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春一つ、やり直せたなら  作者: タナカ


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想いの持ち主


――ガラガラッ――


覚悟を決めた柊が、

その扉を開けるより少し前の話。


二年生になって、

私は、守愛と同じクラスになった。

 


本当に――つらかった。



一年生の体育祭。


私は、

守愛に勝ってほしかった。


それなのに。


ランを応援した。


あの時は、

それが正解だと思ってた。



守愛を遠ざけるため。


私を嫌いになってもらうため。


守愛の未来から、

私を消すため。


それから。


私たちは、

ほとんど話さなくなった。


廊下ですれ違っても、

目を合わせない。


話しかけない。


近づかない。


全部、

計画通りだった。


柊守愛の世界から。


橘寧々という存在を消す。


それが、

彼が生き残るための唯一の方法だと。


私は、

本気でそう思っていた。



「最近、寧々元気ない?」



涼香には、

何度も聞かれた。


そのたびに、

私は笑った。


「元気だよ」


嘘じゃなかった。


だって。


本当に嬉しかったから。


守愛が生きている。


今日も、

教室にいる。


笑っている。


友達と話している。


それだけで。


私は、

幸せだった。


これでいい。


何度も、

自分に言い聞かせた。


守愛が生きてくれるなら。


私が隣にいなくてもいい。


話せなくてもいい。


嫌われたっていい。


これでいい。

そのはずだった。


なのに――


二年生。


また。

同じクラスになってしまった。


そして。


「頼りない柊を支えてやってくれ」


若林先生にそう言われて、

私は“長”になった。


断れなかった。


違う。


本当は。

断りたくなかった。


だって。

心のどこかでは。


守愛と、

もう一度一緒に何かができることが。


嬉しくて。


嬉しくて。


仕方なかったから。



―――


放課後。


誰もいない、

二年二組。


「…………あーあ」


私は、

守愛の席に座っていた。


窓の外には、

桜。


春の風が、

カーテンを小さく揺らしている。


「長に……なっちゃった」


ぽつりと呟く。


誰も答えない。


静かな教室に、

自分の声だけが残る。


「あと少しだったのにな……」


守愛から離れて。

守愛を守って。


この世界では、

ようやく何も起こらずに終われる。


そう思っていた。


なのに。


また、

近づいてしまった。


「……いつまで続くんだろ」


この絶望は。


この繰り返しは。


何度、

同じ季節を見ればいい。


何度、

守愛を好きになればいい。


何度、

離れればいい。


もう、

分からなかった。


「…………」


窓の外を、

桜の花びらが流れていく。


綺麗だった。


嫌になるくらい。


「私と長しても……」


声が震える。


「守愛は……嬉しくないよね」


自分でそうした。


嫌われるように。


離れていくように。


全部、

自分で選んだ。


なのに。


「…………一緒に」


喉が詰まる。


駄目。


言っちゃ駄目。


思っちゃ駄目。


そう思うほど、

本音が溢れてくる。


「一緒に……したいな……」


視界が滲んだ。


本当は、

一緒にいたい。


守愛と、

高校生活を送りたい。


同じ教室で笑いたい。


一緒に行事に出たい。


放課後に話したい。


くだらないことで、

笑いたい。


ただ。

それだけなのに。


「なんで……」


涙が、

一滴。


守愛の机に落ちた。


「それだけが……」


もう一滴。


「許されないんだろ……」



その時だった。



――ガラガラッ。


静かだった世界に、

音が飛び込んできた。


私は、

慌てて顔を上げる。


そこにいたのは。


一番、

会いたくて。


一番、

会ってはいけない人だった。



「……橘さん」


心臓が、

跳ねる。


どうして。


なんで、

今。


涙を拭うことすらできない私に。


守愛は、

優しく言った。



「俺と“長“しようよ」



「………!!」


時間が、

止まった気がした。


その言葉は。

 

 

まるで。

 

 

プロポーズみたいだった。

 

 

体育祭から半年。

 

ほとんど話していない。

 

避け続けた。

 

傷つけた。

 

突き放した。

 

 

それなのに。

 

 

どうして。

 

 

この人は。

 

 

こんなにも優しいんだろう。

 

 

何度世界を繰り返しても。

 

何度出会っても。

 

