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ねじれの位置に恋模様  作者: 八幡八尋
11/15

番外編 松本香奈の場合

 こんにちは、こんばんわ。八幡八尋です。『ねじれの位置に恋模様』番外編となります。香奈視点で恵理子を見ると、というシチュエーションが面白いかなぁと思って書き始めたのですが、本編よりなぜか語らせやすくて驚きました……

 拙い文章ですが、楽しんでいただければと思います。

 他人の心の声が聞こえることに気付いたのは、たしか小学4年生の時だったと思う。それまで、この聴覚を通して入ってくる情報はみんなにも聞こえているのだと思っていて、当時流行っていたアニメを観て、私のこの能力が特殊だと知った。もともと人に対してあまり興味がなかったから、ボロを出すことはなかったけど、他人に気に入られやすいように明るい自分を取り繕っていたのは、性格が少しひねくれていたせいだと思う。


「香奈、ごめん! 教科書貸してくれない……?」

 いかにも困った顔で両手を合わせる幼馴染みにバレないよう、ため息を漏らす。

「……恵理子、あんたまた忘れたの?」

「家にいるときは入れなきゃなぁって思ってたの! でもぼうっとしてたら香奈が迎えに来たから……」

「あーもう、わかったわかった。はい」

「ありがとう! なんか奢るね!」

「……財布忘れてなかったらね」

 古典漫画のような会話を終わらせ、教室へ戻っていく幼馴染みを見送る。

 清口恵理子。私とはまるで正反対の性格の彼女とは、もうかれこれ何十年もの付き合いになる。


 恵理子と私__長谷川香奈が出会ったのは、幼稚園で開かれた6月の運動会だった。人形のように白い肌に小さい見た目で、園内ではちょっとした有名人だった私は、その日も周りを数名の同級生に囲われ、レジャーシートの上で走る上級生を見ていた。やがて自分の出る競技の番が近づき、1人待機場所へ移動しようと思ったのだが。

(……あれ、まよってる……のかな?)

 その道中、明らかにキョロキョロと視線をさ迷わせている子ども__といっても当時は同級生だ__を見つけたのだ。今にも泣きそうな顔で両手をぎゅっと握っているその姿は、見れば母性をくすぐるようなもので。

「だ、だいじょうぶ……?」

 思わず声をかけてしまった。

「……ふぇ?」

 こちらに気付いて一瞬ビクッとしたその子は、声の主が自分より背の小さい同級生だと分かると少しホッとしたようだった。そのまま、無言で首を横に振られる。「大丈夫じゃない」ということだろう。

「つぎの、でるんだけど……どこにいくか、わかんなくて」

「あー……わたしもでるよ。だから、いっしょにいこ」

 いつも先生や親がしてくれるように、名も知らぬその子の手をぎゅっと握る。クラスは違うが待機場所に行けば、誰かがなんとかしてくれるだろうと思った。案の定、この子を探していた担任の先生が青い顔で飛んできたわけだし。

「えりこちゃん、よかった! ……かなちゃん、お友だちを連れてきてくれたのね? ありがとう」

「どーいたしまして」

 先生に連れられ小さくこちらに手を振った彼女を見送りながら、えりこちゃん、と名前を心に刻んだのは、既に何か予感があったからかもしれない。

 次に彼女を認識したのは小学校へ上がってからだ。相変わらずちょっとした有名人だった私は、入学1週間で取り巻き……いや、友達ができて、それなりに楽しい生活を送っていた。対して、引っ込み思案が祟ってひとりでいることが多かったのが、恵理子である。5月の席替えの日、先生が方針として「敢えて仲良くない子を同じ班にする」というものを立てなければ、私は恵理子と一生付き合うことがなかっただろう。話してみれば面白い恵理子は、やはりどこか抜けていて、それが逆に魅力のように思えた。そのまま、気付けば大学へ行くまで、私の青春には恵理子がいた、と言っても過言ではない。


 思春期になれば、大概の女子は恋バナと呼ばれるものに興味を持ち始める。私の周りも例外ではなくて、6年生になる頃にはやれ誰が誰を好きだの、誰と誰がお似合いだのという話が毎日のように噂されていた。たいして興味もなかったが周りに合わせていた私はその頃、自分のテレパシーの能力が特殊であることを確信し、周囲を警戒するようになった。異性から向けられる自分への好意も、同性から向けられるある種の敵意も。そんな中、唯一変わらなかったのが恵理子だ。彼女も、当時は色恋沙汰に興味がなかったのだろう、一緒にいるとひどく気持ちが楽だった。それが、いつからあんなことになったのか。

 きっかけはたぶん、中学2年に上がり、私に初めて好きな人ができた時だ。その人は吹奏楽部の先輩で、面白そう、という好奇心がいつの間にか恋心へ変わっていたのだった。

「恵理子、あのね」

 好きだと自覚した次の日、帰り道を恵理子と歩きながら、私は好きな人ができたことを告げた。彼女がどんな反応を示すのか、それも少し楽しみではあった。

「え、そうなんだ! 応援するね、香奈」

 笑顔を見せる恵理子に、やっぱり親友だなと素直に嬉しくなる。ただ一瞬、ほんの一瞬だけ、彼女が()()を「心底嫌だ」と思ったことが、少し気がかりではあった。

 結局先輩への恋が報われることはなく、私たちは高校生になった。軽音部の私と新聞部の恵理子が一緒に帰ることは少なくなり、2年に上がれば文理選択でクラスも離れてしまった。そのうち私には彼氏ができて、余計に恵理子と話す機会はなくなった。だけど、テストが終わって1番に遊びの誘いをかけるのは恵理子だったし、新しい彼を1番最初に紹介するのも恵理子だった。電話越しに相槌を打つ彼女の存在に、私は少なからず安心していたのだ。

