長祭
体育館を満たしていたざわめきが、
ゆっくりと静まっていく。
壇上に立つ若林は、
目の前に並ぶ生徒たちを一度、ぐるりと見渡した。
三年生。
一年生の頃より、少し大人びた顔。
三年間。
ずっと見てきた顔が、そこに並んでいる。
若林は少しだけ笑って、
マイクを口元へ運んだ。
「おはようございます」
「今日はいよいよ、長祭です」
一呼吸置く。
「三年生にとっては――」
「高校生活、最後の祭りですね」
体育館のあちこちから、
小さな声が上がった。
最後。
その言葉だけで、
少しだけ空気が変わる。
「文化祭っていうのは、普通は“楽しいイベント”です」
「出店をして、ステージをして」
「騒いで、笑って」
「それだけでも、十分楽しい」
若林はそこで言葉を止めた。
「でも」
「三年生にとっては、少し意味が違うと思っています」
体育館が静かになる。
「高校生活って、長いようで短い」
「一年生の頃は、三年間なんて長いと思っていたでしょう」
「でも、今はどうですか?」
答える生徒はいない。
けれど。
何人かが、隣にいる友人を見る。
三年間。
体育祭。
文化祭。
部活動。
修学旅行。
喧嘩した日。
笑った日。
好きになった人。
全部、
もう終わろうとしている。
「気づいたら、終わっているものです」
若林は笑った。
「だから今日は――」
ゆっくりと、
生徒たちを見渡す。
「三年間を、思い出してもらいます」
生徒たちが顔を見合わせた。
「今年の競技は――」
「かくれんぼです」
一瞬の静寂。
体育館が一気にざわつく。
若林は楽しそうに笑った。
「ただし、普通のかくれんぼじゃありません」
「各クラスの女子長を、学校のどこかに隠します」
「男子長は、その女子長を探してください」
さらにざわめきが大きくなる。
「ヒントは三十分ごとに送られます」
「送られるのは、単語一つだけ」
「“暗”」
「“音”」
「“風”」
「そんな言葉です」
「それをどう解釈するか」
「どこへ向かうのか」
「全部、自分たちで考えてください」
若林は少しだけ口角を上げる。
「ちなみに――」
「ヒントは、女子長本人に考えていただきます」
詳細になる長祭のルールに息を呑む。
「どう判断するのか」
「何を信じるのか」
「全部ひっくるめて、この競技です」
そして。
「勝者は――」
人差し指を一本立てた。
「一クラスのみ」
空気が変わった。
遊びだったはずのかくれんぼに、
一瞬で勝負の色が宿る。
若林はマイクを握り直す。
「それでは――」
「高校生活、最後のかくれんぼを始めましょう」
少しだけ笑う。
「長祭――スタートです」
その瞬間。
体育館が大歓声に包まれた。
――
各クラスの女子長が、
前へ呼び出される。
寧々も、涼香も、
その列の中にいた。
女子長たちは一列になり、
体育館の出口へ向かって歩き出す。
その先頭を歩くのは、若林。
男子長たちの前を、
わざと見せつけるようにゆっくりと通っていく。
その光景を見て、
男子たちの表情が変わった。
今年の長たちは、
男女で仲の良いクラスが多い。
だからだろうか。
まるで、
自分の姫を連れて行かれるような。
そんな感覚。
絶対に見つけてやる。
言葉にしなくても分かる。
そんな光が、
男子たちの目に灯っていく。
「なぁ、柊」
隣から声がした。
一組と二組。
柊とランの列は隣だった。
「なんだよ」
ちょうどその時。
若林が二人の前を通り過ぎる。
そして。
こちらを見た。
ニヤッと笑う。
スッ。
中指を立てた。
「…………」
「…………」
柊とランは、
無言でその背中を見送る。
「教師が生徒にやっていいのか、あれ」
「ダメだろ」
「だよな」
二人して呆れる。
でも。
どちらも少し笑っていた。
三年間。
あの人には、
何度も振り回された。
そしてきっと。
今日もそうなる。
「……柊」
ランが前を向いたまま言った。
「一年目の体育祭」
「俺の勝ち」
柊が横目で見る。
「二年目の修学旅行」
ランが続ける。
「お前の勝ち」
少しだけ笑った。
「橘さん助けたしな」
「まぁ」
柊も笑う。
「お前の理論で言えば、一勝一敗だな」
「だろ?」
ランはポケットに両手を突っ込む。
一年目。
体育祭。
あの時は、
柊がランの背中を追いかけていた。
強くなりたかった。
勝ちたかった。
追いつきたかった。
二年目。
修学旅行。
今度は、それぞれのものを守るために走った。
そして。
三年目。
これが最後だ。
ランが笑う。
「学生最後に柊に勝って」
「気持ちよく卒業するわ」
柊も笑った。
「やってみろよ」
その時。
寧々が体育館の出口へ差しかかる。
一度だけ。
振り返った。
視線が重なる。
ほんの一瞬。
それだけで十分だった。
昨日の言葉が蘇る。
――待ってるよ。
寧々は前を向き、
体育館から姿を消した。
ランも、
涼香が消えていった出口を見る。
そして。
「この長祭は」
ぽつりと呟いた。
「何があっても負けられない」
柊は、
寧々が消えていった場所を見つめたまま答える。
「……俺も」
これから先の未来。
全部が、
この先にある。
「負けられないんだよ」
その声は小さく、
ランには届かなかった。
それでも。
二人の視線は、
同じ出口へ向いていた。
一年目は、
互いの強さを競った。
二年目は、
守りたいもののために戦った。
そして三年目。
最後に競うのは――
誰が一番、
大切な人を理解しているのか。
二人はまだ知らない。
この最後の勝負が、
三年間のすべてを使った、
答え合わせになることを。




