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ねじれの位置に恋模様  作者: 八幡八尋
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清口恵理子の場合 Ⅲ

 こんにちは、こんばんわ。八幡八尋です。

 『ねじれの位置に恋模様』恵理子sideの3話になります。番外編続きとなりますが、ひとつ区切りには近付いているのかな……と思います。

 拙い文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。

 パタパタと忙しない足音で目を覚ます。差し込む光を反射する天井が、自室のそれより白い。そこで、ここが病院の一室であることを自覚した。かれこれ1ヶ月近くお世話になっているのに、いまだに朝のこの瞬間だけは慣れない。

「清口さん、おはようございます。今日退院ですね」

 私より年若そうな看護師さんが、カルテをチェックしながら笑みを見せた。返した声が微睡みを隠しきれていなくて、少し恥ずかしくなる。


 骨折が原因で入院を余儀なくされたのは、1ヶ月前の話だ。その日は「梅雨」という6月の代名詞にふさわしいほどどしゃ降りの雨で、考え事をしながらパートへ行く準備をしていたら随分時間が経っていることに気付き、慌てて階段を駆け降りたら盛大に転んでしまったのだ。普段ならエレベーターを使うのに、その日に限ってメンテナンスが入っていたというのも皮肉な話で。たまたま通りがかった下の階の人に救急車を呼んでもらい、精密検査をした結果、左の足を骨折していることが分かったのだった。

「治るのはすぐだと思うんだけどね~まあ年も年だし……1ヶ月くらい、入院しましょうか」

 60代くらいの医師に残酷な現実を突きつけられ、何もそんな言い方しなくても良いじゃないかと少し怒りを覚えたが、事実なので仕方ないと諦めた。その後、店長と実家__と言っても今住んでいるマンションから徒歩15分のところ__にいる母に連絡をした。

「あんた、まだドジっ娘やってんのかい」

 もう「娘」って年じゃないだろう、と皮肉混じりに笑う母に、うるさいなぁと返す。自分が抜けていることなんて、とうの昔から分かっているのだ。

「会社には?」

「連絡したよ。1ヶ月くらい休みますって言ったら、さすがにすごく心配されたけど」

「まあ、そりゃそうだろうね。まったく……まあ、あんたがいなくても他の人が、仕事回してくれるんだろうけど」

「ねえお母さん? 私一応、『ベテラン』って括りの中にいるのよ?」

「そうなの? ……恵理子がベテランなんて、世も末だね……」

 ぼそりと呟いた母を軽く睨んでおく。そうだ、私がいなかったら平日のほとんどをロングで入る人がいなくなって、水曜日の閉め作業をする人もいなくなって、奏ちゃんが1人でいる時間が……そこまで考えてかぶりを振った。私がいなくなって、たぶん1番迷惑を被るのは彼女だ。仕事熱心で、学校のない日はほとんどバイトに来ているのだから。店長も分かっていて、彼女のシフトを増やすに違いない。

「奏ちゃん、ごめんね……」

 小さく呟いた私を見て、母は何も言わなかった。


「念のため、痛み止を処方しておきます。治ったとは言え無理はしないこと。7月いっぱい__と言っても今週末までだけど__は会社も休む方が良いでしょう。立ち仕事はやっぱり、負担がかかるからね……まあ、回復力が思いの外早かったから、8月からは動いても問題ないと思いますよ」

 医師の説明を受け帰路に着く。杖をつかなくても良い程度まで回復したことには、正直、自分でも驚いていた。

「ただいまー……」

 誰もいないと分かっている部屋に一応の挨拶をする。治っているとは言え、やはりエレベーターが動くのは有り難かった。そういえば、まだ救急車を呼んでくれた階下の人にお礼をしていない。

「なんか買わなきゃだな~」

 明日出かけるのでも良いけど、まだ安静にした方が良いと言われたし、仕方ない、ネットで何か探すかな。そう思い、自室に置きっぱなしになっていた携帯を手に取る。実は骨折をした日、たまたま携帯を家に置き忘れたのだ。母に取りに行ってもらうのも面倒だし、そもそも病院だと使える時間が限られているから、まあ良いかと1ヶ月も放置していたのだが。

「メッセージ来てるなぁ……」

 トークアプリを開くと、そのほとんどは広告だった。見るのも面倒でとりあえず既読にする作業だけを続ける。と、そこで、広告以外の人物からのメッセージに気付いた。日付は私が骨折をした次の日、示された名前は……

「奏ちゃん……」

 「店長からお休みのこと聞きました。お大事になさってくださいね。仕事のことは、私、頑張りますから」

 「大丈夫?」と心配そうな顔をした猫のスタンプのおまけ付きで送られていたそのメッセージに、思わずくすりと笑ってしまう。もちろん入院の話は、職場の人の耳には大方入っているのだろうが、本気で心配をしてくれているのは、きっと奏ちゃんだけだ……私のエゴかもしれないけど。浮き足立っていた心がズキリと痛む。そう、私の骨折の原因は他でもなく彼女なのだ。香奈と出掛けた日、偶然見かけてしまった奏ちゃんと、隣に座っていた男の人。細身だけど芯はしっかりしていそうで、夕陽に照らされた柔らかい黒髪が、彼の格好良さを際立たせていた。奏ちゃんの恋愛観は聞いたことがないが、あれだけイケメンだったらきっと、好きなのか、付き合っているのかのどちらかだろう。それに、泣きを隠そうと痛いほどの笑顔を見せた奏ちゃんの横顔も脳裏に焼き付いてしまっている。当たり前だけど、私は彼女のあんな顔は見たことがない。何を話していたのかは知らないが、香奈の言うよう別れ話だったのかもしれない。だとしたら、あんな顔をするほど、奏ちゃんはあの彼のことが好きなんだ。だから……

