新右衛門がまたたく。
「あれ。そうなる?」
「なるでしょ。僕は武道系は専門じゃないから分からないけど。ひーちゃん、新さんと共闘するのと、見様見真似で怪我の手当てができる僕がいるのとではどっちがやりやすい?」
「……ふむ。戦える人間が多いに越したことはないが」
「ちなみにこの先新さんとふたり旅になったらね、このひとが毎晩消えるならともかく、朝起きたら部屋に知らない女の人がいるとかって状況に」
「寿明、行くか」
想像してしまったらしい久道が焦ったように寿明の腕を掴む。
いつの間にか会話の主導権を握っている寿明が、眼鏡を押し上げながら宣言する。
「そういうわけなんで」
話の流れに、あれえ? と新右衛門が首をかしげる。
「三人で行く、では駄目なのかな」
「否定はしないのかよ」
他人事のように耕造が口を挟む。彼も置いて行かれようとしているのに、ずいぶん冷静だ。
「今、僕と北村さんは意見の相違により、距離を取っています」
「そんなこと」
そんなことはあったが、そんな理由で? 昨日までは確かにそんな空気にしてしまったが、ついさっき、優しく気遣ってくれたのに。
仲間割れしたときのために誰かひとり、味方になってくれる武闘派が欲しい。
彼の考えに反発して、三人のなかに特別を作らないよう意識してきた。それが気に入らなかったのだと、彼は言っているのか?
「本格的に喧嘩しちゃったらみんなの迷惑になるから。でも北村さんを守ってくれる人物がいないと不安なので、新さんにお願いしたいなと」
「っ…………」
そんな言い方をされたら、真希は何も言えなくなる。
「やっぱり魔王討伐はひーちゃんの腕にかかってると思うんだよね。でも剣術指南役といっても、実際の戦経験、ないんでしょ」
「……ないがしかし」
「うん。ひーちゃんは敵を前にしたらやってくれると信じてるよ。だから、敵の前までひーちゃんを心身ともに万全の状態で連れて行くのが僕らの仕事かなと思ってる」
「それなら私のほうが」
「別にそれでもいいんだけどさ。新さん、方向音痴だよね」
「おっとバレてた」
「ひーちゃんはそもそも地図なんかほとんど見たことないんでしょ」
「江戸から出る機会がなかったゆえ」
「ふたりで行ったら駄目でしょ、どう考えても」
久道と寿明がふたりで行ってしまう流れになってしまった。
真希は一緒に行きたくても、薬で誤魔化している痛みを無視して出発する自信はない。
「うーん」
「僕乗馬はできないけど、長距離走は苦手じゃないんだよね。馬に乗るのはひーちゃんと荷物、僕は並走するよ」
「……苦手じゃないって?」
高校のマラソン大会で寿明が活躍していた記憶はないが。
「高校時代は上位二十パーセントに入ってたくらい」
「微妙……!」
「苦手ではない、って言ったろ。人間を乗せた馬の持久力に負けるほどではないはず」
「あたし十四位だった」
「威張れるほどの成績じゃないね。多分僕のほうが速い」
「寿明、ちなみに見様見真似の治療というのは?」
「怪我の治療なんて、止血、縫合、はめる、固定、くらいでしょ。内臓さえ無事ならなんとかしてあげられるだけの知識はあるけど、臨床経験に乏しいって意味」
「……怪我はせんよう気をつけよう。分かった。それでいこう。元より偵察が主な目的だ。拙者とて、無策で戦いに挑むつもりはない」
「見てくる、可能ならその場で倒す、無理なら後続の三人を待って作戦を練る、と」
新右衛門が旅立とうとするふたりを眺め、次いで真希と耕造を見てしばし考える。
「……妥当な作戦かな。我々はおまきちゃんの体調を見て後を追おう」
これは決定事項なのか。
足手纏いの、何も出来ない真希は意見を出す権利はないのか。
「北村さん、早く帰らないとまた来月も同じ苦しみを味わうことになるよ。一ヵ月以内に帰ろう。そのために、今二手に分かれることは間違ってないと思う」
そんなに大袈裟にしなくていい。病気じゃない。時間が経てば治る。
言いたいが、寿明が気にしているのはそれだけではないのだ。
この短期間で風邪、腹痛、生理痛、とひとりずつ具合を悪くしてきた。時間が薬になる不調ばかりだったが、これからも同じだと楽観視するのは危険だ。
医療技術が確立されていない世界では、現代では軽視されるちょっとした怪我や病気で命を落としてしまう。
くちびるを引き結ぶ真希を、寿明が引き寄せた。
(ん?)
「もが」
想定外の出来事に、うっかり変な声を出してしまった。
「北村さんを置いて自分だけ帰るなんてことは、絶対にしないから。待ってて」
「? ??」
状況が読めない。夫婦設定は終わったはずなのに、なぜ真希は、寿明に恋人のように抱きしめられているのだ。
「寿明くん、それどういうこと〜?」
新右衛門が冷やかす口調で真意を訊ねる。それは真希も是非聞きたい。
何これ。セクハラじゃね?
「新さんと耕造を牽制しただけ。ほぼ夫婦は嘘だったけど、僕らこういうことなんで。北村さんのことよろしく」
淡々としているが、寿明は真剣だ。真剣に、真希と自分が無事帰ることだけを考えている。
真剣だから、久道と新右衛門、先行すると言い出したふたりを信じるリスクを回避したかった。
「つまり寿明は、私たちがふたりだけで帰ってしまうと疑っているわけだ」
揶揄する新右衛門は、違うとでも言うのだろうか。真希もふたりのことを疑った。
彼らには帰らなければならない確固たる理由がある。遅々として進まない旅路に焦れてもおかしくない。
「どう考えてくれてもいいけど。これが適材適所かなとは思ってる」
ふたりはそれからすぐにホテルを出発してしまった。
そのふたりと一頭の背中に向かって、真希は別れの言葉を投げつけた。
「気をつけてね! 無理しないでよ。二十日以内に再会できなかったら、梶原くんの過去をふたりにバラしておくから!」
さすがに気になるらしく、寿明が嫌な顔をして振り向く。
「……えっと。だからそれ、どの話」
「梶原寿明失恋、高二の夏」
「暴露してんじゃねーよ! さすがにキレるぞ!」
いつも冷静なサイコ眼鏡に怒鳴られた。
打合せなしにセクハラなんかするからだ。このくらい、は厳禁だって先輩が言ってた。
「二十一日後にまた会おうね!」
「二十一日後まで元気でな!」
新右衛門と耕造が笑顔で手を振ると、久道が任せろとばかりに拳を掲げ、今度こそ振り返ることなく遠ざかって行った。
スプリット 分割、分離




