第15話 幼馴染に童貞を奪われそうになった
一瞬にして浮かんだ、紅輝と茶夏丸の葬式。
刺されたのか絞め殺されたのか。
どういう死に方だったとしても、彼らを殺した犯人は緑子である。
だが、自分の幼馴染が殺人犯になるのも、親友が殺されるのも、みなと坂南高校が事件現場になるのも避けたい。
「逃げろ! いいから早く!」
親友を幼馴染から守るつもりで叫んだが、二人は僅かに後退しただけで、教室から逃げるようなことはしなかった。
それはなぜか。
緑子が襲いかかったのが、二人ではなかったからだ。
「紫音……」
唖然とする茶夏丸が絞り出した俺の名前。
そう、緑子の標的は俺だった。
腰のあたりに馬乗りになり、覆いかぶさってくる緑子。
彼女の柔らかい胸は俺に密着し、唇と唇がくっつきそうなほど接近していた。
「ずっとこうしてほしかったんだよね、紫音は」
「……」
「私だけだよ、紫音。私だけが紫音を骨の髄まで愛してあげることができる。だから逃げないで。早く一緒になろ」
温かい息を吹きかけながら、囁いてくる。
その瞳には光がなく、よどんでいた。
彼女の頭の中には俺しかいない。この瞬間、その重たすぎる愛を実感した。
こんな危機一髪の状況の中、親友二人はというと――。
しれーっと教室からフェイドアウトしようとしていた。
自分たちの出る幕ではないと気を遣ってくれたのか。それとも、理性を失った緑子を見て戦慄したのか。
この状況で助けてほしいと言うのは無責任な気がする。本来、これは俺がひとりで緑子と向き合わなければいけない問題だ。
それに、この二人には1秒でも早く逃げてもらいたい。危害を加えられないうちに。
「緑子、俺からも伝えておかなければならないことがある」
「何? 私への愛?」
「そうだな。そういう感じかも」
「嬉しい。やっと紫音も素直に私のこと愛してくれるんだ。いや、違うね。紫音はずっと前から私のことを愛してくれてたよね。気づかなくてごめんね。紫音は悪くなんかないから」
緑子が俺のネクタイを外し、ボタンに手をかける。まさかこの流れは……えっちする流れなのか……。
「俺は確かにこれまで、ずっと緑子のことが好きだった」
「うん、知ってる。でも最近諦めたんだよね。大丈夫。私は紫音のこと、誰よりも愛してるから」
「でも俺は――」
「その先は言わなくてもいいよ。わかってるから」
鹿内先輩とは異なり、躊躇なくスカートを脱ぐ緑子。
1枚薄くなった緑子の下半身は、ちょうど俺の下半身に当たって静かに動いている。
荒くなる吐息。
火照った顔。
「私、えっちなこととかしたことないけど、最初はキスから始めればいいのかな?」
このまま何も言わなければ、抵抗しなければ。
俺はずっと想い続けていた緑子とえっちなことができる。
長年片想いだった幼馴染と繋がることができる。
だが、この曖昧な感情のまま流されてしまってもいいんだろうか。俺の緑子への気持ちははっきりしていた。キスがしたいわけでも、それ以上のことがしたいわけでもない。
俺の中での緑子は神聖な幼馴染という存在に過ぎないし、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
だから俺は、この童貞卒業のチャンスを放棄することにした。
「こんなことはやめよう」
「……え? どうして? 愛し合う者同士なんだよ?」
「俺は確かに、緑子のことが好きだったし、今でも好きだ」
「それなら――」
「でも、最近気づいた。それは恋愛的な意味の『好き』じゃない。親友として、幼馴染として、人として、緑子のことが好きなんだ」
「……」
「今の緑子は少し理性を失っているだけで、落ち着いたらまた元の緑子に戻ると思うんだ。だからまた、これまで通りっていうのは難しくても、幼馴染として、これからも仲良くしてくれないか?」
この状態の緑子には、何を言っても通用しないかもしれない。
だが、彼女の動きを止めることはできた。
この状況を中断するきっかけを作るには十分な告白だった。
「自分勝手なことなのはわかってる。だから緑子、お願いだから――」
「ダメだよ……そんなのダメに決まってる」
「……」
「私、紫音のためならなんでもできる。私は紫音がいないと生きていけないから。紫音しかいないから」
「それは――」
「紫音は本当に自分勝手。でも、それが許されるなら、私の自分勝手も許されるよね? 紫音の自分勝手だけ許されて、私の自分勝手が許されないのって、不公平だよ」
確かに。
それを言われてしまうと何も言い返せない。痛いところを突かれた。
と、悠長に納得している場合じゃない。学校で幼馴染に犯されるとか、笑いごとでは済まされない。
「紫音……好き」
「……」
「さっき、紫音は何も悪くないって言ったけど……本当は紫音が全部悪い。私をこんなに狂わせたから。紫音のせいでこんなに傷ついた。だから責任取ってくれるよね?」
今度はベルトを外そうとしてくる緑子。
「おっきくなってる……体は正直だね。私がいないと生きていけない体にしてあげるから」
あ、もう無理だ。
俺は諦めたように目を閉じ、全て流れに任せることにした。




