板野 13
*
どのくらい時間がすぎたろう。
時折聞こえてくる銃声と、怒鳴るような男性の声に身を強張らせて縮こまる。
このままじっとしていても、隠れていても、いずれ見つかってしまうだろう。だってわたしたちの隠れている部屋の扉は取り外されていて、通路側から丸見えになっているから。
フォレストホテルの一階。おそらくスタッフ専用の休憩室として使われていた十畳ほどの広さの部屋。物が沢山置かれているので、どうにか身体を隠すことはできているけど、室内に入ってこられたら一巻の終わりだ。窓の部分は板で塞がれているから、出入り口は一カ所のみ。余所へ逃げだそうにも状況がわからないから怖くて動けないし、国道へでる唯一の道には、連中のトラックがとまっている。
せめて誰かに助けを求めることができれば——
「そうだ!」
ポケットに手を入れた。固いものが指先に触れた。これだ。これがあった。GPSの装置をポケットに入れていたんだった。
「板野さん?」
「白石くん、これ、これで居場所を知らせよう。電池——電池を入れて。二個あるからわたしと白石くんとで一個ずつ。助かるよ。これできっと助かるよ。本物の軍の人が助けにきてくれるよ」
「ん。うん……そうだね」
「電池。電池入れなきゃ」指が震えて上手くはめることができない。
しっかりしろ。
しっかりしろ、わたし。
「……ねえ、板野さん。これ、念のためにもっていて」
「え?」ずしりとした重いものを手渡された。「な、なんで? どうしてこんな」銃だ。拳銃だった。どうして白石くんが拳銃を? というより、拳銃なんか渡されても困る。
「小屋の中からもってきたんだ。板野さんから借りた鞄の中に入れてもってきたんだよ。使いかたはぼくもよくわかんないけど、多分、これを、この部分をこうして、あとは引き金を引けばいいだけと思うけど——」
「無理、無理だって!」
「もっておくだけでもいいから。もしものために」
「無理だよ。絶対に無理!」
「シッ——黙って」
肩を押さえつけられて、息をとめた。
音が。
音が聞こえた。
遠い場所で鳴った音のように思えたけど……また聞こえた。今度ははっきり聞こえた。靴底が固い床に触れているような、足音らしき音が鳴っている。それも複数。さっきよりも大きな音になったような気が——そう、そうだ。やっぱりそうだ。近づいてきている。誰かが近づいてきている。
「……白石くん?」
「静かに」
口を噤んで、顔をさげ、耳に意識を集中する。
「…………」
聞こえる。
はっきり聞こえる。いまはもう足音だとわかる。
妙にゆっくりした足取りで複数の人物がホテルの通路を歩いているのがわかる。どういうわけか緩い感じで、音に緊張感がない。一歩一歩踏みしめているというよりは、気怠そうに歩いている、そんな印象を受ける。
目だけを動かして出入り口のほうを見た。
暗闇の中に、外光に照らされたオレンジ色の通路部分だけが、ぼおぅっと浮いて見えた。反響して聞こえる足音。もう近い。すぐそこまできている。
ゆらり。
「——!」
床の上に影が落ちた。不規則に揺れながら右側から現れた影が、左へ伸びる。どうしようもなく怖くて怖くて仕様がないのに出入り口から目が離せない。開いた目を閉じられない。
コツリ。
靴の鳴らす音とともに、光量が減少する。影が、シルエットが、
グールだ。
グールだった。
グールが歩いている。通路を、目の前を。
わたしの目の前に現れたのは銃をもった男たちではなく、腐臭を放ちながら足を引き摺るようにして歩く、グール化した成人男性だった。
「……!」
抱き締められるように、白石くんに腕をつかまれた。わたしが声をだすと思ったんだろう——実際、わたしは声をあげてしまう寸前だった。感情が喉元までせりあがってきている。唾を飲みこむようにして恐怖を抑えこんだ。息をとめて、気配を消して、通路を進むグールを黙って見つめる。お願い。どこかに行って。早く通りすぎて。お願いだからこっちにはこないで。こないでね、お願い。




