第6話 美人な先輩に首を舐められた
昼休みはあの淫乱教師に捕まったが、放課後はいつも通りの部活だ。
基本的に平日は毎日部活に行っている。
2年1組の教室がある本校舎から出て、体育館を通り過ぎ、文化部の部室棟に向かう。
顔見知りになった他の文化部の生徒と軽く挨拶をしながら、端っこの狭い部室に入っていった。
「失礼しまーす」
ガラガラと扉を開け、先に来ているであろう先輩に向けて挨拶する。
案の定、鹿内先輩は机の上に将棋盤を出して、すでにセッティングを終えていた。
今日は将棋の日らしい。
月に数回、不定期でやってくるからな、将棋の日。
「ずっと待ってたよ、紫音くん」
「ホームルームが長引いたので」
「先生のせいにするの?」
「そうですね。担任の兎川先生が悪いです」
帰りのホームルームで椅子取りゲームを始める教師なんてそういないだろう。しかも高校で。
ちなみに、俺は1番最初に脱落した。
「人のせいにしちゃうんだ。紫音くんは悪い子だね」
鹿内先輩はミステリアスな笑みを浮かべながら、じーっと俺を見つめてくる。
シュッと通った鼻筋に、どこか狂気を秘めていそうなツリ目がちの瞳。
肩にかかるストレートヘア。前髪は真ん中で分けて横に流していて、整った顔立ちがはっきりと強調されていた。
そんな超絶美人な先輩との、二人きりの部室。
最初は少し緊張していたが、今ではこれがいつもの光景なので、リラックスしながら顔を合わせることができている。
というのも、俺はずっと緑子に片想いしていた。
一途な想いは、美人な先輩との二人きりの部活へのドキドキさえもかき消していたわけだ。
「キミ、アナログゲームに興味はある?」
「アナログゲーム……ですか」
入学してすぐの頃。
部活の勧誘が激しくなってくる時期だ。
緑子がどの部活にも入らないことを知り、俺も絶対に部活に入らないぞという意識を固めていた。
そんな時に接近してきた鹿内先輩。
放課後、廊下を歩いていたら声をかけられたのだ。
部活に勧誘されているというよりは、綺麗な先輩に逆ナンされたような、どこか甘い空気が漂っていた。
「将棋、リバーシー、トランプ、人生ゲーム、すごろく……楽しいこと、いっぱいできるよ」
「もしかして……部活の勧誘ですか?」
「わかっちゃった? それならしかたないね」
鹿内みかんと名乗った先輩はさっと俺の腕を取り、部室棟まで連れていく。強引だった感じはない。自然すぎて抵抗するという考えを喪失していた。
だからいつの間にか部室の前に連れてこられていた。
「実はあたし、3年生が卒業したことで、唯一のアナログゲーム部員になっちゃったんだよね」
トランプをシャッフルしながら、鹿内先輩が口を開く。
「とりあえず、中に入って。あたしと神経衰弱しよっか」
そうして、気づけば神経衰弱が始まっていた。
トランプをしたのは久しぶりだったので、なんだか新鮮な気分だった。
「猫山紫音くん、よかったらアナログゲーム部に入ってもらえないかな?」
「――ッ。なんで俺の名前知ってるんですか?」
一瞬にして背筋が凍った。俺はまだ一度も名乗っていない。
鹿内先輩は色気のある笑みを見せ、最後のカードをぺらっとめくった。先輩の圧勝だ。
「さあ、なんでだろうね」
勝利が確定している鹿内先輩は、カードを持ったまま顔をゆっくりと近づけてくる。このままキスされるんじゃないかと警戒したところで、先輩の軌道が俺の耳元へ移った。
「ねえ、紫音くん。もっとあたしと遊びたくなったよね?」
穏やかな口調で囁く鹿内先輩。
そしてそのまま――。
「――ッ! ちょっ! 先輩!?」
今日が初対面の俺の首元を、ペロッと舐めた。
この先輩はヤバい。
男を手のひらで転がすタイプの魔女だ。
「俺にはずっと好きな幼馴染がいて、その子が帰宅部なので俺も部活には入りません!」
このまま転がされるわけにはいかない。
声を張り上げ、先輩の誘惑には絶対に屈しない意志を示す。
「好きな幼馴染……?」
「はい。幼稚園の頃からずっと好きなんです」
「……」
鹿内先輩はしばらく考える様子を見せると、不敵な笑みを浮かべて俺を見つめ直した。
「アナログゲーム部に入れば、その子に意識してもらえるかもしれないよ」
「え?」
「こうやってアナログゲームをしてると、距離も近くなるし、関係性を発展させるきっかけにもなるかもしれない。紫音くんにとって、アナログゲーム部への入部は幼馴染との関係を変える転機になることだって、あり得るよね」
なんだろう。
俺はずっと、緑子との関係性を変えるきっかけが欲しかった。
だからなのか。
俺はこの時の鹿内先輩の悪魔の囁きに納得し、アナログゲーム部への入部を決めてしまったのだった。
「王手」
やっぱり鹿内先輩は強い。
今回は結構粘ったと思うが、気づけば俺の玉将は追い詰められていた。
「そういえば、幼馴染の犬飼さんとはいい感じ?」
俺に好きな人がいると知ってから、なんだかんだ恋を応援してくれる鹿内先輩。
そんな先輩にも、正直に報告しておく必要があるだろう。
「そのことなんですけど、実は昨日諦めました」
この瞬間、俺の玉将はとっくに詰んでいたことに気がついた。




