人生の退職代行会社と神様の仕事(3)
「山下さん! タオルはちゃんと畳んでよ! 一ミリずれているじゃない!」
お局の怒号が飛んできた。お局の目は吊り上がり、顔は真っ赤。全身全霊で「今の生活は不満で仕方ない!」と訴えているようだ。
現在、亜由子は一人暮らし中だったが、転職は上手くいかず、飲食店でバイトをしていた。飲食店は地元ではそこそこ有名な老舗寿司屋だった。客層は確かに良いが、裏は地獄だった。地獄の番人のようなお局と二人で皿洗いをしていたが、些細な事で注意された。
他の大学生バイトも同様だ。大学生バイトによると、お局は二十代で結婚後、三十年近くここで皿洗いのパートをしているらしい。しかもオーナーのコネ入社。パートでもなかなかクビにできないらしい。大学生バイトは「あそこまでくるとお局っていうより呪縛霊」と評していたが、亜由子は全く笑えない。
呪縛霊化しつつお局だったが、時給は最低賃金に毛が生えた程度。長く働いても時給はさほど上がらないらしい。そして仕事も単調。何のスキルアップもない。何も歴史に残らない仕事。毎日毎日同じ事を繰り返す。お局は日に日にイライラを募らせ、バイトやパートに八つあたり、現在に至る。
仕事の本質的でない指摘ばかりだ。正直、タオルが綺麗に畳まれていなくても、客に出すものでもないので、誰も困らないが、お局的には重要ポイントらしい。お局という人種は細かい部分をダイヤモンドのように大切にしていた。亜由子も様々な職種や仕事をしていたが、これだけはどこに行っても同じ。
「ちょっと、何? 山下さん、その反抗的な目は!」
「すみません」
「すみませんって何よ! 私が悪いみたいじゃない!」
お局には何を言っても無駄らしい。お局の声でキンキンする耳を無視しながら、ロボットのように仕事を続けた。
この呪縛霊化したお局は祓えるだろうか。「正社員になって一生安泰」宗教に入れなかった人は、呪いを受け、呪縛霊になるのだろうか。仕事が終わり、アパートまでの帰りの道もお局の釣り上がった目や怒号を思い出し、亜由子の眉間の皺は深くなる一方だった。
確かに「正社員になって一生安泰」宗教は一日八時間以上の修行もあり、税金というお布施も高いが、怨霊化防止の為には一定の効果はあるのか?
「ただいま」
そんな事を考えながら、一人暮らしのアパートに帰り、電気やエアコンをつけ、適当に部屋着に着替えた、クレンジングシートで雑にメイクを落とす。確かに正社員の時はブランドもののクレンジングオイルで丁寧に落としていたが、今はドンキホーテで五百円で買ったクレンジングシートを使っていた。鏡を見ると、新しいシミを発見し、労働が終わった後でも憂鬱だ。
一応、転職サイトを見ながら適当に気になる求人をピックアップしていくがやる気が出ない。
このまま退職代行を使いながら仕事の輪廻転生を繰り返す未来は安易に予想がつく。
今のバイトのような最低レベルの非正規職の地獄に住むのだ。地獄の呪縛霊お局にドヤされながら、せっせと今世の業を解消し、蜘蛛の糸が垂れてくるチャンスをひたすら待つのみ。
あるいは仕事の輪廻転生を繰り返し、ついには成仏も難しくなり、福祉や社会資源を食い潰す浮遊霊予備軍になる。地に足つけず今世を彷徨い続ける。
安易に退職代行を使ったカルマの重さに気づき始めたが、もう遅い。転職サイトを見ていても、年齢制限で応募できな職種も増えてきた。
「やっぱり『正社員になって一生安泰』宗教に入信し続けるべき?」
そんな疑問を口にするが、もちろん答えはない。
「ま、テレビでも見るか?」
ついに転職サイトを見るのも辛くなり、テレビをつけた。平日の夜らしい暗いニュースが流れていた。カルト宗教の二世や信者たちの苦悩のドキュメンタリーで、亜由子はテレビをつけた事に後悔した。
