第81話 いなくなる
十三人を記録へ追加したあと、姉は別の画面を開いた。
「何これ」
主人公が横から覗く。
「何が」
「この数字」
旧人類保護登録。
地域別の人数と年齢が並んでいる。
主人公は画面を指で追った。
「少ない」
「うん」
「地下入ってない?」
「入ってない人もいる」
「じゃあもっといる」
「いる」
「どれくらい」
「分からない」
「じゃあこれ意味ないじゃん」
「あるよ」
「少ないのに」
「少ないって分かる」
主人公は黙った。
避難所の端では、まだ四つの地図が広げられている。
人が出入りするたび、印が増える。
第零号は止まっていない。
なのに、その画面だけは妙に静かだった。
数字。
年齢。
空欄。
「見たか」
声がした。
主人公が振り向く。
地下で何度も見た男だった。
地上へ出ることにも、共生人にも強く反対していた男。
「何を」
「数」
「見た」
「どう思う」
「少ない」
「それだけか」
「何言わせたい」
男は姉を見た。
「そいつらは増える」
「姉ちゃんをそいつらって言うな」
「共生人は増える」
姉は怒らなかった。
画面を閉じもしない。
「旧人類は?」
男が答える。
「減る」
「決まってない」
主人公が言った。
「増えてるか?」
言葉が止まる。
「知らない」
「子どもは」
「いる」
「何人」
「知らない」
「地下で去年、生まれたか」
主人公は答えられなかった。
「一昨年は」
「知らない」
「その前は」
「知らないって」
「俺は知ってる」
男の声は大きくなかった。
「少ない」
「……うん」
「死ぬやつはいる」
「うん」
「地上へ出るやつもいる」
「うん」
「移行を選ぶやつもいる」
主人公は姉を見た。
姉は何も言わなかった。
「うん」
「このままなら」
「いなくなる?」
「そうだ」
「いつ」
「知らん」
「じゃあ」
「いつならいい」
主人公は眉を寄せた。
「百年ならいいか」
「そういう話じゃ」
「二百年なら?」
「知らない」
「千年なら?」
「知らない!」
「俺も知らん」
男はそこで初めて声を落とした。
「でも、いなくならないとは言えない」
主人公は画面へ目を戻した。
少ない。
年齢の偏りもある。
地下には未登録の人間がいる。
正確な総数は分からない。
だから、この表だけで未来は決められない。
けれど、多いとも言えなかった。
「……言えない」
「だろ」
主人公は男を見る。
勝った顔ではなかった。
怒ってもいない。
怖がっていた。
「怖い?」
「何が」
「いなくなるの」
「当たり前だ」
返事は速かった。
「俺たちが最後になるかもしれない」
最後。
その言葉だけが、胸の奥へ残った。
地下で見た子ども。
老人。
養父。
友人。
自分。
いつか数が減り続けて、最後になる。
「嫌だ」
主人公は言った。
姉がこちらを見る。
男も見る。
「俺も嫌だ」
「なら」
「でも」
続きが出なかった。
男が先に言う。
「だから残す」
「どうやって」
「守る」
「誰から」
「消すものから」
姉が初めて口を挟んだ。
「私?」
男は黙った。
主人公が男を見る。
「姉ちゃんがいるから俺が消える?」
「一人の話じゃない」
「じゃあ姉ちゃんの子」
「一人の話じゃないと言ってる」
「でも」
言葉が詰まる。
種。
人口。
未来。
話が大きくなるほど、目の前の一人が見えにくくなる。
「俺」
主人公はゆっくり言った。
「旧人類、いなくなってほしくない」
「なら」
「でも姉ちゃんにも」
姉を見る。
「いなくなってほしくない」
男は少しだけ顔を歪めた。
「両方は続かないかもしれない」
「かもしれない」
「そうだ」
「決まってない」
「決まるまで待つのか」
主人公は答えられなかった。
古い地図が目に入る。
第零号は待たなかった。
昔、決めた。
敵。
味方。
奪還する場所。
取り戻すべき形。
そして今も、その答えで動いている。
「分かんない」
「何が」
「どう残すか」
「だから」
「分かんない」
主人公は男の目を見た。
「いなくなるかもしれないのも」
「うん」
「嫌なのも」
「うん」
「それは分かる」
「なら」
「その先が分かんない」
男が苛立ったように息を吐いた。
「お前は地上へ行って、変わった」
「うん」
男が止まる。
主人公はもう、それを否定しなかった。
姉が主人公を見る。
主人公は旧人類の人数が表示された画面を閉じた。
「でも」
警報が鳴った。
友人が走ってくる。
「また動いた!」
「どこ」
「東!」
主人公は立ち上がった。
「話は」
男が言う。
「終わってない」
「うん」
「逃げるな」
「逃げない」
主人公は走り出した。
「今、人いるから」
男を残し、友人と東へ向かう。
答えは出なかった。
旧人類がいなくなるかもしれないという怖さも、消えなかった。
だからこそ、主人公はそれを嘘で安心させる答えには変えなかった。




