↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春一つ、やり直せたなら  作者: タナカ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
96/97

ターニングポイント

『高校生活で、一番印象に残っている場所』


机の上に置かれた、

一枚のアンケート。


教室のあちこちから、

声が上がっていた。


「え~~、どこだろ」


「一個だけ?」


「修学旅行先とかでもいいのかな?」


「それ学校じゃなくない?」


「でも高校生活で、でしょ?」


笑い声が起こる。


みんな、

楽しそうに悩んでいた。


三年間を振り返りながら。


友達と話しながら。


懐かしそうに、

思い出を掘り起こしながら。


だけど。


私は、

動けなかった。


ペンを持ったまま。


白紙のアンケートを、

ずっと見つめていた。


一番。


たった一つ。


そんなの。



「…………」



選べるわけがなかった。



「橘」


声に顔を上げる。


若林先生が、

私の机の横に立っていた。


「難しく考えなくてもいいぞ」


「……はい」


小さく返事をする。


でも。

難しい。


私にとって、

高校生活を思い出すということは。


みんなとは、

少しだけ意味が違う。


「私……」


アンケートを見る。


「たくさんありすぎて」


少し笑った。


「一つに決められないです」


若林先生は、

少しだけ目を細めた。


「そうか」


それだけ言って。


私の肩を、

軽く叩いた。


「良い高校生活だったんだな」


そして、

次の生徒のところへ歩いていった。


「…………」


私は、

何も言えなかった。


――良い高校生活。


その言葉だけが、

胸の中に残った。


良い高校生活。


「…………」


握っていたペンを見る。


違う。


高校生活なんて。


大嫌いだった。


何度も。


何度も。


何度も。


失った。


泣いた。


叫んだ。


どうして私だけ。


何度そう思ったか、

もう覚えていない。


同じ季節を繰り返して。


同じ景色を見て。


同じ人を好きになって。


そして。


何度も、

失った。


こんな時間。


終わってしまえばいいと思った。


こんな世界。


なくなってしまえばいいと思った。


高校生活なんて。


私にとっては、


ずっと――



絶望だった。



「…………」


なのに。


今は。


どうしてだろう。


終わってほしくない。

 

思い返すたびに、

苦しかったはずの記憶まで愛おしい。

 

 

出会った日。


林間学校。


夏祭り。

 

体育祭。


修学旅行。

 

くだらない会話。

どうでもいいことで笑った時間。


苦しかった。


辛かった。


忘れたかった。


それなのに。


今となっては。

そんな記憶さえ、眩しい。


どうして。


答えは、

分かっている。


全部に。


守愛がいたから。


「…………」


私は、

ゆっくり顔を上げた。


黒板。


消し切れていない、

白いチョークの跡。


窓から差し込む光。


廊下から聞こえる声。


友達の笑い声。


何度も見てきた、

当たり前の教室。


でも。


その瞬間。


一つの景色が、

頭に浮かんだ。


「…………あ」


そうだ。

あそこだ。


楽しかったからじゃない。


一番笑った場所でもない。


一番幸せだった場所でもない。


むしろ。


あの日の私は、

泣いていた。


逃げようとしていた。


全部、

諦めようとしていた。


それでも。

あの場所で、あの人が、

私の前に現れた。


そして。

私の人生を変えた。


目を背けたかった未来に。


初めて。


ほんの少しだけ、


光が差した。


絶望しかなかった高校生活に。


初めて、

“この先も生きてみたい”と思えた。


「……そっか」


気づけば。


私は、

笑っていた。


一番楽しかった場所じゃない。


一番綺麗な場所でもない。


でも。


私にとって、

一番大切な場所。


だって。


あそこから。


私の未来は、

始まったから。


私は、

アンケートにペンを走らせた。


迷いは、

もうなかった。


一文字。

また一文字。


私の三年間を変えた場所を、

そこに書いた。



――


「……涼香ちゃん、何を考えているんだ」


誰もいない、二年二組。

 

ランは一人椅子に座っていた。

 

タブレットには、

二つの言葉。


『二』

『夢』


何度見ても、

分からない。


「何を考えてんだよ……」

 

何を伝えたいのか。

 

何を見ているのか。


そして。


俺に、

何を分かってほしい。


「…………」

 

好きな人のことなのに。

 

分からない。



それが、

こんなに悔しいとは思わなかった。


「また俺は……」


俯く。


「駄目なのか……」


高校生活。


ずっと、

柊を追いかけてきた。


あいつに勝ちたい。


あいつみたいになりたい。


あいつについて行けば、

間違えない。


そう思っていた。


でも。


自分の未来すら、

決められなかった。


サッカーが終わって。


居場所がなくなって。


何も残っていないような気がした。


そんな自分に。

手を伸ばしてくれた人がいた。


――私、いるじゃん。


あの雨の日。


傘の下。


涼香は、

当たり前みたいにそう言った。


――その空っぽ。

――ちょっとくらいなら、私が埋めてあげるよ。


「…………」


ランは、

目を閉じた。


あの時。

どれだけ救われた。


どれだけ嬉しかった。


なのに。


今。

その人のことを、

自分は分かっていない。



「…………クソ」


 

両手で、

顔を擦る。


そして。


パンッ。


自分の頬を叩いた。


「何してんだよ」


立ち上がる。


「まだ終わってねぇだろ」


分からないなら。


考えればいい。


知らないなら。


思い出せばいい。


今まで見てこなかったのなら。


今からでも、

ちゃんと見ればいい。


「諦めんな」


自分に言い聞かせる。


夏木歩を、

認めてくれた人がいる。


何もない自分の隣に、

いてくれた人がいる。


なら、

今度は。


俺が、

あの子のところへ行く。


「……行くか」


タブレットを握る。


二年二組の扉へ向かう。


ここに涼香はいなかった。


なら、

次だ。


扉を開ける。


今来た方向ではなく。

反対側の廊下へ、


足を向ける。


その時だった。


「…………?」


ランの足が止まる。


ほんの僅かに、

人の気配がした。


ランは、

ゆっくりとそちらへ向かう。


一歩。


また一歩。


そして。 



「…………は?」



いたのだ。


そこに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。