Ⅵ
こんにちは、こんばんわ。八幡八尋です。
『ねじれの位置に恋模様』本編第6話となります。(フラグ等々を)収束させていくのが苦手です。が、始めてしまいました。投稿が遅くならないよう善処します……
拙い文章ですが、楽しんでいただければと思います。
世の中には知らなくて良いことと、知ってはいけないことがある。例えば、中学生の頃からの友達が、初めて女の子を好きになって悩んでいるのは、別に知らなくて良いこと。例えば、彼女が好きになった人があろうことか私で、大きなテストが終わったら告白しようと目論まれていることは、知ってはいけないこと。日本語には「知らぬが仏」という言葉があるが、全くもってその通りだと、私は常々感じている。
「えーどしたの奏? なんかあった?」
電話越しのみっちゃんはずいぶん呑気な声を出した。今日がテスト最終日でバイトも休みの彼女のことだ、もう寝ているかとも思っていたが、ひとまず電話に出てくれたことに安堵する。
「いや、その……ごめん、急に電話して」
「いいよ~ちょうど30分前に目ぇ覚めたとこだから」
「……昼寝してたの?」
「そーだよ~だって眠いじゃん。テスト終わって気も抜けるし。奏は? バイト?」
「うん、さっき終わったところ」
「はぁ~頑張るね~」
当たり障りのない会話を続けていると、もう自分の家の前まで辿り着いた。携帯を片手に鍵を回す。
突然だが、私は人の心が読める。いわゆるテレパシー能力というやつだ。この特殊能力には大概良い思い出がないのだが、こと「電話を使う」状況において、もっとも私をイライラさせる。人の心の中を読めることが日常と化している私にとって、相手の顔が映らない電話が苦手なコミュニケーション手段になることは自然なことだった。今の時代は、ビデオ通話があるが、毎回わざわざそれを使って電話しようと言う奴など、少しずれていると思われるに決まっている……それ故に、普通に通話をすることになるのだが、やりにくいことこの上ないし、出来れば使いたくないのだ。そんな私が、わざわざ電話を使ってみっちゃん、こと満島さわと話している理由は、今日、今この日、嵐のように私の心を乱し続けた3ヶ月間の恋模様に、終止符を打つ決心をしたからである。
「……で? どうしたの?」
環境音から状況を察したのか、荷物を置いたタイミングでみっちゃんが尋ねた。どう答えたものかと思案した私は、やはり勇気が出ず、ひとつため息をついた。
「……ただの、ご機嫌伺いよ」
「えぇ? 何それ?」
いつも用もないのに電話かけないでって言うのそっちじゃん、と電話向こうの声が不服そうに訴えてくる。
「絶対嘘だよ。奏、こういうときは嘘つくの下手くそだもんね」
「こういうときって?」
「大事な話があるんでしょ? 今度こそ」
前は私のせいで、うやむやになっちゃったもんね~。みっちゃんの声はいつも通りおっとりしていて、だけどどこか、覚悟を決めたようだった。本心を見ずとも、こちらがもう逃げられないことは分かりきっていて。
「みっちゃんが、そんなに察しいいなんて思わなかった」
「え~ひどいなぁ。当たり前じゃん、友達なんだし」
「そっか、そうだよね」
「そうだよ~教えてよ、奏の好きな……」
「私も、友達だから分かるんだけど」
「うん?」
「さわ、私に隠してることあるでしょ」
小さく息を飲む音が聞こえる。普段呼ばない下の名前を呼んだのも、「私を好きなのか」と聞かなかったことも、全部わざとだ。
「な……なーに? 話ってそれ? ……てか、私が隠し事とか全然できないの知ってるじゃん」
「うん、知ってる。だから、気付いてる」
押し黙るみっちゃん。私もそれ以上は何も言わず、彼女の次の言葉を待った。冷静を装ってはいるが、正直、携帯を持つ手には力が入ってしまっている。