それでも怖いものみたさでチャンネルが変えられない。カルト信者でも高学歴が多いそうだ。学校のテストはある意味全部正解がある。答えがあらかじめ用意され、それを守るだけのカルト宗教は高学歴と親和性が高いと専門家が指摘。
カルト信者のインタビューも流れていたが、騙されている自覚はあるようだ。それでも辞められないのは「自分で考えなくて良いから」らしい。一度NPO法人などの助けでカルト宗教を脱退できても、また似たようなカルトに騙されてしまう。比較的まともな伝統宗教に行っても、教義を上辺だけ守るだけになったと言う。
「そう、自分の頭で考えてみるって大事ですね。これが宗教に騙されない一番のコツです」
カルト信者のインタビューはそんな言葉で締められていた。
亜由子は全く笑えない。「正社員になって一生安泰」宗教も、思考停止しても、答えは勝手にくれるから、抜け出せない事に気づいてしまう。そしてこの宗教から脱退できたとしても、別の宗教に改宗したとしても、無神論者になったとしても、同じ事を繰り返すような気がする。
焦りながらまた転職サイトを読み漁るが、新しい職場を得ても、何が変わるのか分からない。どうやら今は、輪廻転生を繰り返し、成仏できない幽霊になる未来が濃厚。地獄のような場所で呪縛霊お局からドヤされる未来も現実的だ。今、積んでいるカルマは相当重いのだろうか。
「あ、でも。そういえば……」
亜由子はある事を思い出す。あの退職代行会社の噂だ。確か今は終活サービスも手を出していたが、自殺幇助にあたるようなサービスも発表し、ネットで炎上。各方面から叱られ、そんなサービスは無期限停止になっていた。アンチも多い。
ただ、ネット上では自殺幇助サービスを熱望する声も少なくない。特にメンタルヘルスに問題ある界隈や安楽死賛成派界隈などは、このサービスを熱望し、署名運動など熱心に行っていた。
亜由子はそのサービスを何とか利用できないものかと考える。このままだと高確率で地獄か呪縛霊化するだろうし、自分にあう転職先を探すのも疲れてきた。だとしたら、人生そのものから退職し、異世界転生でもした方がコスパがいい。昨夜は異世界転生アニメを見た。今世ではブラック企業勤めのOLだったが、トラックに撥ねられて転生した後は、異世界で日本食を作って王子様にチヤホヤされ、天国のような暮らしをしていた。仕事の輪廻転生のループ&ループを断ち切るのには、今世を終わらせる事が一番近道?
あの退職代行会社の噂をSNSで調べると、自殺幇助サービスは特別ルートで使えるらしい。社員と親しかったり、縁があったりすると、コネでいけるらしい。また、この会社で退職代行サービスのヘビィユーザーになり、会員ランクも最高に達すると、会社から人生の退職案内がくる噂もあった。
現在、亜由子もこの会社で退職代行サービスを使う倒し、会員ランクも最高ランクに入っていたはずだ。今のところ何の案内もなかったが、あと一回退職代行サービスを使ったら、何かが変わるか?
ちょうど呪縛霊化したお局にウンザリとしているところだった。そろそろあのバイトも辞めようと考えているところ。
亜由子はすぐにあの退職代行サービスのトークアプリから、今のバイトを辞めた旨を送った。すぐに既読になり、担当の過越安息という社員から手続き開始のサービスが始まる連絡も入った。お金も振り込み、いつものようにサービスが滞りなく終了した、その時だった。
過越安息からパソコンの方にメールが送られてきた。今回でシークレットランクのプラチナ会員になったというお知らせだった。特典は後日、自宅に郵送されてくるらしい。
「特典って何よ?」
それはまだ不明。亜由子が望むような人生の退職代行サービスかは、まだわからなかった。




