二回目の高校生活を振り返れ
体育館を出れば、
下駄箱はすぐそこにある。
その分、
タイムロスはほとんどない。
けれど――
「……こんな広いところから、どうやって探すんだよ」
目の前に広がるのは、
冬のグラウンド。
サッカーコート。
野球場。
陸上部のレーン。
いくつもの部活が使う広大な敷地を、
冷たい風が横切っていく。
その風が、
柊の頬を撫でた。
『風』
もう一度、
タブレットを見る。
間違ってはいない。
この場所には、
確かに風がある。
だけど。
「…………」
動けなかった。
どこから探す。
グラウンド。
中庭。
校門。
駐輪場。
屋上。
外階段。
“風”だけなら、
候補はいくらでもある。
「……広すぎる」
走ればいいわけじゃない。
適当に探して、
偶然見つけられるほど学校は狭くない。
考えろ。
柊は、
自分に言い聞かせる。
考えろ。
寧々が、
何を考えているのか。
それを考えることなら、
ずっとやってきた。
何を怖がっているのか。
何を隠しているのか。
何を言えずにいるのか。
何を願っているのか。
何度も間違えた。
何度も届かなかった。
だから。
考えることだけは、
やめなかった。
競技内容が発表された瞬間から、
柊は考えていた。
寧々なら、
自分に何を伝えようとする。
目に映るものか。
肌で感じるものか。
耳に聞こえるものか。
匂いか。
あるいは、
二人にしか分からない何かか。
でも。
どうしても、
違和感が消えない。
「……場所を知らせるにしては」
タブレットを見る。
『風』
「……弱くないか」
ヒントとしては、
成立している。
外にいる。
風が通る場所にいる。
そう考えれば、
候補を削ることはできる。
でも。
それだけだ。
あまりにも広い。
そして何より。
「…………」
寧々が、
これを選ぶだろうか。
柊は目を閉じた。
もし。
寧々が自分に、
たった一つだけ言葉を送れるとしたら。
三十分待って。
ようやく送れる、
たった一つの言葉。
その最初の一言に。
『風』
そんな言葉を、
選ぶだろうか。
「……寧々らしくない」
口に出した瞬間。
違和感が、
少しだけ輪郭を持った。
風という言葉がおかしいんじゃない。
寧々が、
自分に送る最初の言葉としておかしい。
寧々なら。
もっと近い。
もっと深い。
もっと――
二人にしか分からない言葉を選ぶ。
そう思った。
時計を見る。
開始から、
もう二十分が経とうとしている。
時間だけが、
容赦なく削れていく。
「……思い出せ」
柊は呟く。
「会話を」
「全部」
目を閉じる。
寧々の言葉。
表情。
昨日の屋上。
去年の教室。
修学旅行。
夏祭り。
もっと前。
一年生の頃。
思い出せ。
全部。
けれど。
そこで柊は、
一度思考を止めた。
「…………違う」
寧々だけを考えても、
何かが足りない。
そもそも。
この競技を作ったのは、
寧々じゃない。
若林だ。
柊は顔を上げた。
“寧々なら、どうするか”。
そこから。
“若林なら、どうさせるか”。
思考を切り替える。
長祭が始まる前。
若林は、
何と言っていた。
――三年間を、思い出してもらいます。
そして。
――誰と笑ったのか。
――誰と喧嘩したのか。
――誰に助けられたのか。
――誰を助けたかったのか。
――誰のことを、ずっと見てきたのか。
「…………」
柊の表情が変わる。
――考えて。
――迷って。
――走ってください。
――あなたたちが三年間で積み上げてきたものを。
――全部使って。
全部。
三年間。
積み上げてきたもの。
そして。
若林は言った。
――証明してください。
――あなたたちが、どんな高校生活を送ってきたのか。
「…………」
何かが、
引っかかる。
まだ、
分からない。
答えにはならない。
でも。
若林の言葉を、
ただの激励として聞くには。
あまりにも――
競技の内容に近すぎる。
「普通のかくれんぼなら……」
こんなことを言う必要があるか。
隠れた女子を、
ヒントを頼りに探すだけなら。
三年間なんて、
関係ない。
誰と笑ったかも。
誰に助けられたかも。
どんな高校生活を送ってきたかも。
必要ない。
なのに。
若林は、
何度も繰り返した。
“三年間”。
「…………」
カチッ。
小さく。
頭の中で、
歯車が一つだけ噛み合った。
答えじゃない。
ただ。
一つだけ分かった。
この競技。
表面通りのルールじゃない。
若林は、
何かを仕掛けている。
「……わかばちゃん」
柊は顔を上げた。
グラウンドの端。
こちらを向いているカメラ。
そのレンズを、
真っ直ぐ見つめる。
向こうでは、
若林が見ている。
走り回る自分たちを。
迷う自分たちを。
そして。
何を選ぶのかを。
「そういうことか」
いや。
まだ、
“そういうこと”が何なのかまでは分からない。
でも。
一つだけ確信した。
若林は、
場所を探させたいだけじゃない。
「…………」
柊は、
もう一度タブレットを見る。
『風』
そして。
小さく呟いた。
「やっぱり」
「寧々らしくない」
寧々を疑っているわけじゃない。
逆だ。
信じているからこそ、
分かる。
この言葉と。
自分の知っている寧々が。
どこか、
噛み合っていない。
「…………」
なら。
確かめるしかない。
何がおかしいのか。
自分が間違っているのか。
それとも。
この競技そのものに、
まだ知らされていない何かがあるのか。
「……行くか」
確証なんてない。
答えもない。
それでも。
柊は走り出した。
今度は、
グラウンドを探すためじゃない。
寧々の言葉を、
追いかけるためでもない。
三年間。
その中にある、
自分がまだ気づいていない何かを探すために。
冷たい冬の風を切り裂いて、
柊は校舎へ向かって駆けていく。
その背中を、
カメラだけが追っていた。
そして。
その三十分後。
柊の違和感は――
確信に変わる。