「……いつから?」
みっちゃんは消え入りそうな声でそう問うた。いつから、私の恋心に気付いているのか、そう聞きたいのだろう。
「……カフェで報告した日」
私は私で、声が少し掠れていた。みっちゃんはたぶん、嘘をつかない。だから向き合う私も、嘘をつかないことに決めた。
「みっちゃんの、心の声が聞こえたの」
私が他人の心を読めることに、最初に気付いたのは祖母だった。祖母から直接気付いた経緯を聞いたことはないが、幼い頃の私はかなり好奇心旺盛だったと聞く。おおかた、他人の心の声にも返事をしたり、「それどういうこと?」なんて質問で周囲を凍てつかせていたのだろう。
小学校へ上がる少し前、私に関することで家族会議が開かれた。家族といっても両親と祖母、それから当時はまだ純真無垢だった私だけだが。両親は、私の能力に拒絶は示さなかったが、学校へ行かせることは躊躇していた。本が好きでそれなりに読み書きもできたから、学校へ行かなくても勉強する方法はいくらでもある、というのが2人の意見だった。しかし、それに反対したのは他でもない祖母だ。幼い頃霊的な力で周囲から疎外されることの多かった祖母は、社会に入れないことの辛さを知っていて、孫にそんな思いはさせたくなかったのだろう。
「いいかい奏、もって生まれたもんはしょうがないんだ。なんと言おうといつかは、受け入れないといけない。でも、そうなるまでには時間がかかる。大人は特にね。どんなものを持っていても、奏を本当によく思ってくれる人が来るまで、その能力、絶対秘密にするんだよ?」
祖母は今でも、筋の通った声でしっかり話す人だが、やはりこの時の口調が特別、心に刻まれている。幼いながら理解能力の早かった私は祖母の言いつけ通り、聞こえる声にもあえて触れず、この能力を誰かに話すこともなかった。
「それって……どういうこと? 奏」
「そのまんまの意味だよ…………ごめん、急にこんなこと言ったから驚いたと思うけど。隠してたの。他人の心の声が聞こえること」
「いやそんなの……」
信じられるわけない、と言いかけたのかみっちゃんが不意に黙った。「信じたくない」と言いたかった、のかもしれない。
「信じられないのも分かる。でも……でも、みっちゃんが明坂教授と不倫してたことも、石原さんに嫉妬して私を好きだって気付いたことも、みんな知ってるの」
ごめんね、そう呟いた自分の声は他人のもののようで、相変わらず沈黙を守り続けている電話の向こうに少し不安を覚えた。
「じゃあ出会ったときから、奏は、私の心が読めてるってこと?」
「……うん、そう」
「読めててずっと、隠してたってこと……?」
「……そう」
また無言が続いたあと、みっちゃんは「ごめん、ちょっと切る」とだけ言った。私も分かったと返し、通話終了のボタンを押す。
真実を知らない方が、幸せなときだってあるでしょ? 頭の中では、ほんの数時間前に聞いた松本さんの言葉が響いていた。
直接会って話をしたいとみっちゃんから申し出があったのは、通話から3時間後、日付が変わったあとだった。幸いにも今日は土曜日で、私も彼女もたまたまバイトが入っていなかったから、私たちは街中のカラオケで話をすることにした。
「……奏、お待たせ!」
約束の時間ぴったりに到着するみっちゃん。
「全然、待ってないよ。5分前に来たとこ」
「そっか、ならよかった」
「うん。行こっか」
いつものようにどうでも良い話をしながら目的地へ向かう。受付を済ませ部屋に入ると、前の人が吸っていたのだろう煙草の匂いが鼻孔をくすぐった。電気をつけ、2人だけにしては少し広いソファに腰を下ろす。
「あっつ~い、クーラー、クーラーと……あ、先にドリンクバー取っとけばよかったね~」
「本当だ、二度手間だったわ」
