ん?セリフは完璧だとおもうけれど
「ふう……」
昼の第三食堂でルカはいい笑顔だった。ツンデレのセリフ語録とやらを早速使ってみたのだ。
普段張り付けた仮面とは少し違い、達成感をにじませる様子をジョーだけが判別できていた。
「あの……全然出来ていないかと」
ジョーは苦言を呈した。
今朝のあれではただの不機嫌な人である。
「ん?セリフは完璧だとおもうけれど」
確かにあのセリフを赤面しながらレオ・ギルベルトが言ったならばまごうことなくツンデレだっただろう。
そもそもが気心の知れた人間同士の信頼関係で成り立つのがツンデレなのではないだろうか。
現にあの時のメアリ・ジェーンの表情からみるに明らかに引いていた。
ジョーは残酷な現実をルカに突きつけるべきか迷い、その言葉を呑み込んだ。
かわりに会話の矛先を逸らす。
「そもそも、なぜメアリ・ジェーンなのです?彼女、関わりないですよね?」
ジョーが知る限り入学してからルカとメアリは会話はおろか、すれ違ってもおらず、ルカが一方的に知っているだけなのが気にかかっていた。
彼女の家は子爵家だし、ルカは伯爵家で、特に政略結婚を目論んでるというわけでもなさそうだ。
「ああ、彼女とはね、幼い時に僕が命を狙われたことがあってその時に出会ったんだよ」
ルカは遠い目をして、目の前のボロネーゼをフォークでくるりと巻いた。
上品な仕草で口に運び、ナプキンで口元を押さえる。
はらりと彼のくるりとカールのついた金髪が目元にかかった。
それを無造作にかきあげた仕草にも色気が滲む。
「彼女と出会ったのは街中でね、逃げ延びてぼろぼろで汚い僕になんの見返りも考えずに手持ちのサンドイッチを与え、家の者に連絡をとる手伝いをしてくれたんだ」
あの時ルカは外出時の家紋のついた馬車を襲われ、身を挺して逃がしてくれた護衛の身を案じながら、雨の中見知らぬ街の中を身を隠しながらさまよっていた。
その時にお忍びのように簡素なワンピースで現れ、ルカのしゃがみこんでいた階段下に姿を現したのがメアリだった。
当時はメアリの名前も知らなかったし、メアリもルカのことをどういう人物かなんて知らなかった。
「ほっといてくれと、冷たく突き放したのだが、それにもかかわらず寄り添ってくれたやさしさに絆されてしまってね」
あのあとメアリの馬車の家紋を覚えていてめちゃくちゃ調べて諜報の力も使って素性を割り出したのだ。
メアリの出席するお茶会を調べては参入し、さりげなくメアリに話しかけたものの結局メアリは自分に気が付きもしないし、彼女の友人とばかり話していたのだ。
「僕も結局あの情けない姿を僕だというのもためらわれてメアリに打ち明けられなかったのだよ」
結局ルカの周りに群がるのは、ルカの容姿と伯爵家という家格に群がる女達ばかりだった。
侮蔑を笑顔の仮面で隠しそつなくいままであしらってきたのだ。
「そうなのですね」
ジョーは思った。
幼い頃のルカのツンツンした態度がメアリの心に刺さって親切にされたのではないかと。
けれどそんな友人の夢を壊す一言、とても自分には言えない。