何度私が遠ざけても。


結局。


この人は、

私の前に現れる。


そして。

何度だって。


手を差し伸べてくれる。


嬉しい。


本当は、

今すぐ飛びつきたい。


笑いたい。


手を握りたい。


一緒にやろうって、

言いたい。


だけど。

怖かった。


また、

失うことが。


また、

幸せになってしまうことが。


だから。

何も言えなかった。


そんな私に。


守愛は、言った。



「――これが、俺の夢」



「…………」


夢。


柊守愛の夢。


一度、

届かなかったもの。


この世界では、

まだ目指してすらいないもの。


それを。

もう一度。


目指すと言った。


諦めないと、

言った。


「…………」


その言葉を聞いた瞬間。

胸の奥に。


ほんの少しだけ。


光が差した。


守愛が、

もう一度夢を見るなら。


それなら。


私も。

いつまでも、


絶望の中でうずくまってちゃいけない。


怖くても。


また失うかもしれなくても。


未来を、

望んでみてもいいのかもしれない。


守愛が教室を出ていったあと。


私は、

しばらく動けなかった。


涙を拭う。


そして。

チョークを握った。


手は、

震えていた。


でも。


今度は、

迷わなかった。


守愛に夢があるなら。


私にも。


一つだけ。


何度世界が変わっても。


何度時間を繰り返しても。


変わらなかった夢がある。


私は、

ゆっくりと書き出した。


私の夢。


それは――


『守愛のお嫁さん』


書き終えた文字を見て。


少しだけ、

笑った。


この日。


絶望しかなかった私の高校生活に。



初めて。

“未来”が生まれた。




――

――ガラガラッ――


扉が開いた。


そして。


時間は、

現在へ戻る。


「…………」


二年二組。


誰もいない教室で、

ランは一人立っていた。


『二』

『夢』


二つの言葉を、

何度考えても答えは出ない。


「……分かんねぇ」


涼香はいない。


ここじゃない。


ランはタブレットを握り直し、

教室を出た。


――ガラガラッ。


扉を閉める。


静かな廊下。


他の男子長たちは、

もう別の場所を探しているのだろう。


さっきまで聞こえていた足音も、

今は遠い。


「……次、行くか」


そう呟いて、

歩き出そうとした。


その時だった。


「…………?」


ランの足が止まる。


今。


何か。


聞こえたような気がした。


音というより。


気配。


「…………」


ゆっくり振り返る。


隣。


二年一組。


閉じられた扉。


ランは、

しばらくそれを見つめた。


「……まさかな」


涼香がいる?


一瞬、

そう思った。


だったら。


考えている暇なんてない。


ランは二年一組の前まで歩き、

扉に手をかけた。


そして。


――ガラガラッ。


扉を開ける。


「…………」


窓から、

冬の光が差し込んでいた。


誰もいないはずの教室。


その窓際。


一人の女子生徒が、

座っている。


ランの目が、

大きく開いた。


「…………は?」


見間違えるはずがない。


長い髪。


見慣れた横顔。


そこにいたのは。

自分が探していた人ではなかった。


「……橘さん」


寧々だった。


「…………」


寧々は、

振り返らない。


ルール上、

声も出せない。


ただ。


窓際の席で、

静かに待っている。


ランは、

その場に立ち尽くした。


なんで。


橘さんが、

ここにいる。


ここは、

二年一組。


涼香を探していたはずなのに。


どうして。


「…………」


その瞬間。


胸の奥に、

何かが引っかかった。


ランは、

ゆっくりタブレットを見る。


ヒント①。

『二』


ヒント②。

『夢』


「…………二」


視線を上げる。


二年一組。


二年生。


そして。


『夢』


「…………」


さっきまで。

意味が分からなかった。


何度考えても、

涼香に繋がらなかった。


でも。

目の前にいる人物を見た瞬間。


二つの言葉の意味が、

まるで別のものに見えた。


「……まさか」


ランの呼吸が止まる。


違う。


俺は、

ずっと勘違いしていた。


『二』も。


『夢』も。


涼香が俺に送った言葉だと思っていた。


だから、

分からなかった。


だから、

繋がらなかった。


「…………」


もう一度、

寧々を見る。


二年生。


あの教室。


柊。


長。


そして――

夢。


断片だった記憶が、

少しずつ繋がっていく。


「……これ」


ランの表情が変わる。


「涼香ちゃんのヒントじゃない」


寧々は、

何も答えない。


答えられない。


それでも。


ランには、

もう分かり始めていた。


『二』

『夢』


そして。

目の前にいる、


橘寧々。


「……まさか」


小さく、

息を呑む。


「このヒント……」


タブレットを握る手に、

力が入る。


「橘さんのヒントか……?」


寧々は、

振り返らない。


ただ。


ほんの僅かに。


その肩が、

動いた気がした。


「…………」


ランは、

息を止める。


もし。

そうなら。


今まで自分が解けなかった理由は、

一つしかない。


自分が、

涼香を理解できていなかったからじゃない。


そもそも――


この言葉は。


最初から、

涼香のものじゃなかった。


『二』

『夢』


二つの言葉が、

ようやく持ち主を見つけた。


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