「__恵理子さん、好き」

 だからあれは、気の迷いか、別の人ってことだ。きっと奏ちゃんは「えりこ」という女優さんを推していて、夢に出てくるまで焦がれているのだ。だけどそれは恋愛の好きとは違って、本当に好きなのはあの彼で__

 グルグルと考えていると、不意に携帯が電話の着信を知らせた。青い光が「香奈」の2文字を浮かび上がらせる。

「……も、もしもし?」

「あ、もしもし、恵理子?」

 コトコトと何かを煮込む音が背後に聞こえる。それにつられて、自分のお腹もくぅと小さく鳴った。

「今病院? 骨折って聞いたけど大丈夫? てか、電話できるの?」

「……えぇと」

 質問攻めにされ返答に困る。だいたい、かけてきたのは自分のくせに「電話できるの?」なんて、聞かないでほしい。できなかったら取らないし。

「今日退院したところ。というか、何で香奈が入院のこと知ってるの?」

 私から連絡をした覚えはない。ということは、母が香奈に話したんだろうか。疎遠になっていたとは言え、幼馴染みなわけだし……母がどうやって、香奈が帰ってきていることを知ったのかは検討もつかないが。

「かな……恵理子の職場の人に聞いたのよ」

「あ、そうなんだ……」

 一瞬「奏ちゃん」と言われるのかと思って身構えたが、すぐに訂正された。

「そうそう。『沢井さん』って人」

 奏ちゃんだった。どういう経緯かは知らないが、香奈は、奏ちゃんと話をしたらしい。

「私の職場、行ったの?」

「うん、そう。買い物しにね。でも恵理子いなかったし、沢井さん、1人だったし……変だなって思って」

「そっか」

「うん。でも退院したのね? 良かった」

「まあね」

「歩くのは? 痛くない? あ、杖とかついてる?」

「もうすっかり。松葉杖もいらないくらいよ」

「あ、そうなの? 良かった」

「うん、心配かけてごめんね。8月からは仕事も復帰できるから」

「へぇ、ちゃんと職場の人に謝るのよ?」

「もう、わかってるよ」

 子どもじゃあるまいし、そんなことは言われなくても分かっている。現に、病院を出る前に職場には電話をしたし。

「本当に? ちゃんと連絡したの?」

「したよ。病院出る前に電話して、8月から復帰できるって……」

「じゃなくて、沢井さんに」

「へ?」

 香奈から発せられた彼女の名前に、思わず変な声が出てしまう。

「だって沢井さん、すごく心配そうだったから。恵理子が退院したって知ったら、ちょっとは安心するんじゃない?」

「そ、そうかもだけど……」

「何よ、なんか都合悪いの?」

 香奈は知らないから言えるのだ。私は、あの日以降奏ちゃんとは会っていなくて、今自分から電話をかけることが、どんなに気まずいことかを。

「いきなり電話かけても、引かれるだけだよ……」

「そんなことない」

 語気の強い電話向こうに少し驚く。

「奏ちゃん、待ってると思うよ。恵理子からの電話。それに、恵理子だってほんとは電話したいと思ってる」

「なんで……」

「だって、好きなんでしょ? あの子のこと」

 何もかもお見通しだと言いたげな香奈の言葉に、何も返せなくなった。ほーら図星だ、とどこか嬉しそうに呟く彼女に、もう逃げられないことを悟る。

「なんで分かったの……?」

「そりゃまあ、幼馴染みで親友だからね。最初に店で見たときから、なんとなく気付いてた。それに、前にうっかり見ちゃったあの子でしょ? あの時の恵理子、ショック隠しきれてなかったからね~あ、心配しないで。奏ちゃん、彼とは付き合ってないんだって」

「そ、そう……なの?」

「うん、今日聞いた。『私から振ったんです』って言ってたよ」

「そう……」

 思わず安堵のため息を漏らした。奏ちゃん、彼とは付き合っていなかったのか。じゃあどうしてあの日、あんなにも痛い笑顔だったのだろう。

「これは私の直感だけど……たぶん奏ちゃんも、恵理子のこと好きなんじゃないかな?」

「えぇ?」

「だから、思いきって話してみなよ」

 でないといつまでも進まないでしょ? 言いたいことを言って、香奈は旦那が帰ってきたと電話を切ってしまった。残された私の鼓動は速くなって、頬が少し熱を持つ。

「こ、告白なんて、できるわけないでしょ……」

 香奈に全てがバレていることも含めて、何もかもが恥ずかしかった。気になることも謝りたいこともあるのに、こんなことを言われてしまっては、彼女に電話なんて、できるわけがない。

 最後まで読んでいただきありがとうございました。来週は本編を進めます!

 ではまた。

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