第85話 全部渡す
箱は、思ったより重かった。
「これ全部?」
主人公は両腕で抱え直した。
「お前が全部って言った」
友人が答える。
「データだろ」
「端末もいる」
「何で」
「どこから出したか確認する」
「重い」
「持てる?」
主人公は答えかけて止まった。
持てる。
たぶん、一人でも。
でも。
「手伝って」
友人が眉を上げた。
「珍しい」
「うるさい」
二人で箱の両端を持つ。
前を歩いていた姉が振り返った。
「こっち」
地上の公共施設が、臨時対策室になっていた。
机の向こうに警察、研究者、医療、行政、通信の担当者がいる。
旧人類支援の担当者もいた。
共生人も、旧人類もいる。
主人公は入口で一度だけ足を止めた。
見覚えのある警察官がこちらを見る。
前に自分を捕まえた人だった。
「またお前か」
「俺もそう思った」
「今度は何した」
「持ってきた」
「何を」
二人で箱を机へ置く。
鈍い音がした。
「全部」
「説明になってない」
「私がする」
研究者が言った。
「俺がする」
主人公が遮る。
研究者が見る。
「できる?」
「たぶん」
「たぶん禁止」
友人が横から言った。
「今それ?」
「昨日お前が言われてた」
「覚えなくていいとこ覚えてる」
端末を机へ並べる。
古いもの。
新しいもの。
紙の記録もある。
主人公は最初の端末へ触れた。
「これ、研究棟から盗った」
「知ってる」
警察官が言う。
「全部じゃない」
「何が」
「俺が地下に送った分」
室内の空気が少し変わった。
研究者が身を乗り出す。
「派生分も?」
「あるだけ」
「誰が持っているかは」
「分かる範囲」
「分からない範囲は」
「分からないって書いた」
研究者は一覧を確認した。
「それでいい」
主人公は指を止めた。
「いいの?」
「分からないものを埋める方が困る」
「そっか」
「続けろ」
警察官に促される。
主人公は話した。
どこで見たか。
何を持ち出したか。
何を地下へ送ったか。
誰へ渡したか。
そこから先を知っているか。
知らないなら、知らない。
覚えていないなら、覚えていない。
知っているところまで、全部。
途中で入口に人影が立った。
養父だった。
「親父」
「続けろ」
「いいの」
「俺に聞くな」
「でも地下のこと」
「お前が渡すんだろ」
「うん」
「なら渡せ」
主人公は画面へ戻った。
強硬派の男はいない。
友人がいる。
姉がいる。
養父がいる。
警察官がいる。
名前も知らない人が、何人もいる。
「これ」
主人公の指が、一つの記録で止まった。
「何」
「軍事」
「分かってる」
研究者が答える。
「これ渡したら」
「記録に残る」
警察官が言った。
「地下も?」
「関係者として」
「俺も?」
「当然」
「そっか」
指先が止まる。
昔、紙を回収箱へ落としたことがある。
紙は軽かった。
捨てる瞬間だけ、妙に重かった。
今は画面だった。
押すだけだった。
主人公は押した。
「これで全部」
《共有完了》
表示を確認して、指を離す。
「受領」
警察官が言う。
「複製開始」
研究者が続ける。
「外部照合に回す」
姉が端末を確認した。
「もう?」
「急ぐ」
友人が口を挟む。
「でも飛ばさない」
「もちろん」
研究者が答えた。
主人公は息を吐いた。
「終わりか」
養父が聞く。
「俺が持ってる分は」
「地下は」
「残ってる」
「消すか」
主人公は養父を見た。
消せない。
誰かが複製している。
誰かが覚えている。
どこまで広がったか分からないものもある。
全部消したと言う方が嘘になる。
「消さない」
養父の眉が少し動く。
「何で」
「消して終わったことにできないから」
「危ないぞ」
「うん」
「持ってる奴もいる」
「うん」
「なら」
「誰が何持ってるかも渡す」
養父は黙った。
「親父も」
「俺もか」
「親父も」
「そうか」
「嫌?」
「嫌だ」
即答だった。
「ごめん」
「謝って変えるか」
「変えない」
「なら謝るな」
「それは無理」
養父が鼻を鳴らした。
「勝手にしろ」
「してる」
「家族喧嘩は外でやれ」
警察官が疲れた声を出した。
「家族喧嘩じゃない」
二人の声が重なった。
姉が吹き出す。
「似てる」
「似てない」
また重なった。
「帰りたい」
警察官が呟く。
「帰れば」
「お前らのせいで帰れない」
「あ」
「あ、じゃない」
警察官は受領した資料を持ち上げた。
「こっちも全部やる」
「何を」
「今のお前らが渡したものを、今使えるところへ回す」
「全部?」
「必要な全部」
主人公は少し首を傾げた。
「違うんだ」
「何が」
「俺は全部渡した」
「受け取った側は選ぶ」
主人公は止まった。
「そっか」
渡すことと、使い方を決めることは違う。
前なら、自分で持って、自分で決めたかった。
今は、渡した。
主人公は空になった箱を持ち上げた。
「軽い」
「そりゃ中身出したから」
「そうじゃなくて」
「じゃあ何」
主人公は考えた。
答えは出なかった。
「分かんない」
「また?」
「うん」
友人は何も言わず、先に出口へ歩いた。
主人公は空の箱を抱えて、その後を追う。
来るときは二人で持った箱だった。
帰りは、一人で持てた。




