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第83話 今の街


「全部って何!」


 主人公は走りながら怒鳴った。


「全部!」


 友人も走りながら返す。


「だから何が!」


「四つ!」


「四つじゃ足りないって言った!」


「だから住民!」


「最初からそう言え!」


 角を曲がると、養父が壁にもたれて待っていた。


「遅い」


「腰は」


「治った」


「嘘」


「今は治った」


 姉が追いつく。


「どこから止める?」


 友人は床へ端末を置き、四つの地図を並べた。


「第零号は旧系統を順番に原用途へ戻してる。一箇所切っても別へ回る」


「それ、前に暖房でやった」


 主人公が指を置く。


「ここ。古い流れ変えたら、別のとこ死んだ」


「そう。だから一個じゃ駄目」


 養父が古い構造図を覗く。


「旧構造なら分岐は七」


「今は?」


 姉が聞く。


「二十一」


「増えすぎ」


「住んだから」


 主人公が言った。


 友人が頷く。


「そう」


 二十一の線は同じものではなかった。


 暖房。


 排水。


 照明。


 診療所へ伸ばした線。


 誰かが暮らすために、古い設備へ勝手に足したもの。


「七なら俺が分かる」


 養父が言う。


「二十一は俺も無理」


「記録にあるのは十六」


 姉が現在図を確認した。


「残り五」


「誰が分かる」


 主人公は周囲を見た。


「住んでる人」


 走った。


「この管誰!」


「私!」


 昨日会った女が手を上げる。


「どこ行く!」


「洗濯場!」


「その先!」


「排水!」


 友人が端末へ線を足す。


「これは!」


「それ冬だけ!」


 老人が叫んだ。


「今は!」


「閉じてる!」


「どこで!」


「パン屋の裏!」


 姉が顔を上げる。


「パン屋どこ!」


「地上!」


「名前!」


 あちこちから答えが飛んだ。


 地図に線が増えていく。


 正しい一枚へ近づいているわけではない。


 四枚とも違うまま、その間を人の記憶が埋めていく。


「ここ!」


 主人公が古い点検口を見つけた。


「まだ使える?」


「暖房は生きてる」


 友人が内部を照らす。


「細い方は?」


「後付け?」


「そう」


「誰が付けた」


 養父が聞く。


「知らない」


「俺らだ!」


 老人が後ろから答えた。


「いつ!」


「二十五年くらい前!」


「俺より古い!」


「当たり前だ!」


 主人公は点検口へ潜った。


 友人が続く。


「ケツしか見えねえ」


 主人公が止まった。


「それ前も言った」


「言ったな」


「見るな」


「他に見るもんねえ」


 一瞬だけ笑った。


 その先で、笑いは消えた。


 低い振動が床から身体へ入ってくる。


 昔から聞いていた機械音。


 けれど今は重い。


 街を昔へ引き戻す音だった。


「ここだけじゃ止まらない」


 友人が言う。


「分かってる」


 通信が開く。


『一番、準備』


 姉の声。


『二番、いる』


 養父。


『三番、開けられる!』


 女。


『四番、冬用だから固いぞ!』


 老人。


『五番どれだ!』


 知らない声が割り込んだ。


「赤い印!」


『赤三つある!』


『右端!』


 姉が叫ぶ。


『これか!』


「それ!」


 友人が次々に確認していく。


「六!」


『いる!』


「七!」


『七も!』


 旧構造で分かる場所。


 現在設備で分かる場所。


 主人公が歩いたから分かる場所。


 姉が記録したから分かる場所。


 そのどれにも載っていない場所は、住民が答えた。


「十三!」


『着いた!』


「十四、十五、十六!」


『準備できる!』


「十七!」


 返事がない。


「十七!」


『ない!』


 別の声。


「ある!」


 友人が地図を拡大した。


「壁の向こう!」


「壁!」


 主人公が叫ぶ。


『そこ穴開いてる!』


 女の声。


「どこ!」


『洗濯場側!』


「行く!」


 主人公は点検路を戻った。


 肩を壁へぶつける。


「痛っ」


「やっぱ肩じゃん」


「今言うな!」


 外へ飛び出し、洗濯場へ走る。


 昨日見た穴がある。