「私、誰かとお付き合いするかもしれない……」

 2年生の夏休み半ば、久々に街中へ出掛けた日に、恵理子がそう言った。

「へぇ、好きな人できたの?」

 彼女の方からそういう話を振られることは珍しかったから、私は純粋に驚いた。

「まだ、そうって確信したわけじゃないんだけど……告白されたの」

「マジで? 誰から?」

「岩尾くん……って知ってる? 香奈と同じクラスの」

「岩尾? ……って、都心の国公立狙ってるあの岩尾? 恵理子、それ騙されてない?」

「私もそう思ったんだけど……彼、本気みたいで」

 こんなの初めてだから、どうしたら良いかわかんないの、と恥ずかしそうな彼女に、まるで母親のような気持ちになる。

「自分の気持ちに正直になればいいのよ。岩尾だって、変わってるけど良い奴だから」

「そう……よね。好きって言ってくれているわけだし」

 どこか歯切れの悪い恵理子に違和感を覚え、そっと心の鍵を開けてみることにする。心が読める私だから、大親友の彼女の悩みも解決できるかもしれないと、当時の私は間違った正義感に燃えていたのだ。

『そう、自分に正直に、よ。岩尾さんは私のこと好きだと言ってくれたし、私だってこういう体験はしてみたいもの。でも……違う、正直になんか生きられない。だって、だって私、香奈のことが__』

 好きなの、の最後の言葉を聞き終わる前に、私は慌てて思考を遮った。

 数日後、恵理子から岩尾と付き合う報告を受けたとき、私はうまく笑えていたか自信がない。

「やっぱり正直になるべきよね。香奈のおかげだわ、ありがとう」

 はにかむような笑顔でそう言った彼女を見ながら、嘘つき、と心の中で小さく呟いた。


 大学が別れてからも、恵理子とはよく会う仲だった。23歳で、私が結婚するまでは。

「大事な話?」

 金曜日の昼間、休憩時間の合間を縫って恵理子に電話をかけると、すっとんきょうな声が返ってきた。背後から小さく、歩行者を促す電子音が聞こえる。

「……うん、ごめん、外だった?」

「そうなの、今ちょうど、作家さんのところへ行く途中で」

「あ、そうなんだ。じゃあまた今度でも……」

「今夜ならいいよ? もう、原稿受け取るだけだからね」

 たぶん大丈夫、と締めた声は落ち着いていた。安心した私は、それに甘えることにする。

「ありがとう。じゃあ……」

「私の家に集合ね」

「え?」

「だって大事な話なんでしょ? 待ってる」

 弾んだ声に潜む下心に気付かないふりで、わかったと電話を切る。傷付いた顔は見たくなかった。「結婚して北海道に行く」なんて言えば、あの子はまた泣きそうな顔をするに決まっているのだから。


「あれ、恵理子?」

 久々に帰ってきた地元の雑貨屋で恵理子に会ったときは、本当に驚いた。もう20年近く連絡も取っていなかったから、仕事が変わっていてもおかしくはないのだが、私は、恵理子が編集という仕事を辞めるわけがないと思い込んでいたのだった。意外なところで会った、と思ったのは恵理子も同じようで、「え……」と小さく困惑の声を出したきり、理解が追いついていない。

『……香奈?』

 心の中で名前を呼ばれたことを確認して、私の方から話を進めていく。気まずいのか口数の少ない恵理子に無理やり会う約束をして、帰路に着いた。

 疎遠になった理由が私の結婚であることは明白だった。あの日、私が結婚することを告げると、予想に反して喜んではくれたのだが。

「やっぱり香奈には先越されちゃったなぁ~でもおめでとう。幸せになるのよ?」

 言わなくても分かってるか。プロポーズされた私よりはしゃぐ彼女を、私は冷静に見る。

「ありがとう、幸せになるよ」

 その時の恵理子の心の声は、私でも分からないよう固く閉ざされていた。その想いに蓋をして、鍵をかけて、誰にも気付かれないようにしているのだ。裏表のない性格に、鎖をつけてしまったのは私だった。だから、せめて彼女と友達でいるために、結婚式に招待して、披露宴の司会も頼んで、彼の方にも大親友だと紹介した。それなのに、結婚後1度も連絡を寄越さなかったのは、私がやり方を間違えたからか。

「……ずっとそう思ってたんだけどなぁ」

 心の声を読める私が恵理子に気付かなかった理由は、ただ単に20年振りの再会だったからなわけでも、メイクの色が変わっていたからでもない。

『奏ちゃん、この間のことやっぱり気にしてるのかな……』

『もし私が、何かしでかしていたら……もう幻滅されたのかも』

 まさか幼馴染みが、レジ中で両片想いにすれ違っているなんて思いもしないではないか。ちらりと伺った恵理子の想い人は、真っ直ぐな目をしていた。きっと、私が長い間繋いでしまっていた鎖を「奏ちゃん」は外してくれる、確証はないがなんとなくそんな気がした。ほんの少し、もう想われることのない寂しさと、母性から出る安心感に包まれる。

「早く幸せになれよ、恵理子」

 思わず口に出たその言葉は、蓋もできない私の本心だ。

 最後まで読んでいただきありがとうございました!

 ではまた、来週。

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