第8話 幼馴染が完全に病んでいた
おにぃ立ち入り禁止という貼り紙。
瑠璃の部屋の扉には、兄である紫音の侵入を防ぐための警告文が貼られていた。
高校では書道部に所属している瑠璃。
毛筆で書かれた「おにぃ立ち入り禁止」という文字だが、書道部のものと思えないほどの丸文字だ。
今日もいつも通り紫音の侵入を拒んだ瑠璃は、兄の視線が外れている隙に自分の部屋に入る。
「おにぃは入っちゃダメですからねっ!」
勢いよく扉を閉め、息をなでおろす。
――危なかったぁ。
部屋を見回す瑠璃。
壁一面に紫音の写真が貼られ、ベッドの上には複数のおにぃ抱き枕が置いてある。自分で制作した紫音のポスターは、部屋に入って最初に目に入る位置に掲示してあった。
部屋の鍵をかけ、すたすたベッドに近づく。
そして――。
「ぷはぁ」
思いっきりダイブ。
瑠璃が飛び込んだベッドの上には、紫音のパンツとタオルが……。
「おにぃ……おにぃ……おにぃ……」
パンツに顔をうずめて兄の呼称を繰り返し呟く瑠璃。
足をパタパタと動かし、顔の筋肉を脱力させる。
そのままごろんと寝返りを打つと、ベッドから落ちてしまった。
「いたぁ」
涙目になりながら痛がるも、両腕にはしっかりと紫音のパンツとタオルを抱きかかえている。
これこそ、瑠璃が絶対に兄を部屋に入れない理由であり、兄には見せていない裏の姿だった。
猫山瑠璃は単なるブラコンではない。
狂気のブラザーコンプレックスである。
***
瑠璃がいつものように自室にこもってしまったので、俺は洗濯物を取り込む作業に移る。
何年も家事をしているからか、家事スキルはそれなりに高くなっていた。一人暮らしをすることになっても、問題なくやっていけるだろう。
「あれ?」
洗濯機から自分の衣服を取り込んでいる最中、昨日使ったパンツとタオルがないことに気づいた。
母、父、妹の分の洗濯物は全て取り込んだので、あとは俺のパンツとタオルだけ。
たまにあるんだよなぁ、これ。
俺の服だけがなくなっている、不思議な現象。
そして、その翌日に洗濯機から出てくる。
隙間に入り込んでいるのかと疑って洗濯機まわりを隅々まで確認してみたこともあったが、何度確認しても見つからなかった。
これは誰かが意図的に俺の衣服だけを回収していることが考えられるが……そんなことをして何になるんだろうか。
んー、考えてもわからん。
結局は洗濯機に戻ってくるわけだし、そこまで気にする必要もないのかもしれない。
だが、ある意味これは怪奇現象だし、そういうテレビ番組に連絡すれば喜んで取材に来てくれるかもしれないな。
俺のパンツをテレビで公開されるのは嫌だけども。
「まあいっか」
正直に言うと恐怖でしかないが、危害を加えられているわけじゃないので大丈夫だと思う。
よし、これ以上気にしないぞ。
「なあ、紫音。実はオレたち、お前に言わなければならないことがあるんだ」
翌日。
朝のホームルーム前に、真剣な顔で紅輝が話しかけてきた。
その隣には茶夏丸もいて、どこか気まずそうな表情をしている。
「急にどうした? 結構ヤバい感じ?」
「そうだな。結構ヤバい」
紅輝がそこまで言うとは。
相当深刻な問題に巻き込まれているに違いない。親友として、ここは手を貸してやらない選択肢はない。
「なんでも言ってくれ。覚悟はできてる」
「いやその……犬飼の件なんだが……」
「ああ、そのことか。それで、告白は成功したのか?」
そういえばそうだった。この二人が告白すると言ったから俺は緑子のことを諦めたのだ。
「実はあれ、嘘だったんだ。なかなか告白しようとしないお前の背中を押すための」
「……ああ、なるほど」
親友の言葉を疑うなんてことはしない。
茶夏丸も首が取れそうなくらい頷いている。
「その作戦が裏目に出ちゃったみたいで、こんなことになってしまったわけだけど……紫音、犬飼さんのことを諦めるなんてもったいないよ。だから――」
「いや、もういいんだ」
「「――」」
「二人は気づかせてくれたんだと思う。ずっとひとりの女の子に執着してないで、いろんな意味で視野を広げて歩き出すことの大切さを」
「いやいや、そんなことを悟らせるつもりなんてなかったって。てか、新しい好きな人でもできたのか?」
紅輝が焦った様子で聞いてきた。
「そういうわけじゃないけど、長年の恋を諦めたら、新しい世界が見え始めたっていうか――」
「マジか……」
二人とも絶句していた。
俺が緑子のことを諦めるきっかけを作ったのは二人だ。だが、二人が責任を感じる必要はない。
「ありがとな、俺が変わるきっかけを作ってくれて」
「「……」」
それから数日、緑子と挨拶くらいは交わすものの、直接的な関わりは持たない学校生活。
3日もすると、緑子を学校で見かけなくなった。
1週間がたち、まだ学校を休んでいるという緑子。溜まっているプリントを押しつけられたので、しかたなく緑子の家のチャイムを鳴らした。
「紫音です。プリントを届けにきました」
ガチャ。
玄関の扉が開く。
「……紫音……紫音……紫音……」
そこには、目の奥の光が消えた緑子の姿があった。