 住民が通るために開けた壁。


 そこを抜けた。


「これ!」


「それ!」


 十七。


 十八は後付け排水。


 十九は商店街の現在設備。


 二十は、旧家の区画で増設された生活線。


「二十一」


 友人が止まった。


「ない」


「また?」


『現在記録にもない』


 姉の声。


『昔はそこ、廃熱逃がしだ』


 養父が言う。


「廃熱」


 主人公は思い出した。


 暖房。


 捨てられる熱を拾って、家を暖めていた細い線。


「三番線」


「何」


「暖房の元」


「元じゃない」


「分かってる。経路の一個」


 友人が端末を見る。


「……そうだ。繋がる」


「行く!」


 三番線へ走る。


 昔あった食堂はもうない。


 今は市場になっている。


 けれど床の点検口は残っていた。


 老人が先に立っている。


「遅い!」


「何でいる!」


「ここ直したの俺らだ!」


「避難して!」


「開けるだけ!」


 老人が蓋へ手をかける。


 友人が横から支えた。


「任せろ!」


 二十一番目が見つかった。


 全部の地点から準備完了が返ってくる。


 研究者の声が通信へ入った。


『同時じゃないと旧側が再配分する』


「何秒ずれていい?」


『保証できない』


「また保証ない!」


『ないものはない!』


「三つ数える!」


 友人が言った。


 姉が全回線を開く。


『全地点、聞こえる?』


『聞こえる!』


『こっちも!』


『早く!』


『子ども下がらせた!』


『医療区画準備!』


 最後に養父の声がした。


『やれ』


「一!」


 振動が足裏へ来る。


「二!」


 主人公は古い弁へ手をかけた。


 その横を、後から足された細い管が走っている。


 以前なら、もう動かしていた。


 今は待った。


 自分だけで先に正しいと思ったことをしない。


「三!」


 二十一箇所が動いた。


 旧設備。


 現行設備。


 後付け。


 継ぎ足し。


 迂回。


 同時に流れが変わる。


 ごう、と床が大きく震えた。


「失敗!?」


「待て!」


 もう一度、低い音。


 遠くで金属が甲高く鳴る。


「戻す!?」


「待て!」


 主人公は弁から手を離さなかった。


 急ぐ。


 でも、飛ばさない。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


 音が切れた。


 床の振動が弱くなる。


 さらに弱くなる。


 消えた。


 主人公は動かなかった。


「……友人」


「いる」


「音」


「しない」


 通信から姉の声。


『こっちも』


 養父。


『止まった』


 研究者が確認する。


『原用途復帰信号、消失』


「ほんと?」


『現時点で』


「そこはほんとって言えよ!」


 通信の向こうで誰かが笑った。


 別の誰かが泣いていた。


 主人公は点検口から這い出した。


 市場には人がいる。


 天井は落ちてこない。


 壁も動かない。


「終わった?」


 誰かが聞いた。


「たぶん!」


「たぶん禁止!」


 友人に怒鳴られる。


「じゃあ終わった!」


 笑い声が広がった。


 主人公はその場へ座り込んだ。


「疲れた」


「若いくせに」


 老人が言う。


「そっち避難して」


「終わったんだろ」


「終わった!」


 通信から姉の声。


『そっち行く』


「来なくていい」


『何で』


「俺が行く」


『何で』


「分かんない」


『じゃあそこで待ってて』


「はい」


 友人が横へ座った。


「素直」


「疲れた」


 静かだった。


 主人公は壁へ耳を寄せた。


 いつもなら、向こうから機械の低い唸りが来る。


 今は何もない。


 怖くない静けさだった。


 街は昔へ戻らなかった。


 古い構造も。


 今の設備も。


 歩いて覚えた道も。


 姉が残した現在記録も。


 勝手に開けた穴も、足した管も、変えた部屋も。


 どれか一つだけが街なのではない。


 全部が合わないまま残っている。


 主人公は静かな壁から耳を離した。


 それが、今の街だった。

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