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第82話 決めない


「東!」


 友人の声を追って、主人公は走った。


 姉の足音も後ろからついてくる。


「来たの」


「記録だけじゃ足りない」


「子どもは」


「避難所。あの人と一緒」


「ならいい」


 角を曲がる。


 三人とも止まった。


 道がなかった。


「何これ」


 道路の半分へ、灰色の壁がせり出している。


 さっきまで建物の内側にあったはずの構造材だった。


 端末に表示が浮かぶ。


《原用途復帰》

《奪還経路確保》


「戻った」


 友人が言う。


「何が」


「昔に」


 壁の向こうから声がした。


「誰かいる!」


 主人公が壁際へ駆け寄る。


「何人!」


 姉が端末を確認した。


「登録は七!」


「八!」


 向こうから怒鳴り返される。


「また増えた!」


「追加する!」


「今?」


「今やらないと次も七になる!」


「それ昨日もやった!」


「じゃあ覚えて!」


 友人が二人を遮った。


「こっち!」


 建物の脇へ回る。


 壁に沿って、後付けの金属階段が伸びていた。


「これ通れる?」


「第零号の図にはない」


「聞いてない」


「通れる」


「最初からそう言え!」


 三人で階段を上がる。


 屋根の端には、隣の建物へ渡した細い通路があった。


 姉が足を止める。


「これ道?」


「住民が作った」


「何のため」


「近道」


「許可は」


「知らん」


「聞いた私が悪かった」


 主人公が先に渡った。


 足元で金属板が鳴る。


 隣の屋根へ着き、非常梯子を降りる。


 壁の向こう側には八人いた。


 老人。


 若い男。


 子ども。


 身体の輪郭も、手足の数も、それぞれ違う。


 その中に、一人だけ主人公とよく似た身体の男がいた。


 男も主人公を見る。


「何だ」


「何でもない」


「見るな」


「ごめん」


 警報音が一段高くなった。


「先に子ども!」


 姉が言う。


「歩ける人は階段まで! 一人ずつ!」


 八人が動く。


 主人公は通路の端に立ち、渡ってくる人の手を取った。


 硬い手。


 柔らかい手。


 節の多い指。


 汗ばんだ掌。


 握れば、どれも重かった。


「次!」


 最後の男が渡る。


 主人公と同じ旧人類だった。


 主人公が腕を掴む。


「離すなよ」


「そっちがな」


「俺落ちない」


「俺もだ」


「じゃあ早く」


 全員が安全側へ降りた。


 姉が数える。


「一、二……八。八いる」


「うん」


 旧人類の男が主人公を見た。


「地下の?」


「そう」


 男は避難してきた共生人たちを見る。


「何でこいつらまで助ける」


 主人公の顔から笑いが消えた。


「こいつら?」


「俺たちだけでいいだろ」


 さっきの会話が戻ってきた。


 いなくなる。


 最後になるかもしれない。


 怖い。


 それは、分かる。


「何で」


「何でって」


「この人ら置いてく理由」


「向こうだろ」


「何が」


「人間じゃない」


 姉は何も言わなかった。


 主人公も、すぐには言い返さなかった。


「俺、旧人類いなくなるの嫌だよ」


 男の目が動く。


「なら」


「でも」


 主人公は、さっき支えた手を見る。


「この人ら死んだら、俺ら増える?」


「何が」


「俺ら」


「そういう話じゃない」


「じゃあ何」


「残すんだよ」


「どうやって」


「だから」


 男の言葉が止まった。


「俺、それ分かんない」


「分からないで済むか」


「済まないかも」


「なら決めろ」


 主人公は黙った。


 百年。


 二百年。


 千年。


 自分は知らない。


 地下にいる子ども。


 姉の子。


 まだ生まれていない誰か。


 その人たちが何を選ぶかも知らない。


「決めない」


「は?」


「俺が決めない」


「逃げるのか」


「違う」


 主人公は避難した八人を見た。


 共生人を見る。


 旧人類を見る。


「俺が、こいつ生きろ、こいつ死ねって決めない」


「種の話をしてる」


「今ここにいるのは人だろ」


「だから未来を」


「未来のために」


 主人公はそこで言葉を止めた。


 壁の向こうでは、第零号がまだ街を昔の形へ戻している。


 敵地。


 奪還。


 原用途。


 昔決めた答えで、今を削っている。


「未来のために、今いる人を先に消すのは嫌だ」


「それで旧人類が消えたら?」


 主人公の喉が詰まった。


「嫌だ」


「答えになってない」


「うん」


「残す方法は」


「分かんない」


「無責任だ」


「うん」


 男が言葉に詰まる。


 主人公は続けた。


「だから探す」


「いつまで」


「知らない」


「間に合わなかったら」


「分かんない」


 怖かった。


 答えがないことも。


 本当に旧人類がいなくなるかもしれないことも。


 それでも。


「分かんないから、殺して決めるのは嫌だ」


 姉は主人公を見ていた。


 何も言わなかった。


 代わりに友人が端末を突き出した。


「話、あと」


「うん」


「見つけた」


「何」


「第零号が戻してる流れ」


 姉が画面を覗く。


「止められる?」


「一個じゃ無理」


「四つ?」


「もっと」


「いいじゃん」


 主人公が言った。


「何が」


「こいつの知らない街、多い方が」


「またそれ」


「使える?」


「使う」


 姉が聞く。


「何が必要」


 友人は一瞬だけ考えた。


「全部」


「雑」


「本当に全部」


 古い構造。


 今の設備。


 主人公たちが歩いて確かめた道。


 姉が直し続けた現在記録。


 そして、住民が暮らすために勝手に直し、足し、繋いできた街。


 主人公は旧人類の男を振り返った。


「話」


「終わってない」


「うん」


「俺は変えんぞ」


「うん」


「お前は」


「分かんない」


「またそれか」


「でも」


 主人公は端末の表示を指した。


《奪還経路確保》


「これは止める」


「なぜ」


「勝手に決めてるから」


「何を」


 主人公は、避難してきた八人を見た。


「今いる人が、いなくなっていいって」


 主人公は友人と姉を追って走った。


 未来を決めたわけではない。


 決めなかったからこそ、今ここにいる人間を、未来の材料として消させないことだけは決めた。

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