板野 14
「おい、いたぞ!」
声が響いた。
追ってきていた何者かが見つけたようだ。わたしたち——ではなく、わたしたちの目の前を歩いているグールを。最悪だ。最悪の展開だ。グールに唯一の出入り口を塞がれているうえに、銃を持った男たちの登場なんて。
「グールだ。三体いる!」
別の誰かの声。
目の前を横切ろうとしているグールが、歩みをとめた。
グールは声に反応し、身体を捻って振り返るような動作をみせた。
お願い。
お願いだから気づかないで。
気づかれませんように。見つかりませんように。どうか——
銃声。
危うく声をあげてしまうところだった。耳を塞いで肩を縮めた。もっていた銃もスタンガンも手から離してしまった。もう駄目。無理。絶対に無理。でもどうしようもない。どうすることもできない。
「——?」
隣で白石くんが銃を拾いあげて構えた。
わかる、わかってる。すべきことはわかっている。わたしも手伝わなきゃ。加勢しなきゃ。白石くんと一緒に戦わなきゃ。
「よく狙って撃て! 撃ち殺せ」
通路の奥から男性の声が聞こえた。
続けざま銃声。
風を切るような音が被さって聞こえる。
嫌だ。
嫌だ、嫌だ、本当に嫌ッ。どうしてこんなことになったの? どうしてこんな目に。わたしは涼に会いにきただけなのに。涼と会って、話をして、真実をたしかめたかっただけなのに。それだけだったのに。
こんなんじゃない。
こんなはずじゃない。
こんなはずじゃなかった。
藤枝だっていっていた。単なる逃避だって。涼はしばらくの間、身を潜めようと考えて九州へ逃げこんだに違いないって。ここは隠れるには絶好の場所だって。軍や警察の見回りにさえ気をつけていれば、ある意味楽園のような場所だって。九州全土に広がったグールも数を減らして、いまではほとんど見かけることがなくなったっていってたし、南方に行かなければ空気感染することもないって教えてもらった。すぐ涼に会えるとは限らないけど、上陸を繰り返していればそのうち会えるかもしれないっていわれて、期待して、回数を重ねればなにかしらの情報をつかめるかもしれないっていわれて、期待して、だから働け——レアもののフィギュアを回収してこいっていわれた。
リスクの高い仕事だけど、藤枝はわたしが断らないことを見越していたようだった。
事実、わたしは了承した。藤枝にとって、わたしは便利で都合のいい人材だったに違いない。だってわたしは文句もいわずに汚染地へ足を踏み入れるだけの理由をもっているんだから。
きたことは悔やんでいない。
九州に上陸したことを後悔してはいない。
だけど聞いてない。こんなことまでは聞いていない。こんな目にあうなんて全然聞いてない。
涼はどこ?
涼はどこにいるの?
こんなところで涼はなにをやってたの?
本当に涼は、この場所にいたの?
空気が震えた。
通路にいたグールが見えない誰かに突き飛ばされたように、床へ崩れ落ちた。
銃声が響き渡る。
茶色い服を着た別のグールが右から左へ、操り人形のように通路を進み、床の上へうつ伏せに倒れた。
さらに、新たな影が、床の上へと伸びる。
三体目のグールが、出入り口の明かりの中へ躍りでてきた。
「頭を狙って撃てッ! あと一体だ!」
男性の声。
続けざま銃声。
蹌踉ける身体を支えるべく、グールは出入り口の縁に手をかけて歩みをとめた。
顔をゆっくり動かし、扉の壊れた室内へ視線を向ける。
こちらへ。
わたしの隠れている方向へ。
物陰に身を潜めているわたしの瞳へと、まっすぐ——
「撃て! 撃ち殺せッ!」
「……!」
ボサボサの髪をして、
首には包帯を巻いて、
人相が変わってしまうほど痛々しくて大きな傷が顔の下半分についていたけど、わたしは知っていた。
その、グールを。
グールの、顔を。
わたしの前に姿を現したグールが、何者であるかを。
——涼。
刹那、涼の顔を鉛の弾が削り取った。
血飛沫が舞い、顔は顔でなくなった。