「ね~奏が気付かないの珍しい」
「みっちゃんが気付いてくれたら良かったのよ」
「それじゃ普段と逆じゃん」
笑いながら腰を浮かすみっちゃん。オレンジジュースでいいよね? の問いに無言で頷いた。
「はい、お待たせ」
「ありがと」
1度コップに口をつけて喉を湿らせる。
「……あのね、みっちゃん」
「わ~ストップストップ! まだ早い!」
私が話し始めるとそれを遮るかのようにみっちゃんが手を振った。
「ビックリした~心の準備ができたら『準備できたよ!』って心の中で言おうと思ってたのに、奏ってばせっかちなんだから……」
「ご、ごめん」
「いいよ。それに、奏が深刻な顔することなんて、もうないって」
「……え?」
「……昨日、奏が言った通りだよ。石原さんと奏を引き合わせたあの日に、私、奏のことが好きだって気付いたの。知ってると思うけど、期末考査が終わったら告白しようかなとも思ってた……振られるのは覚悟の上だけどね? だって私たち友達だし……そもそも、同性だし」
最後の言葉がグッと胸にのし掛かる。みっちゃんも気持ちは一緒だったのか、ほんの少しの間黙った。
「でも昨日、奏が自分のこと告白してくれて、最初はまあビックリしたけど……決心がついた。バレてるなら隠しても仕方ないし、私、奏が人の心を読めるってだけで嫌いにはなれない。だから……私は今からあなたに告白するし、ダメでも、奏さえ良ければこのまま友達でいたい、って思ってる」
心は読まず、みっちゃんが話すこと全てを受け入れようと思っていた私は、思わぬ本心に触れて動揺していた。しかも、今から告白をされるらしい。
「奏、好きです」
「みっちゃん……」
口数は彼女の方が多いのにやけに喉が乾いている。なにも言えずにただじっとしていると、不意にみっちゃんがブハッと息を吐き出した。
「……みっちゃん?」
「も~早く振ってよ! 私、こんなシリアス展開耐えられないんだから!」
「……」
「大丈夫! 振られることくらい昨日から分かってるから! 奏はもう、『何言ってんの?』くらい言ってくれればいいの!」
「……そんなの」
恋は苦しいもののはずで、告白は勇気のいることで、そんな軽率に振れるわけがない。でもいくら待っても、私の答えが変わらないのも明白で。若干笑いを堪えた様子のみっちゃんに向き直る。
「……ごめんなさい。みっちゃんには、そういう感情は向けられない。でも……友達としては好きだから、せめて次の恋を応援できるくらいの位置には、いたい」
「奏、良かった」
私のわがままを受け入れてくれる友達は、心底ほっとした笑みを見せた。
「……よーし友達に戻ったところで! そろそろ誰が好きなのか、教えてくれてもいいんじゃない?」
「切り替え早すぎない? みっちゃん」
「だって気になるじゃん! ね、誰なの?」
せっつくみっちゃんにため息を返す。
「みっちゃんが覚えてるかわからないけど……」
「うん」
「職場の、清口さんって人」
個室だということを分かっていても、私の声は小さくなった。俯くとみっちゃんの顔は見えなくなるが、激しく動揺しているのは手に取るように分かった。
『清口さんって……前に言ってた職場の教育係の人!? マジかぁ~1回奏の職場行ったことあるけど、たしかに美人さんだったよな~てか、女の人じゃん? ……まあ、今さら驚くでもないか。奏、イケメンには興味ないもんね』
「……みっちゃんがうちに来たこと、私、知らないんだけど?」
「あ、ちょっと! 心の中読まないで!」
恥ずかしそうに顔を振るみっちゃんに、今度は私が笑い出す番だった。走り始めた終息への一歩は、思いの外、私の心を軽くした。
最後まで読んでいただきありがとうございました! 来週は閑話休題、番外編を出そうと思います。
では、また来週。




